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『フランチャイズ・フラン』第1話 お姫様になりました①

 二〇四〇年二月二十九日。

 世界で、「ワープ」が全面的に禁止になった。


          *   *   *


 二〇三五年四月一日、直径六十センチの隕石が長野県上高地に落下。死者数は奇跡的にゼロ。後日アメリカ航空宇宙局(NASA)が会見を開いたが、その兆候は直前まで観測されなかったという。

 報道より先に口伝(くちづて)に伝わったこの情報は、最初はその日柄「嘘」だとして、世間で一笑に付された。その日のうちに発表があり、嘘のような出来事が本当に起こった日として、この日を「奇遇なエイプリルフール」と呼ぶようになった。

 翌月、採取された隕石のサンプルが、軽井沢の研究所から忽然と消滅。更に翌月、八王子・幸徳(コウトク)学園大学の研究所で発見される。同様の現象は八月にも発生し、空間跳躍、ワープの可能性が示唆される。二度サンプルが移動した幸徳学園では調査が行われ、地下で未知の生物の卵が孵化したと思われる痕跡が発見される。これを機に、隕石研究の権限が幸徳に移譲された。

 十二月、繰り返されるワープの原因が、上高地隕石に含まれる未知の成分による事が判明。幸徳はこれを「ヨグソトシウム」と命名。

 翌年一月、ヨグソトシウムを用いたワープ技術の、民生への導入が示唆される。しかし軍事転用の可能性もあり、国連で利用規約を謳った「包括的ワープ技術利用関連条約」が採択。同時に幸徳の研究グループは「ワープ技術革新標準化企画室」、通称WISP(ウィスプ)として独立。グループは政府直轄となり、以降、国内で実証的に技術導入が進む。

 ワープ技術は、実証実験も兼ね、税金から一部の国民に無償で提供される事となった。低コストでの開発も進むようになり、その産物は一般でも手に入りやすい値段に設定され、国民の生活様式は大きく一変した。山間部や離島など、交通の便が良くない地域でも都市部との行き来が楽になり、また離れた地方にも軽く出勤出来るようになり仕事の可能性が広がった。

 公共交通機関の運行に充てられていた金額も、多くが社会保障やその他行政サービスに転用される事となり、財政は回復の兆しを見せた。しかし、これはウィスプが実験した事だが、まだ海外へのワープは不可能だった。

 八月、ワープ技術の民間導入に関する議定書が国連に提出。技術の海外輸出が認められる。その矢先、突如八王子に謎の怪生物が出現。ショベルカーを模したような形で、予想外の知的な動きを見せ被害は甚大なものとなり、自衛隊の緊急出動により討伐された。翌月には、ワープ技術産業製品を輸出しようとしていた船が同じく港のクレーンを模した形状の怪生物に襲われる。同様自衛隊により討伐されたが、輸出は中止された。

 八王子で再度怪生物が出現したのは、同年の十二月の事だった。自衛隊の10式戦車を模した形で、出現の瞬間は近隣住民によって目撃され、ワープにより現れたものだと判明。ウィスプにより「ワープ・モンスター」縮めて「ワプスター」と呼称されるようになる。

 翌年二月、相模原市多摩境にガスバーナーを模したワプスターが出現。町内で大規模な火災が発生。散水により火力を中和し討伐されたが、国際条約で禁止されたワープ技術の軍事転用と思われる事柄に、ウィスプは説明を求められる。その後も三月から七月にかけて、立て続けにワプスターが出現。ウィスプと防衛省の間で度々会議が行われるが、その内容は公開されず。一方、討伐後のワプスターから採取されたサンプルからも研究が進む。


          *   *   *


 特権者(フランチャイズ)の出現は、八月、織姫星(オリヒメボシ)高校八王子キャンパスに現れたスプレー型ワプスターの報告直後だった。自衛隊が出動するより早く、ワープによって現れたのは、特権者「テスラ」と名乗る少女だった。

 彼女は、現代の科学では説明のつかない魔法と思しき技を連発し、ワプスターを撃破。賞賛の声と共に、その可憐な容姿から話題が沸騰するが、テスラは戦闘が終わるや否や姿を消してしまう。

 その後何度か、ワプスターが現れテスラが倒す、という事が続いた。それは、ワープ技術が禁止され、早くもそれなくしては回らなくなっていた日本社会が恐慌に陥りかけても同じ事だった。

 世間で囁かれる最大の謎は、次の一言に集約された。

”果たして、テスラの正体は──?”


