白の刺客
闇姫の城に、ある人物が訪問していた。
…城の中庭に降り立つその人物。いや、それはもう「人物」ではなく、巨大な黒竜だった。
闇のように黒い体の各所に、更に深い漆黒に染められた黒い血管のような模様がついており、頭からは三本の角、両手には巨大な爪、真っ赤な目…まさしく凶悪と呼ぶべき姿だ。
この黒竜の前に全く臆さず立っているのが闇姫、そしてその横で敬礼し、軽く挨拶をするダイガル。
「お久しぶりでございます闇王様。貴方様は本当に衰えませんなぁ」
「貴様もな、ダイガル」
闇王は不気味な牙を見せて笑う。闇姫は腕を組み、じれったそうに足を動かしてる。
「おいクソ親父、用は何だ。さっさと言ってここから消えろ」
「我が娘ながら流石な傲慢さだな。いくらお前とて我が力の前では蝿同然。自分より優れた者の存在が目障りでならないか」
闇姫の表情が、威厳を放ちつつも暗くなる。顔の全てで不快感を示してる。
そして闇王は、実に嫌味な笑みを浮かべた。竜であるにも関わらず、その顔はまるで人間の顔を見ているかのような、竜とは違う迫力に溢れていた。
「さて本題だ。お前も知ってると思うが最近闇の一派が良からぬ動きを始めている」
やはり、以前各地から寄せられた目撃情報は間違いなかった。
「闇の一派の首領は、闇王マガツカイ。活発的に開始している辺り、マガツカイ率いる闇の一派は他国との戦闘状態にあるのだろう。その他国の組織は恐らく白の刺客。光王コウノシンが率いる光の勢力だ」
ここまで質問は?とばかりに闇王は話を止める。闇姫は手を上げ、重い声で聞く。
「何故白の刺客との戦争で地球に目をつける。両国共に、地球に来訪した記録はほとんどない。もし地球に有用な資源があったとしても、戦争中にそれを知る術はないはずだ」
ダイガルが横で頷く。正に同じ事を聞こうとしていたらしい。
闇王はこの質問が来る事を予想していたのか、即答した。
「地球に内通者がいるのだよ」
「なに、つまりわざわざ戦争に首を突っ込んだ馬鹿がいるという事か」
顔を上げる闇姫。闇王はその様を面白そうに見つめる。
…闇姫はすぐに下を見て、彼と目を合わせず語る。
「…とにかくその内通者を仕留めなければ地球は戦争に巻き込まれるという事か」
「恐らく内通者は地球が巻き込まれるのも承知の上だ。その目的が何なのかまでは分からないが、とにかく内通者を探し出す事を優先すべきだ」
ふん、と冷たく息を吹く闇姫。
実質人探しだ。闇姫の悪としてのプライドが騒ぎ出すが、放置すれば地球が奪われかねない。
とにかく内通者を探し出す事だ。闇姫は兵士に指令を出すべく、闇王に背を向ける。
「…親父。マガツカイは親父の知り合いだろ」
闇姫は背を向けたまま問う。
闇王は意味もなく指を鳴らしながら答えた。
「やつは俺と闇の王の座を争った男だ。だがやつは俺との戦いに敗れた敗者。やつが率いる闇の一派も、ただの寄せ集め集団だ。マガツカイに真の忠誠を持つ者などほんの一握り。それほど恐れる相手ではない」
そうか、と闇姫は去りゆく。ダイガルも続いて彼女の背中を追う。
残された闇王は、ボソリと呟く。
「…裏に何もなければな」
その頃テクニカルシティでは、光姫、粉砕男、ドクロと一緒に、ある修行に明け暮れていた。
場所は、名前もないであろう滝の下。滝であればどこでも良いという事で、適当に選んだ場所だ。
光姫は道着を着ている。ドレス姿の彼女に見慣れてる二人は、いつもと違う彼女の姿にマジマジと見つめる。
そんな視線も気にせず、光姫は美しい足取りで滝に近寄る。
常に水が叩きつけられ、大地が怒るような激しい音をたて続ける滝。
…光姫はこの滝に自ら飛び込み、頭から滝を浴びる。
「なに、滝行?」
ドクロは腰に手を置き、首を傾げる。だが、粉砕男は何かが違う事を悟っていた。
光姫は、滝を浴びながら両手をゆっくりと動かし、両足を広げる。
そして、何か目に見えぬ物を見捉え、足を振り上げた!
