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『フランチャイズ・フラン』第2話 責任は取る!④

 ③ライエ


 オラクルロード、太陽系周辺宙域。地球の公転軌道上を航行するディザイアス地球方面軍旗艦バハムート。

「おめでとう、隊長殿」

 ライエとドラゴブリンが戻ると、ダークネビュラスの一人、《漆黒天使(ネロ・アンジェロ)》ファシスが嫌味ったらしく言ってきた。その面長の白面には、いつも通り酷薄な笑みが張り付いている。だがその面白がるような口調に、いつもよりも五割程増した愉悦が感じられ、ライエは彼をきっと睨んだ。

「何がおめでたいの?」

「通算敗北記録十回。いやあ、さすがは我らが隊長殿だ。トップに相応しい成績を叩き出すのは、お手のものというところだろうねえ」

 くっ、と奥歯が軋む。ファシスがデュナミス帝にとって必要な駒でなかったとしたら、この場で滅却したいところだ。

「私の出撃回数は、あんたたちの中でトップよ。特に、地球に特権者が現れるようになってからはね。軍隊にも満たない自衛隊に負けて、それからずっと船に籠りっきりの臆病者が、何を言うのかしら」

「心外だねえ。私は隊長に、花を持たせて差し上げようと敢えて率先しないだけというものだよ。特に、アニメイテッドをああも容易(たやす)く破る特権者に対して、同じ玉砕を繰り返すのは愚かしい事だしね。だが、建前は必要だろう? 我々はこの作戦に於ける精鋭(エリート)なんだから」

「エリートが全て、その名に相応しいものかしら?」

「さあね。中にはやまいだれが付くような奴も混じっている」

 ファシスが、切れ長の目を更に細めてドラゴブリンを見る。《暴霊海賊》は黒灰色の面皮を赤黒く充血させ、低く唸った。「死にてえのか?」

『控えんか、愚か者ども』

 メインモニターが点灯し、そこにデュナミス帝の姿が映し出される。

 言い争っていたライエ、ドラゴブリン、ファシスは、一斉に片膝を突いて頭を下げた。ファシスに売られた喧嘩とはいえ、デュナミス帝は「知覚術」を使い、プラーナを把握したこちらの様子をいつでも監視出来る。醜態だった、と思うと、ライエは羞恥から体が熱くなるのを感じた。

「陛下。本日もご機嫌麗しゅうございま……」

『馬鹿者! 何処をどう見て言っている』

 真っ先に口を開いたファシスが一喝される。ドラゴブリンが顔を伏せたまま口角を上げ、ライエは微かに肩をぶつけた。「笑い事じゃないでしょ」

『ライエよ』

 デュナミス帝がこちらに顔を向ける。ライエは「はい」と応えた。

『八王子、織姫星高校での首尾を報告せよ』

「はっ。私とドラゴブリンは、前回掴んだテスタメント・テスラの正体、公方院碧依を捕縛すべく、彼女の心理的な隙を突く作戦を展開しました。リトス・アクシアを用い、人間から魔力を捻出する機構を構築し、強化型アニメイテッドを顕現させて事に当たりました。しかし、二人目の特権者が出現し……無念にも、我々は敗北を喫しました」

『二人目の特権者……なるほど。そろそろ現れるのではないかと、思ってはいた』

「真名はフランチャイズ・フラン、浄化魔法の使い手でした。これで彼らは、人間を素とするアニメイテッドと戦う事を、躊躇わなくなるでしょう」

『そうか。しかし浄化魔法云々を差し置いても、リトス・アクシアによる魔力強化を以てしても、特権者は打破出来ぬ存在か』

「雪辱は……」

 ライエは、関節が軋む程拳を握り締めた。「必ず、果たします」

『残念だがライエ、それを叶える事は出来ない』

 デュナミス帝はふっと息を()き、こちらを憐れむように見た。

『目を掛けていたお前に、このような事を言い渡すのは忍びない。だが、依怙(えこ)贔屓(ひいき)をすれば他の部下たちに示しがつかぬ。不測の事態とはいえ、お前が今回で十回目の惨敗を喫した事は事実だ』

「そ、それでは」

『お前の、ダークネビュラス隊長の任を解く。特権者の討伐は他の者に任せ、お前は八王子に留まり、一足先に覚醒したパラドクスの捜索に当たれ』

 デュナミス帝の言葉に、ライエは心が急速に萎むのを感じた。

 パラドクスの発見は、自分たちダークネビュラスに与えられた究極目標だった。今まで転移素、スカリアの存在しなかった地球でそれを探すには、あの星に降りた「紡ぎ手」の残した痕跡たるそれを追うだけで良かった。

 だがライエたちは地球の技術力を見くびっており、これ程の短期間で「紡ぎ手」の落着した日本でスカリアがばら撒かれ、その追跡が困難なものになっている事は想定外だった。日本を埋め尽くしたワープ技術を駆逐するには、その一切を取り仕切るウィスプを壊滅させるしかない。そして今ウィスプを滅ぼすには、最大の隘路である特権者を倒すのが急務だ。

