『フランチャイズ・フラン』第2話 責任は取る!③
* * *
「もう! 無茶な事をするんだから!」
変身を解くと、真っ先にテスラ、公方院さんが私に軽く肩パンを喰らわせてきました。普段は「冷たそう」とまで言われる事もある彼女の見せた怒りに、私はついしどろもどろになってしまいます。「その……私は……」
しかし、公方院さんもただ怒っている訳ではないようなのです。膨らませた頰がぴくぴくと戦慄いており、目尻には涙の粒までが光っています。私の焦りが困惑に変わってきた時、アプリさんが割り込みました。
「まあまあですの、碧依。鏡花さんのお陰で、碧依の命は助かったですの」
「元はといえば!」
公方院さんは、アプリさんをきっと睨みつけます。
「あんたが勝手に、鏡花と特権者の契約を結んだりするから……」
「でも、あたくしの責めは関係ないですの。事実、鏡花さんが特権者になってくれなかったら、碧依はどうなっていたか分からないですの!」
「………」
公方院さんは唇を噛みましたが、やがて私に向き直り、頭を下げました。
「ごめんなさい。白葵さんに助けられたのは事実よね、ありがとう」
「い、いえ! 私、そんな」
憧れだった公方院さんにお礼を言われ、顔が熱くなるのが分かります。嬉しさと、また新たに現れた別種の困惑で言葉を上手く出せないでいると、ポプリさんが「でもさ」と口を挟んできました。
「特権者としての名前だけど、フランチャイズ・フランはないでしょ」
「ええっ、駄目ですか?」
高揚していた気分から、一気に落とされたような気がします。公方院さんはやっと頭を上げましたが、「それは私も同感」と肯きました。
「で、でも……公方院さんも、テスタメント・テスラで韻を踏んでいますし」
「そこまで真似しなくてもいいの。そもそも、『フラン』ってどういう意味よ?」
「えっと……特権者と、『鏡花』の『花』と、自分が火属性魔法を使えるって事が直感的に分かった事と……」
「花も火も、『flower』とか『flame』とかに近い外国語っぽいけど、そんな言葉はないわよ。綴りは?」
「F、R、A、N、のつもりでしたけど……」
いけません。無知が露呈してしまいます。
「それは人名よ。『Flan』なら、フランスのカスタードプリンだけど」
「碧依、『Tesla』も人名ですの」
アプリさんがツッコミを入れます。公方院さんは「うるさいな」と悔しそうな表情になりましたが、そこで「フランっていうのはね」と付け加えました。
「ウィスプ内では、特権者の略称でもあるのよ。固有名詞にしたら混乱する」
「そ、そうなんですか……」
私はしょんぼりしてしまいました。が、そこで気付く事があり、
「公方院さん」
「何?」
「公方院さんは……テスラは、やっぱりウィスプに所属しているんですか? 特権者は、ウィスプがワプスター対策に派遣しているものなんでしょうか?」
「鏡花さん、それは」
ポプリさんが、少々躊躇ったような声を出します。公方院さんは片手を上げてそれを制すると、「一口にそうとも言い切れないんだけど」と言いました。
「でも確かに、私を特権者として戦うように、ガイドやサポートをしてくれているのはウィスプよ。何で言い切れないのかについては、そこに組織外からの意思も関わっているからなんだけど……まあ、理解としては問題ないわ」
「って事は、これから私もウィスプに?」
「どうでしょうね」
答えたのは、公方院さんの手をひらりと越えたポプリさんでした。
「特権者に必要な素質、プラーナの魔力出力値は、そこまで特別なものじゃないわ。特権者になるには一定の基準があるだけで、それはあくまで平均みたいなもの。それより出力の弱い人間も、強い人間も普通に居る。鏡花さんは、たまたま強い方に含まれていただけ」
テストの点数みたいなものですね、と肯いていると、彼女は続けます。
「アプリがあなたを『素質がある』と判断したのは、逆にいえばその魔力出力が十分って点だけ。私や碧依に言わせて貰えれば、あなたはまだまだ一般人よ。審査を簡略化して結んだ契約だから、一時的なものにもなり得るわ。……そんなあなたに、ウィスプがまだ世間に公開していない機密が漏れた」
