『フランチャイズ・フラン』第2話 責任は取る!②
②白葵鏡花
電子レンジの姿を持つ怪物が、炎を纏った拳を振り下ろしてきます。私がそれを間一髪で避けると、ドカーン! という爆発めいた音が響き、コンクリートに蜘蛛の巣状のひび割れが生じました。
すかさず、二撃目が私を狙います。私はまた後ろ向きにジャンプし、避けますが、その拍子に小規模な駐車場に停まっていた車を飛び越えてしまいました。身体能力が向上されたとはいいますが、予想外のジャンプ力です。でも、ワプスターもそれに匹敵する動きを見せ、私の飛び越えた車を拳の一撃で粉々にしました。
エンジンが潰されたらしく爆発が起こり、炎の壁が出現します。そこから、滲み出すようにワプスターの巨躯が私を追い駆けて来ました。
「鏡花さん……じゃない、フラン! 逃げるだけじゃ駄目ですの! せっかく自生魔法が解放されたですの、使わなきゃ勝てないですの!」
「ま、魔法……」
アプリさんに言われ、私は頭を回します。
すると、不思議な事に、私は自分がそれを知っている事に気付きました。今まで自生魔法など、存在すら知らなかったのにです。これもまた、特権者として体に刻み込まれる手続き記憶なのでしょうか。
ともあれ──。
媒介となる武器は、先程テスラも使用していました。いつの間にか腰に現れていたタクトを、私は考えるよりも先に抜き、ワプスターに向けました。
「身を焦がせ……スパーク!」
詠唱と共に、私はタクトの先端から火花を放ちます。炎の中から現れたワプスターは、亀のような頭部にそれを受け、一瞬たじろいだように体を引っ込めました。しかし、きっとまだこれだけでは足りません。
「暗夜を縫い、天花と散れ! フレイムバレット!」
本当は私だって、怖かったのです。テスラが現れる前まで、ワプスターは自衛隊のような戦闘の本職に就いている人たちが、総力を挙げて倒すものだとばかり思っていました。テレビなどでは何となくしか大きさは分かりませんが、実際三メートル以上あるのです。
テスラを助けたい。そう思った事は、嘘ではありません。ならば、嘘にしてはいけない。逃げては駄目だ、と自分に言い聞かせ、私はまず懸命に体を押し出す事に集中しました。
「スパーク! フレイムバレット! スパーク!」
隙さえ与えなければいいのです。そうすれば、相手も攻撃が出来ません。攻撃さえされなければ、私が大怪我をしてしまう事もないはずです。
しかし、私は攻撃に夢中になり、またワプスターが怯んだような動作を見せ続けているだけに、知らず知らずの間に自身が後退し、グラウンドの方に近づきつつある事に気付くのが遅れました。
「ギグルオッ!」
一瞬、私は絶え間ない連撃の手が止まりました。その一瞬の隙に、ワプスターが怯みから立ち直ってまた口元に炎の渦を覗かせ始めます。
「鏡花っ! 避けて!」
ライエさんと揉み合いながらも立ち上がり、相手を振り解くようにして私たちの横を走って来たテスラが、鋭く叫びました。私はぎょっとし、また慌てて回避を試みましたが、今度は間一髪で──失敗しました。
光線の如く射出された炎は、跳躍した私の足を掬うように薙ぎ、私は空中で激痛が体幹を貫いたのを感じました。バランスを崩した私は押されて吹き飛び、グラウンドと学校裏を繋ぐ辺りに植えられていた木の枝に、逆さまに引っ掛かけられてしまいました。
「いっ……たーいっ……!」
身体強化されても、体そのものが固くなった訳ではありません。焼けつくような痛みが負傷箇所を容赦なく苛み、逆さまにされた事で血液も脳の方に逆流してくるのが分かります。顔がパンクしそうです。
「鏡花!」
テスラが、また警告の声を上げました。枝に引っ掛かったスカートを解こうと奮闘しながら彼女の方を見ますと、痛む体を引き摺るように駆けて来るその後ろから、ライエさんが怒りの形相で迫ってきていました。
「忌々しい特権者たち……さっさとやられなさい! アンブラ!」
ライエさんもまた、自生魔法の使い手のようです。逆さまのままじたばたと藻掻く私に、闇の球を飛ばして攻撃してきました。
「そんなあ! あんまりですっ!」
私は咄嗟に身を縮めたものの、彼女の魔法は枝に直撃。それは折れ、私は頭から落下して、木の下にある茂みに突っ込んでしまいました。醜態です。
「ぐぬぬ……」
「まだまだよ! ポーラーナイト!」
バシッ、と合わせられたライエさんの手から、漆黒の波動のような攻撃が飛んできます。テスラは横から滑り込み、手刀で彼女の手を跳ね上げました。「あんたの相手は私よ!」
くらくらする頭を振ると、私は辺りを見回しました。
ワプスターは何処に行ってしまったのでしょう?
