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『フランチャイズ・フラン』第1話 お姫様になりました②


          *   *   *


 公方院碧依さん。

 成績優秀、運動神経抜群の才媛。しかも、とっても可愛い。……いえ、このような表現では嫌がられるかもしれません。彼女は「可愛い」というより、「美人」なのです。去年も一緒のクラスでしたが、本当に少し前まで中学生だったの? と、ちょっとびっくりしてしまいました。それ程大人っぽくて、控えめなメイクの似合う女子高生もそうそう居ません。

 まさに、才色兼備。私の憧れるタイプです。でも、高校生活が始まってすぐ、彼女と友達になるのはなかなか難しそうだ、という事を知りました。

 公方院、なかなかに由緒正しそうな名字です。普通の高校生とは一線を画すオーラに、学年では色々な噂が飛び交いました。名門のお嬢様ではないか、という噂があったり、或いは任侠を重んじる界隈のご息女では、という声も。

 あんまりな話のようにも思えますが、公方院さんには確かに、気になる点が幾つかありました。まず、新学期から何度も原因不明の欠席を繰り返していました。にも拘わらず、先生たちは誰もそれに触れようとしません。だから、もしかしたら彼女の関係者から、学校に何らかの圧力が掛けられているのでは、という憶測も発生する事になるのですが……

 それともう一つ、公方院さんはあまり表情を見せず、同級生たちとも積極的に関わろうとしないのです。何というか、半径五メートル以内に近づいちゃ駄目ですよ、みたいな空気がありました。その為に、私みたいなファンが居る一方で、「澄ましてお高く留まっている」という陰口も一部では囁かれていました。

 そんな風評を、意にも介さないように颯爽と学校を歩くところが、堪らなく格好良いのです。

 でも、まさか。

 いつもツンとした美人の公方院さんに、私と同じようにアイドルソングに聞き惚れるような一面があったとは! 夢みたいな光景です、まさに眼福。

 意外な一面ですが、これはもしかして、もしかしたら、彼女とお近づきになれるチャンスでは?

 頑張れ私、頑張れ鏡花! このチャンスを無駄にしてはいけません。でも、一体どうやって声を掛ければ? アイドルが、もしくはテスラが好きなんですか? と尋ねるにしても、いきなりズバッと切り込みすぎて、ウザったいと思われたりはしないでしょうか? ここは一つ、偶然を装って? いやいや、この状況が既に偶然です、その上で第一声に悩んでいる訳です。「奇遇ですねえ!」と言ったら……別に公方院さんの方は、私を”友達”とは思っていない訳ですし……

 あああ、どうしましょう!

 私が頭を抱えていますと、またもやメールの着信音が鳴りました。しまった、と思いつつ、通知欄から展開してみますと、


『きょ~たろ~ 恨むわよおおおおおお……』


 胡桃先輩です。これは、相当怒っています。マジヤバというやつです。

 いけません、私とした事が、公方院さんに見惚れているうちに先輩からのお遣いをすっかり忘れていました。

 公方院さん、そして私よ、ごめんなさい! 新学期早々、せっかくのチャンスを棒に振ってしまいます。だけど、ここで色々頭を行ったり来たりさせていても、機会が惜しまれるだけで何も思い浮かばなかったのも、また事実です。

 すみません、逃げます!

 私は購買に向かうべく、その場を後にしました。


          *   *   *


 悪夢のようなたらい回しです。

 購買に着いて、学食のおばさんに一件を伝えると、おばさんは申し訳なさそうな顔に少々こちらの連絡不足を責めるような成分を加えて「ごめんね」と言いました。

「購買の運営は生徒会費じゃなくて、学校のお金だからね。律夢ちゃん主催の行事であたしたちの仕入れたものは使えないのよ。それはちゃんと彼女にも話して、準備物は一切生徒会室で保存しているって事だったんだけど」

 新年度が始まって早々の、突発的な一大イベントだった為、伝達ミスも何処かで発生したに違いありません。胡桃先輩に直接電話を掛けて必死に弁明し、私はまた大急ぎで生徒会室に向かいました。

