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カールの過去

地球には数え切れない程の戦争が勃発している。時代が一段落すると、数々の大地に煙が登り、火が立ち込め、血が広がる…。


一人の兵士が、ライフルを手に走っていた。

彼は正義感が強く、どんな状況でも弱者を労り、弱者を守る為なら火の中にも飛び込むような男だった。

彼はとある国の兵士。下級兵でもないが上級兵でもない。戦争の恐ろしさを、身で知り始めた頃の兵士だった。


彼はその日も敵国の兵士達の身を撃ち抜き、国の為に敵の命を散らしていた。


「はあはあ…敵が多いな」

兵士…カールは、ライフル片手に岩陰で息を切らしていた。

すぐそこには今まさにこちらを探している敵兵が。彼等に見つかるのも時間の問題だ。

カールと戦いを共にする男性兵、ジョイスは迷彩服で汗を拭いながら笑っていた。

「はは、カールはいつもそうだな。真面目過ぎて、事を重く捉えすぎてしまう」

鼻で笑うと、こんな状況なのにも関わらず煙草を取り出し、ライターで火を付ける。

白い煙を吹き出すジョイスを横目に、カールは敵の隙を伺っていた。

「心配するなカール。そろそろやつらの集合時間が近い。やつらケイオス教は必ず決まった時間にやつらの神へ祈りを捧げる為に撤退する」

カールは腕にはめた腕時計を見た。

午後四時。今カール達が戦っている敵兵、ケイオス教はとある神を信仰し、その教えのままに周りの人々の人生を狂わせていた悪徳教団だ。

やつらの進行は、こんな戦争を及ぼす程にまで悪化していた。そこでカール達が派遣され、ケイオス教を食い止めているのだ。


ジョイスの言う通り、先程まで目を吊り上げていた敵兵はどこかに去っていく。

今後ろから撃ち抜く事もできるが、周りに隠れている兵士がいる可能性が高い。ここは息を潜め、完全な安全を確保するのが賢明だ。

「…よし、出るぞ」

カールが岩から身を出し、ジョイスもそれに続く。



「一時的には安全だな」

ジョイスは尚も煙草を吸い続けている。彼は昔からカールと戦いを共にしてきた兵士だが、こう度を越した呑気さが欠点であり、しかしながら彼の個性でもある。

深く考えない性格は、こういう戦争においては精神衛生上役に立つのだと言う。敵兵が命をかける理由、敵兵が死の寸前に見る景色。血濡れた戦いではどうしてもそういうものを考えがちだ。

しかしながらジョイスのような性格であれば、自然とそんな事は気にならなくなるらしい。ただ漠然とした目的の為に戦い、引き金を引き続ける。そうする事で躊躇が無くなり、自分の命を守れる。



ケイオス教が戦争を巻き起こしたのは己が信じる神の為らしい。彼等にとっては、自分達が正しいと教えられた考えのままに、正しいと思った行いをしているだけだ。

混沌を起こす事で、世界に危機感を持たせるという過激ながらも彼等なりの信念で活動しているのだ。

戦争とは信念と信念、そして意地と意地の戦い。


「考えすぎたら負けだカール。俺は生き残る事を何よりも考える」

ジョイスは煙草を吸い終え、地面に投げ捨て、踏みつける。カールにとってジョイスの性格は呑気ながらも、どうに嫌いにはなれなかった。


しばらく進んでいくと、岩場に辿り着いた。ケイオス教の兵士は見当たらず、静まり返っている。

カールは自慢のオレンジのライフルを周囲に向け、少しずつ歩を進める。ジョイスも同じくライフルを向け、隠れている兵士がいないか慎重に視線を向ける。

「にしてもカールよ。お前の戦士としての素質は凄いよな。つい二ヶ月前に入軍して、今はもう下級兵士から脱却だろ」

ジョイス特有の、戦場での世間話。呑気に見えて、ライフルはしっかり握られている。

「慢心は禁物だ」

一言だけ答えるカール。彼の真面目さが、ジョイスの多くの言葉を一蹴する。

「あの激戦区を乗り越えたのは流石だよ。ケイオス教の第一砦をたった一人で制圧したあの戦いは。夕暮れの中で、貧乏本部が寄越してきた試作ライフル一丁で制圧したあの姿。あれに痺れない男はいないね」

