『フランチャイズ・フラン』第2話 責任は取る!⑥
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「じゃあ、まずは白葵さんも分からない事だらけだと思うから……」
畳敷きの座敷のような休憩室に案内されると、公方院さんはコーヒーを一口啜ってから口を開きました。私は苦いものが飲めませんが、ここに案内してくれたショコラさんが紅茶とどっちがいいか、と尋ねてくれたので困りませんでした。
「ワプスターとかディザイアス、それに特権者っていう存在が一体何なのかって事から説明していくわよ。
……簡単に言ってしまえば、ディザイアスっていうのは宇宙からの侵略者。だけど漫画とかアニメに出てくる敵組織みたいなもの、っていう解釈じゃちょっと違う。向こうは、人員も物資も、国連軍なんかとは比べ物にならないくらいの戦力を持つ宇宙帝国だからね」
「う、宇宙帝国……」
「冗談みたいな話だけど、よくよく考えてみればおかしい話じゃないでしょ? 地球からじゃ、すぐ隣のアンドロメダ銀河に行くまで、光の速さでも二百万年掛かる。まさに、人知の及ばない世界。そこに、地球と同等かそれ以上の文明を持つ宇宙人が居たとしても不自然ではないわ。
私たち地球人を始め、宇宙には多くの種族が居る。でも、それぞれの住む星、世界っても言えるけど、それが離れすぎているから互いに知覚出来ない。それじゃ勿体ないから、悠久の時を費やしても宇宙を飛び回って、種族たちの世界を繋ごうとする存在が居るの。それが『紡ぎ手』」
ふむふむと肯き、ポケットから手帳を取り出しますと、公方院さんは「メモは取らなくていいからね」と言いました。
「紡ぎ手は、ヨグソトシウムを発生させて宇宙に占星航路を作り出す。その軌道上にある星々は駅みたいな扱いになって、自由自在にワープが出来るようになるの。六年前、『奇遇なエイプリルフール』で地球に落ちた上高地隕石にも、『紡ぎ手』が宿っていた。それが、人類にヨグソトシウムをもたらしたのよ」
「そのヨグソトシウムっていう呼び方、まだ慣れないわね」
ポプリさんが口を挟みます。
「何だか得体の知れない、仰々しいものみたい。私たちには『スカリア』っていう呼び方があるのに」
「見つかる場所が違えば、呼び方も変わる。方言もそうでしょ。
それでね、宇宙はオラクルロードで満たされて、ワープの仕組みを掴んだ者なら何光年離れた場所でも行ける。でも、その結果当然のように、オラクルロードを掌握して他の種族を支配下に置きたい一派も出てくる。それが、今宇宙で最も強欲な侵略国家ディザイアスなのよ」
「それが、今度の侵略先を地球に向けたんですか?」
何だか怖くなってきました。私は尋ねましたが、公方院さんは頭を振ります。
「それならライエたちダークネビュラスが、毎回ワプスター一体で済ませようとはしないでしょ。白葵さんはまだ半信半疑だと思うけど、宇宙の文明は地球よりもずっと進んでいるところが多いわ。例えば、魔法だってそう。無から始まっている訳じゃない、何かしらの因果があるからこそ、私たちは風の刃を放ったり、手の中で火球を生成して飛ばしたり出来る。だけどその仕組みが、今の人類が知っている科学の知識じゃ説明出来ないから、便宜上『魔法』って呼ぶの。
ちょっと脱線しちゃったけど、素養があって練習すれば、自生魔法を誰もが使えるディザイアスの技術レベルは地球より遥かに上。彼らが、そこまでして地球を征服しようっていう気はないわ。
彼らを束ねる帝王デュナミスの目的は、最初にオラクルロードの存在を確認して宇宙との交信を行った、アンドロメダ銀河の『エストレリータ王国』を攻略する事。今宇宙で繋がっている全種族の中で、最高位の影響力を持った者たちね。その国力は、興ったばかりのディザイアスじゃ歯が立たなかった程。デュナミスはこのエストレリータ王国を手中に収める事を悲願にしていて、対抗する為の力を得ようと宇宙中に侵攻しているまである。それが、近年になって状況が変わったの」
「公方院さん、一つだけ質問していいですか?」
私は、もうお腹が一杯、という気がしました。しかし、大まかな状況については掴めています。
「一つと言わず、何個でもいいわよ。本当はもっとあるんでしょう?」
「い、いえ! 確かに信じられないような事ばっかりですけど、昨日実際に見て、その上私まで特権者になってしまったんですから……でも、公方院さんやウィスプの皆さんは、どうやってこの宇宙の秘密を知ったんですか?」
「簡単な事よ。その子たちを見れば分かるじゃない」
公方院さんは、卓袱台の隅っこに並んでいるフェアステラ二人をちらりと見ます。アプリさんとポプリさんは競い合うように、ショコラさんが置いて行った器からクッキーを取ってはもりもり食べていました。さくさくさく、と齧る顎の動きは、目では追えない速度です。
「フェアステラは、エストレリータの妖精。ワプスターが出没するようになってから彼らがワープして来て、私たちウィスプに地球で今起こっている事が何なのか、話してくれたの。最初はそれこそ、壮大なドッキリか何かじゃないかって疑った。でもそれは、『奇遇なエイプリルフール』だってワープ技術だって、ワプスターだって同じ事でしょう?