 生徒会室は、実技教室が多く集まる北校舎にあります。歓迎会のメイン会場は各学級の教室がある南、東校舎で、北は渡り廊下を使わなければ行けない、少し離れた場所です。今は人気(ひとけ)もなく、ひっそり閑としています。生徒会の運営委員の皆さんも、このようにお祭りの盛り上がりとは程遠い場所でお仕事をしているなんて、なかなか(つら)そうです。勿論交替で各ブースにも顔を出すのでしょうし、高樋先輩はモニター越しに楽しむ皆の顔を見るだけでも楽しい、というような人なのですが。

 生徒会室へ行く道は、余った部費を返しに行った事があるので覚えていました。しかし、教室に近づくに連れて私の不安は募っていきます。私の記憶にある生徒会メンバーの雰囲気は和気藹々としていて、いつも廊下まで笑い声が聞こえてくるはずですが、今は変わらずひっそりしているのです。声どころか、何か作業を行っているような物音も聞こえてきません。

 もしかしたら……新学期が始まって環境が変わり、一週間足らずで土曜日に出校になった上、あまりにも忙しすぎて、先輩たちは倒れてしまったのでは?

 私は心配になり、生徒会室の扉に駆け寄ってノックしました。やはり、中からの返事はありません。

「失礼します……」

 恐る恐る、声を掛けながら扉を開くと──。

 無人でした。高樋先輩を始め、メンバーは一人も居ません。扉を開けた時、何か物音がしたようにも思いますが、もしかしたら本当に私の気のせいだったのかもしれません。

 皆さん、何処に行ってしまったのでしょう?

 このままでは、私が胡桃先輩に怒られてしまいます。部屋の中にものがあったとしても、勝手に持ち出してもいけないような気もしますし。何か手掛かりはないでしょうか、と部屋をうろうろしていますと、テーブルの上に一枚メモ用紙が置いてあるのが見つかりました。


『ちょっとしたトラブルがあったみたいなので、今の待機組で出向いてまーす。すぐ戻るから、交替の時まで間に合わなくても心配しないでね。 りづむ』


 なあんだ、と安心すると同時に、落胆も襲ってきました。トラブルは確かにそうなのでしょうが、こういう悪い事は重なるものです。でも、待っていれば皆さんも戻って来るでしょうし、こういう時は無闇に出歩かないに限ります。

 忙しいのに、手持ち無沙汰。

 そんな矛盾した状況で、私は部屋をぶらぶらと回りました。

 相変わらず──部屋がグッズで溢れ返っている私に言える事ではないですが──雑然としています。特に、生徒会長のデスク、PC周辺は壮観です。漫画や女性誌がランダムに積み重なり、ミニチュアのキャラクターが所狭しと並べられています。PCの本体にもモニターにも無数のシールが貼られ、その正面の壁にあるコルクボードには、学校行事で撮影した沢山の写真が。

 整然とした胡桃先輩とはえらい違いですが、私はこの”私の城”感に強く惹かれます。あと一歩で無秩序、ですが危ういところで均衡を保っていて、でもやっぱり片づけは面倒臭そう。それくらいが落ち着くのです。

 勿論、整理整頓の行き届いたデスクもあります。同学年の男子生徒で、去年の秋から生徒会入りした岸野(キシ)遼平(リョウヘイ)君のものです。やや低めの身長と声変わりの遅いハスキーな声で男女問わず可愛がられていますが、彼自身はあまり面白くないのか、いつもむっとしたような表情でした。

 性格も生真面目できびきびしており、仕事場に余計なものは持ち込まない、という主義だった……はずですが、私はそこで、思わず「わわっ」と歓声を上げてしまいました。

「これ、岸野君の?」

 壁際のデスクの隅に、耳の垂れたロップイヤーのような、白いウサギのぬいぐるみがちょこんとお座りしているのです。耳の先端にボンボンみたいな薄桃色の毛玉が付いており、手足には手袋と靴に似た、同じく桃色の毛が生えています。しげしげと周りから眺めてみると、背中には小さな天使のような羽、そして赤いハート形の印がありました。

 なんと可愛いんでしょう!