「ギイイガアアッ!!」
果たしてその瞬間、怪物は私の頭上を跳躍しました。私を単に見失っただけかもしれませんが、このままグラウンドに出られては一大事です。グラウンドには、各部活動が発表を行うステージが作られ、また屋台も多く出ているのです。油も多く使われていますし、そこで火を吐かれたりしたら。
「やめて下さい! レギンレイヴ!」
私は、フレイムバレットよりも大きな火球を飛ばします。出来ればもっと強い魔法を使いたいのですが、特権者としての力が解放されたばかりの私には、ここまでの出力が限界のようです。
ワプスターは、私が隙を突いて背後から撃った為、激昂したようでした。こちらを振り向くと、力を溜めるように両手を体の前で巴型にします。そこに、私の作り出すものよりも明らかに巨大な火球が生成され始め、私は真っ青になりました。これはいけません、当たれば私、百パーセントやられます。
迎撃しようとした私はそこで、このワプスターが人間を素体として作られている事を思い出しました。私がこのタイミングで先手を取れば、あの火球は爆発し、敵は葬り去られるでしょう。しかし、それでは囚われた人を助けられません。
「浄化! あなた、浄化魔法は使える!?」
ライエさんと格闘していたテスラが、私にそう叫んできました。
「じょ、浄化?」
「アプリに貰ったイクスタロット! そっちに、何て書いてある!?」
彼女は焦れったそうに続けます。私はワプスターにタクトを突き出したまま、わたわたとポケットやベルトのポーチをまさぐりました。
イクスタロットとは、変身に使わなかった方のカードでしょうか。私は数秒間でそれを見つけ、引っ張り出すと、その表面に目を走らせました。拡散する光のような絵柄に、謎の文字のようなものが書かれています。見た事のないものでしたが、何故か私には、その文字を確信を持って読む事が出来ました。
「ヒリングクオーツ……って、書いてあります!」
「それ! それをフランスペルマにセットして、浄化魔法を使って! ワプスターを形成している汚染プラーナを除去して、リトス・アクシアから取り込まれた人間を解放出来るわ!」
「や、やってみます!」
変身した時と同じような台詞で応え、私はフランスペルマを取り出しました。変身の解除は何処かのボタンを押せば実行されるようですが、それに触れないように細心の注意を払って、変身に使った方のタロットを取り出します。ヒリングクオーツと入れ替えを行った時、タクトの光の刃が突如薔薇色に変化しました。
「わわっ! これが……」
「ギイイイガアアアアアアッ!!」
ワプスターが、特大の火球を放ちます。やられる、と思いましたが、その瞬間最初に魔法を使った時のように、ここで何をすべきなのかが私にははっきりと分かりました。
「1stパリフィケイション!」
私は両手でタクトを構え、ワプスターに突き出します。テスラが祈るように手を合わせ、ライエさんも手を止めてワプスターを正面から見つめました。
浄化魔法が発動され、刀身から大きな片翼の如き花弁のエフェクトが生じます。それは特大の火球を防ぐ盾となり、炎を吸収すると、更に拡張してワプスターを包み込みました。
「スパティフィラム!」
私がタクトを一閃すると、花弁は一層強い輝きを放ち、溶けるように消えました。荒れ狂っていたワプスターの目が心地良さそうに閉じられ、憑き物が落ちたかのように穏やかな表情となり──やがてその巨躯は、細かな光の粒子となって、消滅していきました。後にはただ、リトス・アクシアに閉じ込められていた男性が気を失い、倒れているだけです。
「決まったですの!」
アプリさん、ポプリさんが降下してきました。アプリさんはぱちぱちと手を叩いて歓声を上げています。
ライエさんは呆気に取られたように私たちの様子を見ていましたが、やがて我に返ったように、再び指をこちらに向けてきました。
「こうなったら、私が直接……!」
「させない! フェザースラッシュ!」
スパッ! と鋭い音が響き、ライエさんはお腹を押さえて呻きました。テスラが風属性魔法を飛ばし、彼女に攻撃したのでした。