しかも、あの時現れたこの二人は日本じゃ造れないような揚陸艇に乗って、エストレリータの女王様から託された親書まで持って来たんだもの。その後で、書かれている通り女王様本人が現れたんじゃ、信じない方が無理だった」
「そんな事があったんですか……私、全っ然知りませんでした」
「当然よ。国とウィスプが、情報を完全に封じたんだもの。それは今でも、一般には公開されていない。まあ早い話が、国家機密よね。それから私たちは、エストレリータと連携して対ディザイアスに向けて動き始めた」
私と同じ歳なのですから、公方院さんはその頃まだ中学一年生だったんだなあ、と私は考えました。当時から彼女がウィスプに居たのなら、何か訳がありそうな気もします。
公方院さんはそこについては掘り下げず、「続けるわよ」と言いました。
「エストレリータの女王アストライアは、さっきも言ったようにデュナミスの目的について語った。『奇遇なエイプリルフール』があった事で、そのエストレリータ侵攻が大幅に前倒しになったって事も。
上高地隕石……『紡ぎ手』の飛来は、地球でとあるものが目覚めたから、っていう事なの。それは異星人にとっての科学技術、魔法とも違う、真の意味で因果を外れた存在だった。本来宇宙に存在してはいけない……スピリチュアルな言い方になるかもしれないけど、神様みたいな存在が宇宙を創った時、うっかりミスで出来てしまった穴、この世の理が途切れている場所。その在処を発見して、宇宙に生きる人々に告げる為、『紡ぎ手』はやって来た。
エストレリータの伝承では、それは『循環因果』或いは『混沌の獣』って呼ばれている。宇宙の因果と関係なく動くから、不可能は実質存在しない。法則を無視してどんな願いでも叶えてしまう、真の意味での魔法。デュナミスはそれを得て、『宇宙最強の力』を手に入れようとしているんだって」
「そしたら、誰もデュナミスには逆らえなくなるですの」
アプリさんが、最後のクッキーを嚥下してから引き継ぎます。ポプリさんはラスト一枚を食べ損ねた事に不満げな顔でしたが、アプリさんに続けました。
「エストレリータも、屈服するしかなくなるでしょうね。そうなれば文字通り、宇宙にはディザイアスの独裁体制が敷かれるって訳」
「パラドクス……彼らは、それを地球で探そうとしているんですね」
だから、文明自体には何も求めるものがない地球に現れているのでしょう。
「ウィスプの目的は、だからワプスターを倒す事だけじゃないわ。ディザイアスよりも早くパラドクスを見つけ出して、葬り去る。女王様が私たちに求めたのは、そこまでよ」
「そこまで……といいますと?」
「地球人の手で、ディザイアスそのものを倒す事までは考えなくていい。ただ地球人は、自分たちの星を破壊の手から救う事だけに専念して、っていう事。まあ、そう言われると何だか申し訳なくなるけど、これって考えてみれば世界平和と同じ事なんだよね。世界中の紛争をなくす事なんて、一つの国家じゃ出来ない。だから、せめて自国民の生命だけは守る」
「エストレリータも、そうなんでしょうか?」
「まあね。彼らがパラドクスを排除したいのは、自分たちの星にディザイアスが侵攻してくるのを止めたいからだし。すぐに宇宙が平和にならなくても、その時その時を潜り抜ければ、いつかきっと……ってね」
公方院さんはそこまで言うと、残ったコーヒーを飲み干しました。
「これで分かったでしょう? ウィスプが特権者を動かしている事を、世間には公開出来ない理由が。エストレリータやディザイアスについて、どうして国は隠さなきゃいけないのかを」
「パラドクスの事があるから……ですね」
「そう。どんな願いでも叶える、宇宙の法則を逸脱した存在。そんなものが日本の何処かに居るって分かったら、大勢の人が血眼になってそれを探そうとする。私たちと国はこの秘密を死守し続けて、誰かがそれを偶然にでも見つけた時、取り返しのつかない事にならないようにしている」
「ウィスプの方々は……いえ、エストレリータの人たちもですけれど」
私は、無意識に声を潜めて尋ねていました。
「パラドクスが見つかった時、それを平和の為に、例えばディザイアスを消してしまうとかの為には、使わないんですか?」
「どんな目的であっても、それは出来ないわ」
公方院さんの声は、確固たる意志を孕んでいるようでした。
「それは因果の逸脱を、更に押し広げる行為だもの。宇宙にどんな影響をもたらすのか、全く計り知れないから。それにね」
「それに……?」
「強い力、独裁の権限を得た者は、必ずその力に溺れて腐敗するものよ。最初は、どんなに高尚な目的があったとしてもね。私は、ポプリと契約した時に言われた特権の本質、高貴な義務を、自分以外の意思に歪められたくない。自分が堕落しないって言い切れない事も、私の弱さだって言われれば反論出来ないんだけどね」
特権、可能性と義務。
パラドクスとは、ある意味その最たるものなのでしょう。
自分の力で御しきれない特権なら、端から持ってはいけない。公方院さんの言う事は裏を返せば、今私たちに与えられた特権については、手に負えるものである、手に負えねばならないという事のようでした。
「世界を守れる力があるっていう事。それが、私たちの特権よ」
「……はい!」
私は小さく拳を握り、肯きました。
公方院さんが、自分でコーヒーのお代わりを淹れる為立ち上がります。