『フランチャイズ・フラン』第2話 責任は取る!①
①アストライア・ミラ・エストレリータ
「間もなく予定時刻です、女王陛下」
天の川銀河から二、〇五三、七〇〇光年離れたアンドロメダ銀河、エストレリータ王国。王宮の儀式場で、女王アストライアは通信を待っていた。メイド服姿の側用人の顔にも、緊張が色濃く浮かんでいる。
その緊張を和らげるべく、アストライアはふっと微笑み掛けた。
「そんなに怖がらなくてもいいのよ、コリン。今回は単に向こうとの通信、デュナミスも当面の目的を達成しない限り、エストレリータへ本格的な侵攻を始めたりはしないわ」
「で、でも……」
コリン・ネヴァーは、胸元に拳を当てる。
「陛下も、その道がこうして示されてしまった事が、ご不安なのでしょう?」
「……そうね。何も不安じゃないって言ったら、嘘になるわね」
でも、とアストライアは続けた。
「我々に協力して下さる星系の皆さんも、このオラクルロードの満たす宇宙を守ろうと心に誓って下さった方々も、沢山いらっしゃるのです。私は近いうちに地球へと向かい、デュナミスの奸計を砕くべくあの星の皆さんとお話しをします。それでは、ご不満かしら?」
「……いいえ。ありがとうございます、陛下」
コリンは幾分か強張りを解き、可愛らしくぺこりと頭を下げる。アストライアはその肩にぽんと手を置くと、祭壇上部に掛けられた水晶板に視線を向けた。
間もなく、水晶板の表面が小波立った。中心から波紋が広がるようにして、そこに巨大な人の姿が映し出される。くすんだ長い金髪、黒鉄色の無骨な鎧の肩には、真紅の重そうなマントが掛けられている。頰まで筋肉質なその顔には、左目の上から鼻を通過し、右の顎まで大きな刀傷があった。
『久しいな、エストレリータ女王』
巨漢は低い声で語り掛けてくる。アストライアは、乾燥した唇を湿らせた。
「地球に宣戦布告を行うつもりですか、悪逆皇帝デュナミス?」
『これは強気な事を仰せられる、女王よ。既に我々ディザイアスは、旗艦バハムートを地球の公転軌道上に転移させた。「紡ぎ手」がその位置を告げたパラドクスを見つけ出す事も、そう時間は掛からないだろう』
巨漢──デュナミスは両手を広げると、声高に宣言した。
『我々の宣戦布告を行う相手は、地球ではない。積年の雌伏を経て、私はあなた方との因縁に決着を着けるべく舞い戻って来たのだ! そう、私は今日この瞬間を以て、あなた方エストレリータへの侵攻作戦を開始する!』
コリンが、ひっと喉を鳴らした。アストライアはその前に出て片手で庇うようにすると、一度深呼吸をした。分かっていても、やはり改めてその言葉を告げられると動悸が起こるのは抑えられない。しかし、ここでいつまでも動揺していないのも、またアストライアだ。
「あたかも、地球でパラドクスを発見する事が容易いような口振りですね。まだ惑星への降下も行っていない段階で、我々に宣戦布告するとは」
『容易いに違いなかろう。我々の進んだ文明、そして魔法を司る力。これと比較すれば、劣悪人たる地球人類の科学力など、たかが知れているというものだ。威力偵察自体は、既に済んでいるのだからな』
「さて、果たしてそれはどうでしょうか?」
アストライアは言い、睫毛を伏せた後に続ける。
「『紡ぎ手』はあの星に、スカリアをもたらしました。そして、星の生命たるストリス・プラーナの結晶、タロットをも。私は決して、地球人類が劣悪人であるなどとは思いませんよ。あの星から”特権”を持つに相応しい者が現れると、宇宙の摂理が示したのです。私は、その導きを信じます」
『特権……伝承の戦士、特権者か。幾星霜の果てに蘇りしその存在が、つい最近オラクルロードの通った地球から再来するとは。お伽話もいいところだ』
デュナミスが嘲笑する。
「けれど、私はこの宇宙に生きるあらゆる種族が、英知を持ち得ると信じます。地球人がスカリアの存在をこの短期間で認め、生活の一部とした事もその一環といえるでしょう。それは、あの星で『紡ぎ手』のスカリアを辿る事が出来ず、未だにパラドクスの確保に至っていないあなたが最もよく知っている事と思いますが。
……彼らはきっと、自らの持つプラーナを理解し、タロットを使いこなせるようになるでしょう。宇宙の守り手である特権者を、蘇らせて下さるでしょう。私も、また精一杯に力を貸します」
『ならば、今後は共に競争を繰り広げる事になりそうだな』
デュナミスの言葉からは、既に侮るような色は消え、こちらを対等な敵として見ているような響きになっていた。
デュナミスという男は、そういう人なのだ。彼もまた、当時の自分の力ではエストレリータの国力に敵わない事を知っていた。だから、自らも力を得るべくパラドクスを探し求めている。
『私たちディザイアスが最初にパラドクスを得れば、無限の力を以てあなたの王国は終焉を迎える。して、あなたが循環因果に託す願いとは?』
「私は……宇宙が星々の導きと共に、いつまでも平和である事。因果を捻じ曲げる事がなくても、叶え続けるべき事です」
アストライアが言うと、デュナミスは唇の端を曲げて嗤った。
『さすがは女王様らしい事を言うな、あなたは。では精々努力するがいい。地球人の英知とやらを、我々に示してみせよ』
はっはっはっ、という高笑いを最後に、水晶板の表面がまた揺らいだ。
デュナミスの姿が消えると、コリンがまた声を掛けてきた。
「地球に特権者が現れると、陛下はお考えですか?」
「環境は与えられ、種は蒔かれたのです。それを萌芽させられるか否かは、私たちが彼らに可能性を示す事が出来るか否かに懸かっています。……ポプリ」
アストライアは指を組み、祈るような姿勢を取る。特権者を見定める目を持つエストレリータ王国の聖獣、フェアステラを招喚する姿勢だった。
「お呼びでしょうか、アストライア様」
空中に魔方陣が出現し、そこから湧き出るように兎に似たフェアステラ、ポプリが現れる。その愛くるしい姿に、コリンが目を輝かせた。
「ポプリ。あなたは先行してサプタ・リヒに搭乗、地球に向かい、『紡ぎ手』のもたらしたキータロットの解析データを現地の方々にもたらして下さい。私の捺印を押した親書を託します」
「拝受仕りました」彼女は、律儀に頭を下げて答えた。