まだ戦わなきゃいけないのか、と思い、もう一度臨戦態勢を整えようとした時、いきなりグラウンドの方から悲鳴が響きました。ライエさんが「ドラゴブリン……」と呟き、続いて野太い雄叫びが。
私とテスラは顔を見合わせ、すぐに駆け出しました。フェアステラの二人も続いて来ようとしますが、彼女らにはテスラが
「あんたたちはそこで、倒れている人の様子を見ていて!」
鋭く指示を飛ばしました。
屋台が集まっている場所まで行くと、既にそれらは大部分が薙ぎ倒され、至る所で火の手が上がっていました。いつの間にか武装した警官隊が集まっていましたが、彼らも返り討ちに遭ったらしく大勢が地面に這い蹲っています。彼らを襲ったらしい者は、探す間もなく目に入りました。
二メートル、まだ人間の身長の域ですが、その人物は俄かに人間とは言い難い印象を与える大男でした。黒灰色の皮膚に、頭はスキンヘッド。大きく襟の開いた服から覗く胸板は岩石のようで、口からは牙まで覗いています。
「雑魚相手に魔法なんざ使っちゃあ、弱い者苛めって奴だよなあっ!」
大男は、ハンマーの如き拳を振るい、警棒を持って突撃を掛けた警官の一人に対して、頭をむんずと掴みました。そのまま、普通の人なら背負い投げで地面に叩きつけるところを、腕の一振りだけでそれと同じ姿勢を取らせます。背骨が割れるのではないか、と思う程の音を立て、警官は土にめり込みました。
「《暴霊海賊》のドラゴブリン……ダークネビュラスが、二人も来ているなんて」
テスラが呟いた時、
「ドラゴブリン! もういいわ、撤収よ!」
ライエさんが、後ろから駆けて来て声を張り上げました。警官隊を矢鱈滅鱈に殴りつけていた大男は、「ああ?」とドスの利いた声を上げ、彼女を振り返ります。その眼光に射竦められ、私はびくりと背筋を伸ばしました。
「アニメイテッドはどうしたよ?」
「緊急なの。リトス・アクシアまで使ったのに、浄化魔法を使える二人目の特権者に倒されちゃったのよ! 作戦は失敗、ここは一旦バハムートに引き返して、対策を練りましょ」
「……ドジな隊長様め」
ドラゴブリンさんは、羽交い締めにしていた警官をぽいと投げ捨て、ライエさんの隣まで移動しました。警官も生徒の皆さんも、息を詰めて私たちや彼らを見つめています。
ドラゴブリンさんは舌打ちをし、「いいか」とこちらを睨めつけました。
「これでとにかく、てめえら特権者が二人居る事が分かったんだ。俺らもリトス・アクシアというとっておきをご開帳だ。お互い、これ以上の後出しじゃんけんはなしにしようや。次は絶対に、俺がてめえらを潰すからな」
彼らの足元から、そこで魔方陣が広がりました。二人を包み込むように光の柱が立ち昇った、と思うと、既に彼らの姿はそこから消えていました。どうやら、ワープを使って逃げたようです。
私もテスラも、他の人々も、暫しその場に立ち尽くしていました。最初に自分を取り戻したのは、ステージ発表に出ていたらしい魔女のコスプレをした女子生徒で、こちらを指差して叫びました。
「特権者が! 特権者が二人!」
途端に、うわっ、という程の叫び声が周囲を満たしました。皆、我先にと私たちの方へ押し寄せてきます。
私が動転しかけ、「えええ?」と情けない声を上げていると、テスラがいきなり右手首を掴んで囁き掛けてきました。
「引き揚げるよ。ワープで、アプリたちの待っている場所まで飛びましょう」
「ワープって、私……」
高校入学と同時に禁止されてしまった為、私は殆ど使った事がありません。それに、ヨグソトシウムを用いた機械以外でワープをするなど、経験は皆無です。戸惑っていると、テスラが溜め息を吐きました。
「私が一緒に跳んであげる。だから白葵さんは、転移先の事を強く頭に思い浮かべていて。……今回は、特別だからね」
「は、はあ……」
学校裏からグラウンドに出る辺り。私は目を閉じ、「はい」と肯きました。
私の腕を握るテスラの手に力が込もり、先程ライエさんたちが消えた時のような光が、閉じられた瞼の奥、網膜までしっかりと白さを届け──。
気が付くと、私たちは先程までワプスターと戦っていた辺りに戻っていました。