『フランチャイズ・フラン』第1話 お姫様になりました③
②ライエ
「ちぇっ、呑気なもんだぜ」
飛行術で移動しながら、目的地の八王子、私立織姫星高等学校が眼下に見えてきた時、《暴霊海賊》ドラゴブリンが忌々しげに吐き捨てた。
「真っ昼間からわあわあ騒ぎやがって。やっぱこの地球の学生は怠け者でいけねえ、俺がその腑抜けた性根を叩き直してやりてえくらいだ」
「それ、あんたがいちばん言っちゃいけない台詞だと思うけど?」
《呪戦姫》ライエは、ふっと鼻を鳴らす。
「あんだと?」
「筋肉馬鹿。あんたにしごかれたら、この星の学生は皆、脳味噌までプロテインになっちゃうわ」
「その方がよっぽど役に立つと思うがね、劣悪人どもも。プラーナだけじゃねえ、身体強化の材料にもなる」
ドラゴブリンは肩を竦め、「で」とライエを振り返った。
「どうするよ、隊長殿? 適当に放り込んでもいいのか?」
* * *
宇宙帝国ディザイアス、その精鋭中の精鋭である特殊部隊「暗黒星団」の行動隊長に抜擢された時、ライエは喜びに全身が震えるようだった。敬愛する主であり、また個人的な感情としては父の如く慕っていた、帝王デュナミス陛下からの直々の任命だ。
デュナミス帝による各宇宙方面への侵略が始まってから、占星航路を介して星々の種族間交流は一気に盛んになった。最初にオラクルロードを発見し、宇宙との交信を始めようとした惑星──地球人がM31 アンドロメダと呼ぶ銀河のエストレリータ惑星王国やその周辺での人族の寿命は平均千年。しかし、無論それより短い異星人も存在する。ライエの出身星では、その十分の一にも満たない時間しか、個人には与えられなかった。
ライエは、たまたまオラクルロードの発生に立ち会い、それに呑み込まれてディザイアス首都星に転移したそうだ。そうだ、というのはライエにその当時の記憶がないからだが、自分を拾って下さったデュナミス帝はそんな自分に、比い稀なる自生魔法の素養を見出した。
彼によって、この地球でなら丁度高校生に当たる年齢で老化を停止させられたライエは、二百年という本来なら生き得なかった時を生き抜く事が出来た。ライエはデュナミス帝への恩義に報いるべく、数々の侵略戦争で前線に立ち、戦った。
その自分の戦いが認められたのが、五年前の事だった。
「ライエよ。『紡ぎ手』が天の川銀河、太陽系第三惑星・地球へ引き寄せられた。我らの宿願たるモノが目覚めたのかもしれぬ。お前に、大型宇宙巡洋艦バハムートを任せよう」
デュナミス帝からの命を受け、ライエはダークネビュラスを率いて地球に飛んだ。が、その時既に、地球は「紡ぎ手」──宇宙を漂う霊的存在──の宿る隕石がもたらしたスカリアを科学技術に導入し、それを”モノ”の眠っていた場所と思われる地域全体、日本と呼ばれる区画にばら撒いていた。そのせいで「紡ぎ手」の発生させたスカリアの痕跡は不明となり、直接”モノ”を追う事は困難になった。
地球人が下賤の徒である事は、ライエも知っていた。だが、その技術力が、ディザイアスには及ばぬとしても予想以上に進歩していた事には驚いた。このままスカリアを無際限に拡散されると、”モノ”の捜索は難しくなる一方だ。
ライエはそう判断し、地球人から後にワプスターと呼ばれる事になるアニメイテッドを作り出して、日本のワープ技術を破壊する事を目指した。その目的は、四年越しに一歩だけ達成に近づいた、と言って良い。実際去年、度重なるアニメイテッドの出現で、ワープ技術の使用が禁止されたからだ。
ただ、同時にもう一つの厄介な問題が現れた。特権者だ。
テスタメント・テスラというあの少女が使用しているのは、明らかにプラーナを用いた自生魔法。幾ら地球人が隕石から見つけたのはスカリア、ワープ技術以上の魔法をこれ程短期間で修得出来るはずがない。地球に”モノ”の存在がある事を感知したのはエストレリータもまた同様と思われるので、恐らくはそちらから地球人に接触があったのかもしれない。
ワープを行うだけでなく、直接ライエたちの邪魔も行う特権者。この排除は急務だったが、四年前からライエたちは黒星を重ねている。その正体も──地球人なのか異星人なのかも──分からず、これまで対抗策を編み出せないまま屈辱を味わい続けたが、前回やっと一つ重要な情報を得る事が出来た。
テスラの正体と、それを操っている背後の組織──。
* * *
「ドラゴブリン」
ライエは、黒灰色の皮膚を持つスキンヘッドの巨漢に指示した。
「私がテスラを捕まえたら、あいつらの拠点は市内にあるし、あいつらもすぐワープで駆けつけてくるかもしれない。フェアステラが彼女と行動を共にしている事も確認済みだしね。あんたは、私が退散するまでの間、学校で暴れなさい。ええ、多少大袈裟にやったって構わないわ。あいつらが、学校に突入して来られないようにすればいいんだから」
「アニメイテッドは放り込まないのか?」
ドラゴブリンはニヤニヤしている。
「私の使うやつだけで十分。前回のドリル型は過去最強だったけど、それでもテスラの正体について暴くだけで精一杯だった。だから、秘密兵器を使うわ。その代わり、二箇所にアニメイテッドを出すのは、テスラを動き回らせる事になって却って危険かもしれない」
「分かったよ。まあ確かに獲物は、てめえの手で狩るのがいちばん面白れえしな」
行くわよ、と言いながら、ライエは降下を開始した。スカリアがばら撒かれたこの日本なら、こちらも自由にワープが出来る。
デュナミス帝からの命令も、この国で探し物をする事も、確かに重要だ。しかし、その過程である特権者との戦闘に、勝つだけではなく、勝つ事に期待して臨むのはいけない事だろうか、とライエは考えた。それだけ、これ以上テスラに負けるのは「嫌だ」という気持ちが胸裏に存在していた。
(どんな目に遭わせてくれようかしら……)
気丈なテスラが泣きながら許しを乞う姿を想像し、ライエは忍び笑いを漏らした。