 昨年度訪れた時は、このようなものはありませんでした。岸野君は、つい最近このような萌えに目覚めたのでしょうか。公方院さんの時もですが、やっぱり人には意外な一面というものがあるみたいです。

「私も、この子が欲しい」

 無意識に、口に出して呟いていました。他人のものに勝手に触るのはあまり感心な事ではありませんが、せめてメーカーを確かめるくらいなら、問題ないでしょう。多分、高樋先輩たちが戻って来るまでにはもう少し掛かるでしょうし。

 私は、ぬいぐるみのウサギさんを持ち上げ、裏を見ようと逆さまにしました。

 信じられない事が起こったのは、その時です。

「うわああ! 何するですの! やめて下さいですのーっ!」

 私は心臓が口から出たんじゃないか、というくらいびっくりしました。ウサギさんは甲高(かんだか)く叫ぶや否や、じたばたと藻掻いて私の手を擦り抜けたのです。

「わあっ!?」

 私もびっくりして、思わず手を離してしまいました。ウサギさんは真っ逆さまに落っこちて、と思うより早く、空中で逆上がりするように回転し、背中の小さな羽をパタパタと動かして浮かびました。

「あなた、失礼ですの! 急に逆さまにするなんて!」

「喋った!? ウサギさんが……っていいますか、ぬいぐるみが……」

「あたくしはウサギでもぬいぐるみでもありませんですの!」

 お嬢様のような口調のつもりなのでしょうが、何処か無理をしている感が否めません。ぷりぷりしている彼女(?)には申し訳ないですが、私はその愛くるしさについくすりとしてしまいました。

「むむっ、何がおかしいですの?」

「ごめんなさい、笑うつもりはなかったんです! でも、その……あなたが、あんまりにも可愛いと思ったもので……」

 幾らそういうものに目がない私でも、普通だったら初対面の人にいきなりそんな事は言いません。でも、相手はウサギさんでもぬいぐるみでもないらしい謎の生き物ですし──じゃない、純粋に気が動転していまして、ついうっかりと口走ってしまいました。

 この子も岸野君タイプだったら、機嫌を損ねてしまうのでは、と不安になりましたが、幸いな事にそうはなりませんでした。

「きゃっ、やっぱり分かってくれるですの?」

「は、はい!」

 取り敢えず胸を撫で下ろしながら、私は安堵の息を()きます。

「それなら別にいいですの」

 まんざらでもないご様子です。少しは心を開いてくれたかな、と思いながら、私は質問を試みました。

「えっと……あなたは一体、何者なんですか?」

「あたくしはエストレリータのフェアステラ……」言いかけ、彼女はぷるぷると首を振ります。「ああ、駄目駄目。これはまだコッカキミツだったですの。それじゃあ、あたくしの事は……アプリ、アプリと呼ぶですの。ここまで見られちゃったら、名前くらい知られてもいいですの!」

「コッカキミツ?」

 私は首を捻りましたが、それ以上深く考える間もなく、

「あなたのお名前は何ですの?」

 ウサギさん──もとい、アプリさんが尋ねてきました。そこで私は、人に、いえ、アプリさんはどう見ても”人”ではないのですが、誰かに名前を尋ねる時はまず自分から名乗る、という事をすっかり失念していたのに気付きました。

「えっと、私は鏡花、白葵鏡花です。織姫星の二年生、といっても、なったばっかりですが……」

 宜しくお願いします、というのも、状況が状況だけに何となく変なような気もします。どう会話を繋ごうか、と考え、咄嗟に口から出たのはまたまた質問でした。何だか質問合戦になってしまっているようです。

「アプリさんは、人間じゃないんですよね? どうして、人間の言葉を喋れるんですか? それに、私はアプリさんみたいな生き物の事、今まで見た事もないんです。あなたはどういう存在なんですか?」

「……残念だけど、それは言えないですの。コッカキミツだから」

「じゃ、じゃあ」

 質問攻めにして申し訳ない、と思いながらも、私は尋ねるのをやめられません。

「そんな国家機密のアプリさんが、どうして生徒会室に?」

 彼女も気を悪くした様子はないようですが、やや困惑気味のようです。もしかしたら、私の矢継ぎ早の質問に、口を挟む隙を失ってしまったのかもしれません。

「うむむ、それは……」

 アプリさんは少し唸った後、突然私の鼻すれすれまで浮かび上がりました。

「あたくし、今ちょっと人から逃げているですの。匿って欲しいんですの」

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