 ①白葵鏡花


 土曜日なのに、私は一体何をしているのでしょう?

 学校中を走らされながら、私はふとそう思いました。でも、面倒臭がってはいけません。生徒会長・高樋(タカヒ)律夢(リヅム)先輩を始め、学校の皆が新入生歓迎会を成功させようと頑張っているのですから。たとえそれが、去年から度々繰り返された高樋先輩の「思いつき」であったとしても。

 お祭りが大好きな高樋先輩の主催で、歓迎会は文化祭もかくや、という盛り上がりを見せていました。各部活動でも、色々な出し物が行われ、一般の人たちも沢山足を運んでいます。

「こういう時に厳しい立場なのが、あたしたちよね」

 文芸部のたった一人の先輩である御雷(ミカヅチ)胡桃(クルミ)さんは、そう言って溜め息を()いていました。それもそうです、私を含めて二人しか部員が居ない文芸部は、出来る事といっても限りがあります。元々趣味的な部活で、文芸部らしい自費出版も、文学研究も特に行っていません。する事と言えば、胡桃先輩とトランプやウノをしたり、雑談をしたり──ああ、ちょっと恥ずかしいのですが、私の好きなアニメや、VTuberの配信を観たり、なんかです。

 勿論、読書くらいはしますよ? 私は(もっぱ)らライトノベルばかりを読みますが、胡桃先輩は文豪とか、私には難しい、って思う本も意欲的に読んでいます。そういえば私が誘われたのも、そっちと関係があるんでしたっけ。


          *   *   *


「ねえ、ちょっと君」

 去年の春にも、まだ高樋先輩に生徒会長のポストがなかったので今年程大規模なものにはなりませんでしたが、新入生歓迎会がありました。それが終わった後、部活動紹介を見る為に体育館をうろうろしていると、唐突に声を掛けられました。

「は、はい!」

 体育館の隅っこ、教室の机一つ分だけのスペースに「文芸部」と書かれた紙を下げたショートボブの二年生──それが胡桃先輩だったのですが──は、私が決めかねてうろうろしているのを見つけたようでした。

「君、体育会系に入るつもり? それとも文科系?」

「えっと……文科系、です」

 内申点の為に、部活動には一応参加したかったのですが、出来れば楽なものがいいな、なんて考えていました。スポーツはそこまで得意じゃありませんでしたし、織姫星高校は色々な種目で強豪校であるだけに、部活動は練習が厳しいイメージがありましたし……

 そういう事を話すと、胡桃先輩はぱっと顔を輝かせました。

「それじゃあ、文芸部に入ってよ。いやあ、先輩たち引退しちゃったしさ、小難しいイメージがあるからか、あたし世代の入部希望者はあたしだけだったし、一世代上に限ってはゼロだし。このままじゃ執行部から廃部言い渡されちゃう」

 私は、深く考える間もなく「分かりました」と返事をしました。廃部になったら、この先輩が可哀想だ、と思ったのです。

「ありがとう! ねえ君、名前は?」

白葵(シラオイ)鏡花(キョウカ)、です」

 鏡花は鏡に花で、と机に指で書きながら説明すると、先輩はそこで自分も名乗り、その後で「凄い」と言いました。「泉鏡花と同じ名前」

「いずみ?」

「あ、知らない? ……まあ、泉鏡花は男だけど」

 活動が始まったらもっと色々教えてあげる、と、胡桃先輩はにっこりしました。


          *   *   *


 正直なところ、私は肩身が狭いです。

 私立のお金持ち学校である事も関わっているのでしょうが、高樋先輩は去年の秋、生徒会役員の引き継ぎが行われてから、全部活動に提供する部費を一律に割増しました。私たちの、半分遊びみたいな文芸部への部費も、運動部と変わらないくらい貰えるようになりました。

