第10話 父の腹芸
「直信が嫡子、源四郎でございまする」
「なるほど、其方か。足利将軍に十歳にして目通りを許されたというのは。
うむ、得心が行った。
ここにある花鳥図の表すものにしても、その所作振る舞いにしても、だ。狩野の長子なれば、おのれがなにを描くかわかっているのは当然と言えるし、おのれの芸を抑え、あえて型に嵌める抑えの姿勢を取る必要もあろう。
良きかな。
さすがは法眼の孫よ」
法眼とは祖父のことだ。妙心寺霊雲院の障壁画を描き、僧としての位である法眼を頂いたのだ。こういうときに名が出るのは、やはり絵師としての腕は、祖父のものが狩野の名を表すものということなのだろう。
関白様が喜んでいらっしゃるのであれば、それはもうなによりのことだ。
だが……。
最後に関白様は、誰を良しとされるのであろうか。
そこで関白様、表情を改められた。そして、裁定のお言葉が下された。
「それでは、聞くがよい。
麿は、狩野の嫡子に頼むこととしようぞ。この言の意味、しかと解せよ」
なるほど、俺個人ではなく、狩野の家に、狩野の派にということか。なんとも上手い言い方だ。
俺たちは平伏し、関白様の次の言葉を待つ。
「これ、源四郎。
そなたの父から隠居という言まで出た以上、覚悟を決めよ。
狩野の家を支える柱として、麿の屋敷の障壁画を描け。
そして、その際には、ここにいる者たちの力のすべてを存分に活かせ。麿は、女絵師であってもその力があればかまわぬ。
よいな源四郎、繰り返すがこれらの者を走らせ御すのじゃ。それができるのは、どこになにを描くのかをわかっているお前しかおらぬ」
俺、額を床に擦り付ける。
「ありがたき幸せ。
精一杯、相勤めさせていただきまする」
見事な裁定としか言いようがない。誰も傷つけず、しかも自らはいいところどりをして、より良いものを得ようとされている。新参絵師の二人も、自らを棄却されたとは思うまい。おそらく、どうでも優劣をつけろと迫られても、「遊びじゃ」の一言で終わらせるのであろう。
この見証、関白様にとっては我々の優劣を定めるものではなかったのやもしれぬ。この見証自体が関白様自らを試すものと捉え、それに勝利なさったに違いない。
それよりなにより……。
関白様のお言葉を直接聞いた我々自身が、一番勝敗をわかっている。
もう一つ、俺が密かに戦慄していることがあった。
選の中に小蝶の絵が紛れ込んでいたのは、父も意図していないことであっただろう。宗祐叔父は普段、ほとんど工房で他の者の絵を見ず、派として頼まれた障壁画を描いている。だから、小蝶の絵が石見太夫のものとして宗祐叔父の目をくぐり抜けてしまうのは仕方がないことだ。
祖父は……、孫可愛さに見逃したのかもしれぬ。
その結果、あの場で父は進退窮まったのだ。だが、「隠居」というとっさの一言で狩野の代替わりまで安堵させてしまった。やはり、父の絵師ではない部分は恐ろしい。ある意味において、関白様をもその場の思いつきで手玉に取ったのだ。
前々から父は、隠居の意思を俺だけには漏らしていた。だから、「どうせ近々隠居の意思を示し、お許しを得ねばならぬのであれば、先んじて取引材料にしてしまえ」と考えたに違いない。
おそらく、絵師としての父の名は後世に残らない。祖父と俺に挟まれ、地味な評価しか得られぬだろう。
然してその実体は、狩野の絵技の祖を祖父とするのであれば、狩野の派の真の祖は父である。
再び関白様の言葉が続く。
「源四郎。
実は一つ詫びねばならぬことがあるのじゃ。この度《たび》、麿は越後の長尾景虎(のちの上杉謙信)の元に下向することになった。それが決まったのがつい先日での。申し訳ないことではある。だが、すぐに戻ってくるつもりじゃ。
よいか、源四郎。必ず、そなたには描いてもらうからの」
俺、再び額を床に擦り付ける。
関白様から、ここまでの言をいただける絵師がどれほどいようか。
まっことにありがたいことだ。
そして、このありがたいことは、狩野の名を守って祖父と父が積み上げてきたものの大きさに依っているのだ。その大きさがあるからこそ、信春も直治どのもここにいるのだ。
第11話 不始末は見逃せぬのだが……
に続きます。