すると、滝の中心に亀裂のようなものが走り、滝は真っ二つに裂けてしまう。
二つになった滝を見て仰天する二人。光姫の濡れた髪は、日の光を反射して白く輝いていた。
「さあ、やってみましょう」
「いや待って!!やり方分からない!!」
両手を振るうドクロ。
光姫は真っ二つになった滝を見上げながら、説明を始めた。
今繰り出したのは「脚散衝」という技らしい。足を振り上げた際の圧力を真っ直ぐに放ち、対象を真っ二つにする脚技。
これを習得すれば、邪魔な障害物を切り裂きながら突き進めるらしい。
光姫自身も中々気に入っているらしく、どこか得意げに見える顔だ。
彼女は拳や足を突き出しながらやる気を見せる。こんな光姫はかなり珍しい。
「この後も色々拳技をご紹介します!私に続いてください!」
「いや待て光姫。どうした?」
粉砕男は軽く体を傾けながら手を突き出す。妙に気合が入ってる光姫に疑問を抱いたのだ。
…やはり、以前れなたちと共に遭遇した謎の敵…闇の一派が関係してるのかと睨んだ。そしてその予想は的中した。
「…闇の一派。彼らとの戦いに備えて、ですよ」
光姫は、一旦その場で止まり、落ち着く。
「彼らは闇の世界の支配権を握ろうとする組織の一つ。もし彼らが既に地球への何かしらの計画を始めてるのだとすれば、由々しき事態です。何としても我々が止めなくてはなりません」
れなから聞いた話によれば、やつらと以前戦った際には一般人に容赦なく銃を向けたと聞く。やはりロクな連中ではないようだ。粉砕男達はまだやつらの姿を直接見た訳では無いが、いつか必ず対峙する事となるだろう。
しかし…いつもおしとやかな光姫がここまで派手に動くとは、違和感を拭えない。
闇の一派、闇の一派…と、粉砕男はそれを心の内で復唱した。
そして、以前のれなの戦いにて存在が判明したのは、闇の一派だけではない事を思い出す。
「光姫。白の刺客…ってのは何だ?」
…粉砕男の問いに、彼女は明らかに動揺を見せた。
視線をそらし、不自然に手遊びをしながら、小さな声で返す。
「白の刺客ですか…」
光姫は近くの切り株に腰を下ろす。これは…ある話を始める時の光姫の癖だ。
二人も手頃な切り株に腰掛ける。
「白の刺客。彼らは闇の一派と対立する組織です。しかし…ただの組織ではないのです」
闇の一派と白の刺客。闇を司る組織と光を司る組織は、互いに権力を巡って宇宙戦争を仕掛けあった事があるのだという。
この世にとって闇が優れているか、光が優れているか…戦う理由は単純だ。
組織のうち、実力は闇の一派が優勢。白の刺客は後退する一方だった。
だがここで白の刺客の首領、光王コウノシンは、ある科学者達の実験結果から一つの策を見出した。
「それは、笑顔です」
光姫の言葉に、二人の脳内が一瞬白くなる。
何か新兵器が登場するか、優れた兵士が現れるのかと思いきや…笑顔と来た。
「コウノシンは、配下の兵士達に笑顔を強要するのです」
笑顔。
作り笑いというものがあるように、嬉しくなくとも表情筋を動かせば笑顔は作れる。
そして何も考えずに笑顔を作れば、脳は無意識のうちにプラスの思考を僅かながら浮かべるのである。
それまで白の刺客は敵を恐れ、腰を引く事が多かった。
だがこの笑顔を兵士達に強要したところ、肉体を縛る緊張感や焦りが緩和されたのだ。
白の刺客は徐々に冷静さを取り戻し、闇の一派との力量差は互角まで持ち込めた。
…が、コウノシンは調子に乗ったのだ。
笑顔の力、そして自分自身の強大な力を両立させれば、多少無理のある作戦も通せる事に気づいたのだ。
兵士達に爆弾を背負わせ、闇の一派の砦へ特攻させた。
この時も兵士達は笑顔を浮かべ、血肉を散らしていった。
この作戦…[第三次マガツ基地撃滅作戦]が特攻によって成功を収めた事を知ったコウノシンは次々に特攻を命じ、闇の一派は一気に衰退する。
…この特攻に選ばれる恐怖、笑顔によって発生するプラス思考の呪縛。
その二つに囚われた多くの兵士が精神を病み、白の刺客も衰退した。
それから何千年もの間、両勢力は冷戦状態と化したのだ。
「…で、今その冷戦が熱戦に戻ろうとしている訳か」
察しのいい粉砕男。
圧倒的な武力を誇る闇の一派、笑顔という催眠により幾万の兵士を縛り付けた術者団体、白の刺客。
いわば侍と呪術者の戦いというところだ。
しかし…なぜ光姫はここまで焦る必要性があるのだろう。
勿論その勢力が地球に迫ってるなら焦るべき事だ。
…だが今の光姫の様子は、まるで自分の事のように深く恐怖しているかのようなのだ。
…が、直後の光姫の一言で、その疑問はある程度消える事となる。
「…実は、その白の刺客は、地球人の祖先なのです」
「え!?」
二人は揃って声をあげる。
ドクロは光姫に歩み寄る。
「え、でもその白の刺客って別の星にいるのよね?何でそんなやつらが地球人の祖先なの?」
「話はかつて、地球の恐竜が滅び、人類が発展途中だった頃。地球人がまだ古代地球人と呼ばれていた時に遡ります。その頃、地球に何人か宇宙人が舞い降りたのです。宇宙人達は地球人が将来強大な文化を築く事になるのを見切り、何人かの古代地球人を母星にさらいました。そして彼らのもとで進化を続けた事で誕生したのが、白の刺客と呼ばれる地球人…いえ、旧地球人なのです。闇の一派なる悪魔と戦い続けてるのは、この星の住人と同族なのです」
地球人と悪魔の戦いという事だ。確かに地球で暮らしている以上、どこか責任を覚えるものだ。
ドクロは首を横に振る。
「まあそれでも…もし選択肢があるなら関わりたくないけどね」
光姫は目を瞑って頷いた。
…だが、既に闇の一派が現れたのだ。白の刺客ももしかしたらこの星にやって来るかもしれない。
そこで人々を守れるのは、力がある自分達だけだ。
「よし、こうしちゃいられねえな!今日はとことん修行して、事務所で皆とも相談だ!」
いつ来るか分からない敵には、備えがあればあるほど心強い。早速二人は修行の続きに出るのだった。