そういえば、アプリさんたちフェアステラは、存在自体が国家機密だと言っていました。私は、ごくりと喉を鳴らします。
「私……どうなるんですか? あのディザイアスっていう人たちの事も、特権者に関する秘密も……それに、公方院さんがテスラの正体だって事も知ってしまいました。勿論、誰かに言ったりするつもりはありませんが……」
「……ポプリ。あんまり脅かしすぎないの」
公方院さんはポプリさんを窘めると、私を真っ直ぐに見据えて「怖がらないでね」と言いました。「フェアステラの事と、私の正体。それがバレた時、私は白葵さんの記憶をエクスティングイッシュするつもりだった」
「エ、エクス……?」
「記憶の抹消。高度な魔法だけど、機械を使ったりする訳じゃないし、頭に後遺症が残ったりもしない方法よ」
「記憶を……」
それは、何だか寂しいような気がします。愛らしいフェアステラの事も、公方院さんとこんなにお話し出来た事も、綺麗さっぱり忘れてしまうなんて。
「だけど、事はそう簡単じゃなくなった。白葵さんが……フランチャイズ・フランになったから。おまけに浄化魔法の適性がある、ね。分かるでしょう、私は前回の戦いで、ディザイアスに正体が織姫星の生徒だって知られた。私を捕まえてその正体を公表すれば、きっと世間は大騒ぎになる。ワープ技術を禁止したウィスプが、それを特権として使用する戦士を動かしているって事が露見すればね」
「それは……仕方ないじゃないですか。魔法を使うワプスターと戦うには、魔法を使える特権者じゃなきゃ」
「それで済む話じゃないのよ。ウィスプと、果てには異星人たちの行動原理にも関わってくる問題なんだから。まあ、いずれ詳しく話す事になるだろうけどね。……とにかく大事なのは、この局面に来てディザイアスが、私を捕まえるのに手段を択ばなくなりつつあるって事。さっきみたいに、彼らがリトス・アクシアを使って人間のワプスターを作り始めたのもその一環。私は正直、どうしようって思った。だって私は、浄化魔法を使えないから。私に使えないその手段を、本当に偶然、白葵さんが使えたから」
公方院さんの説明に、私はまた首の傾斜角が大きくなります。
「自生魔法を使える一人一人に、適した属性と魔法パターンがあるって事よ。例えば私は風属性、白葵さんは火属性、ってね。白葵さん、あなた変身した後、自分で火属性魔法を使おう、って決めた?」
「言われてみれば……」確かに、私は決めていません。
「イクスタロットを使った、高度な魔法も同じ。アプリが最初に取り出した時、イクスタロットには何も刻まれていなかった。白葵さんが手に取ったから、浄化魔法を使える『ヒリングクオーツ』のカードになったの」
「人間から生み出されたワプスターを、碧依は倒したくないですの。でもそこに、浄化魔法で人を助けられる鏡花さんが現れたですの!」
アプリさんが歓声を上げ、私は何となく理解しました。
つまり私は、元々一時的な特権者としての契約も、後で記憶を抹消すれば許される立場にあったのです。それが、浄化魔法を使える事が分かって、公方院さんにとっては捨てるに捨てられない存在になってしまった……という事でしょう。
「私、どうすればいいんでしょう? もし、私が公方院さんのお役に立てるなら、何かしたいとは思いますが……」
「まあ、私もそこまでの決定権はないしね。今はとにかく、白葵さんを信じる事に賭けるわ。一日だけ、誰にも今日の事を言わないでいるって誓える?」
公方院さんは、下から上目遣いに私に顔を近づけてきました。今までにない彼女との距離感に、私は心臓がドキドキし出すのを感じます。
「誓い……ます。でも、どうして一日だけ?」
「明日、白葵さんに予定があっても全部キャンセルして貰うわ。お葬式とか、動かせない予定は入っていないわよね?」
「は、はい」
「私と一緒に、ウィスプに行こう。上の人たちに、この事態を捌いて貰う」