 以前は廃部寸前で、執行部でさえもどうにでもなれと思っていた文芸部は、部室の機材を修理する程度の費用しか貰えていませんでした。それでかなり苦しい状況だったのですが、いざ部費が増えるとそれはそれで使い道がないのです。

 胡桃先輩は大喜びし、報告書には研究資料を買った事にして山分けしよう、と私に誘ってきましたが、さすがにそれは気が咎めるので、私は反対を押し切って、年度末生徒会に残額──ほぼ全額だったのですが──を返金しました。高樋先輩には褒められ、胡桃先輩には渋い顔をされましたが。

 遊んでばかりいるのも何なので、時々校内のボランティア団体「ふじぼたん」と一緒に近所の保育園「ビオラ園」に行って、子供たちの相手をする事もあります。それで、私たちは「ふじぼたん」とも関わりがあり──。


『キョータロー、早く早く! 揚げドーナツが品切れ!』


 こうして歓迎会でも、彼らのお手伝いとして焼きそばやスイーツ作りに動員されているのでした。


『急かさないで下さいよお(泣)』


 胡桃先輩からの催促メールに返信し、私はまた駆け出します。

 食べ物の販売、特に特製揚げドーナツは思いがけない人気を見せました。材料が足りなくなり、私は「ふじぼたん」の部室に向かったのですがそこにも備蓄はなく、お留守番の先輩に聞いたら購買に行くように言われました。

 焦っちゃ駄目、こんなに大盛況のお祭りで、誰かにぶつかっては大変です。でも、スピーディーかつ冷静に、なんて、どれだけ難しい事でしょう。今言うべき事じゃないですが、私、不器用ですから。

 もうすぐ購買、という時、横目に見たオムニコートで私はつい足を止めてしまいました。

「えー、続きましては! 皆さんお待ちかね、今をときめく特権者テスタメント・テスラにラブとリスペクトを込めて! 『テスラのテーマ』です!」

 軽音楽部を始め、有志の方々がリサイタルを行っているのでした。ほぼ皆、私の同級生です。

 私がちょっとそそられる、フリフリの衣装を着て陽気に宣言しているのは、テスラファンクラブの筆頭を公言する蛇穴(サラギ)(ジュン)さん。彼女が可愛らしく上手なウィンクをすると、オーディエンスの皆さんがわーっと沸きます。

 蛇穴さんは満面の笑みを浮かべると、バンドの方々に演奏開始の合図。音楽が始まると、彼女は体を振りながら歌い始めました。



 例えば星の(またた)く夜に

 さよならの天使が舞い降りて

 もう明日は来ないんだよって

 私の心 くすぐっても


 魔法をかけてよ、テスラ!

 運命も手が出せないくらいに

 あの日見た 穢れなき白こそ

 私の希望 あなたの特権

 そう 世界との契約だ



 さすが、蛇穴さんの十八番(おはこ)。何度聴いても感動です。

 何でも彼女は、テスラにワプスターから助けられた事があるそうです。それですっかりテスラに心を奪われてしまった彼女は、中学時代に友達とファンクラブを立ち上げたとか。ここ織姫星にも、テスラが最初に現れた聖地だから、という理由で入学したという話もあります。

 作詞作編曲までも自ら手掛けたという「テスラのテーマ」には、彼女の愛がギュッと詰まっています。その一途な姿は、テスラと同じくらい尊敬出来るものだと私は思います。私も好きなものは色々あって、それこそ胡桃先輩などからはヲタクとまで言われるくらいですが、一つの事をそこまで長く、とは行きません。自分でも浮気性だなあ、とは思います。

 オーディエンスの皆さんも、口々に歓声を上げました。口笛や拍手の音も、それに混ざっています。その盛り上がりに、私の視線もついつい、そちらに引き寄せられました。

 その時、私はオーディエンスの中に、思いがけない人の姿を見つけました。

 学年でも一目置かれる女子生徒、公方院(クボウイン)碧依(アオイ)さんです。

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