 そこを省略してパラドクスを地道に探す事が、何を意味するか。

 答えは簡単だ。ライエは、見込みのない閑職に回されるという事。即ち、左遷されるという事だ。

「……謹んでお引き受け致します」

 帝王に対してライエが口に出来る返答は、それだけだった。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。デュナミス帝が自分に目を掛けて下さっているのは、本当の事だ。左遷という事実に変わりはないが、パラドクスを自らの足で捜索するというのは、建前上は立派な使命だ。

 ドラゴブリンにファシス、手腕は確かな魔法使いであるだけに、部下たちがこうも曲者(くせもの)揃いである事、そして彼らに実績を奪われる事は許せない。絶対に自主的に手柄を立て、隊長の座に返り咲いてやる。

(待ってなさい、テスラにフラン。私がこの手で、あんたたちを打倒してやるわ)

 ライエは心の中で、密かに炎を燃やした。


 ④白葵鏡花


 私は本当に、何をしちゃっているのでしょう?

「心火に咲く赤き花──フランチャイズ・フラン!」

 皆が憧れる、魔法を使える女の子、テスラと同じ特権者になり、(あまつさ)えあんな名乗りまで上げてしまったのです。一晩経ってみると、現実味が全くありません。ないのに、記憶は何処までも鮮明です。

 ワプスターは、やはり意図的に送り込まれていた兵器だった。それを送り込んできているのは、宇宙を侵略するディザイアスという軍団。そしてテスラの正体は公方院さんで、彼女はウィスプによって派遣された戦士だった──。

 夢みたいな話です。しかも自分がその夢を動かしてしまったのですから、驚きの二乗です。昨晩はずっと、自分の足元が崩れ落ちてしまうような危うさを感じて、アニメ『追奏のハルモニア』の推しキャラが印刷された抱き枕をぎゅーっとしながら過ごしました。

 そして今は、公方院さんと二人きりで、電車でガタゴト。西八王子駅から中央線に乗り、幸徳学園大学から分離したウィスプへ向かっています。彼女が膝の上に抱いているぬいぐるみは、どちらも宇宙の妖精フェアステラ。ポプリさんは勿論、昨日はあんなに冒険をしてしまったアプリさんも、ぬいぐるみの振りをしてちょこんと抱かれています。さすがに電車の中は、人目が多すぎますから。

「……そわそわしないの」

 ちらちらと顔を窺っていますと、公方院さんは車窓に視線を向けたまま小さく言ってきました。

「目立っちゃうでしょ。別に私も白葵さんも同じ歳なんだし、それどころか同じクラスだし。二人でお出掛けしたって、何もおかしくないでしょ?」

 二人でお出掛け──確かに、そうです。

 彼女に言われ、初めて自分が今置かれている状況を理解しました。私は今、ずっと憧れだった三次元の推し・公方院碧依さんと”お出掛け”をしているのです。ある意味では、昨日の事よりもっと夢みたいです。

 私は不意に、気分が高揚するのを感じました。これからの事を考えると、心配が全くないと言えば嘘になりますが、今は公方院さんと仲良くなるチャンスでもあるのです。そう思った私は、勇気を出しました。

「あの、公方院さん!」

「何?」

「公方院さんって、お休みの日はどう過ごしているんですか?」

「普段? 別に何も。魔法操作の訓練なんかはしているわよ」

「いぇっ」私は、つい変な声を出してしまいます。「えーっと……し、私服、お洒落ですね。何処で買っているんですか?」

「分からない。ウィスプから貰っているのが、(ほとん)どだから」

「そ、そうですか」

 駄目です。会話、全然長続きしません。

 私が、何か気に障るような事をしてしまったのでしょうか。思い返せば彼女は、駅で待ち合わせをした時からずっと仏頂面で、殆ど自分から話をしません。もし、今朝から気分でも悪かったのだとしたら。

「あの……公方院さん、もしかして具合が悪かったりは……?」

 恐る恐る尋ねると、彼女はそこでやっと、車窓に向けていた顔を私の方に向けました。学校ではあまり見せる事のないぽーっとした──それは本当に「ぽーっと」としか言い表せないようなものでした──目で見つめられ、私は思わず引き込まれそうになります。

「私昨日さ、白葵さんの件、上司? みたいな人に報告したんだよね。幾ら私でも、こんな大事な件を話すのに、アポなしで研究所に(とつ)る訳にも行かないしさ。で、その時……その人ずっと、ご機嫌斜めみたいでさ。私のミスを責めているようでもあったし。今日怒られるかもしれない、って思ったら、胃がきりきりして」

「………」

 公方院さんも、そういう事があるんだ。私は意外に思いましたが、それよりも先に心の表面に浮かび上がってきたのは、私自身の反省でした。

 一人で、舞い上がりすぎていました。私が彼女たちを騒がせてしまった事については、昨日の時点でちゃんと説明をされました。されたのに、私に自覚が足りなかったのです。

「ごめんなさい、公方院さん」

 私は、正直に謝りました。「やっぱり私みたいな弱い人間が公方院さんを助けようなんて考えるのは、思い上がりだったのかもしれません」

「白葵さん」

 彼女の声が、そこで心なしか硬度を上げました。

「自分の事を必要以上に卑下するのは、やめた方がいいわよ」

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