それもまた、カールが入軍してすぐに起きたケイオス教との戦いだった。多くの兵士の死体が積み重なる中、カールは夕日を背に、多くの兵士を撃退した。

オレンジ色のライフルはその戦いで腕を高く評価されて与えられた物。その日から彼は黄昏の狙撃手の名を持つようになった。


しかし、カールは戦争など望んでいない。こんな物で名声を得たくないし、歴史に名を刻みたくない。

多くの死体を踏み越え、その先に実力を尊重されてつけられた黄昏の狙撃手の名も、カールにとってはただただ皮肉だった。


「ついたな。ここが制圧エリアの一つだ」

異様に静まり返った戦場で、ジョイスは目的地への到着を確信した。

木々が数本並んでるだけの、荒れ果てた広場だった。先程戦いがあったのか、地面には血がへばりついている。

制圧は既に完了したのだろうか、敵兵の姿は見当たらない。ケイオス教特有の祈りの時間はとっくに過ぎたはずだ。

ならばこの静けさは…。



「…!」

カールが、ジョイスを突き飛ばす。そして、地面に伏せた。

直後、無数の弾の嵐が飛んでくる!二人の頭上を通過し、地面に幾つもの穴を空けていった。

「畜生、あいつら隠れてやがる」

二人は茂みに駆け込み、何とか身を隠した。木々の隙間から辺りを見渡すと、僅かに固定機関銃が見える。

あれに狙われたら終わりだ。それに機関銃は盾で覆われており、こちらの射撃は効きそうにない。

「どうするジョイス!?」

「うーん弱ったな」

顎をかくジョイス。

機関銃が動く音が聞こえてくる。このままやり過ごし続けるのは不可能だろう。待ち続けてる間に、他の敵兵がここに集まってきて蜂の巣にされるのがオチだ。

今行動を起こさなければならない。しかし少しでも失敗すれば、鉄の鉛で全身を貫かれる。当たりどころによっては手足を千切られるだろう。

黄昏の狙撃手でも機関銃を一心に浴びて平気な訳が無い。当たれば凄まじい痛みが、熱が、後悔が被さってくる。

(畜生、このままでは…)

その時、機関銃が威嚇射撃を仕掛けてきた!二人の目の前に叩き込まれる弾丸の嵐。

煙を吹き上げる地面の穴を見ながら、カールの恐怖心は一層強くなる。

何とかしなくてはならないという焦燥心、失敗した時の恐怖心、二つがカールの心を引っ張り合っている。いくら兵士でも怖い物は怖い。生物の体とはそんなものだ。


「仕方ない」

ジョイスが立ち上がる。体についた雑草を振り払いながら、彼は機関銃の方を見た。

「良い策があるのか!?」

「カール、俺が囮になる。お前その隙に操縦士をやれ」

えっ、と声が出かかる。


…すぐに、ジョイスは走り出した。木々に身を隠しつつも、素早く駆けていく。

「おい!?ジョイス!!おい!!」

カールは手を出しそうになる。一方のジョイスは煙草を咥え、火を付ける。

煙を振りまきながら、機関銃の狙いをずらそうと試みる。機関銃はすぐに彼の存在に気づき、発砲する!

始め、煙は煙幕のように見えたが、すぐにその煙は何の役割も担っていない事に気づいた。

ジョイスはその身を散らす覚悟の上で行動したのだ。

「人生最期の一本だ!」

何の迷いもなく、ジョイスは笑う。弾の嵐は彼のすぐ後ろまで迫ってきていた。

機関銃が少しずつ、カールの方角からズレていく。そして、操縦士の姿が見え始めたまさにその瞬間!


「ぐがっ」

力のない声と共に、視界の隅で鮮血が僅かに飛び散る。


「…!!ああああああ!!!」

カールの声がこだます!!

彼はライフルを向け、操縦士の後頭部に瞬時に狙いを定め、発砲!

弾は空気を突き抜け、血を求める獣と化し…操縦士の後頭部に叩き込まれた。


血が吹き出し、操縦士は力なく倒れこむ。




…再び静けさが戻ってきた。


カールは、恐る恐るジョイスのもとへ向かう。



…そこには、背中を真っ赤に染めたジョイスの姿があった。

地面にのたれ込む彼の体は、心臓を中心に真っ赤に染まっている。その目はとっくに生気を失い、目は色褪せたビー玉と化していた。その口は力なく開き、煙草が虚しく落ちていた。


「畜生…」

カールは膝をつき、静かに涙を流す。


何もできなかった。

恐怖心が全身を拘束し、足が動かなくなっていた。


なのにやつは…ジョイスは、何の迷いもなく駆け出した。

彼の単純な性格が、彼の信念と理性を包み、保護していたのだ。

ジョイスだって生き物だ。彼にも恐怖心はあったに違いない。

…なのに、彼はカールを助ける為、勝利へのお役立ちの為に、行動を起こした。


「大変だったな」


背後から聞こえたその声に、カールは肩を一瞬震わせる。

だが、ライフルを向ける力がない。人は絶望すると、戦意をすんなりと失うらしい。


カールの顔を、誰かが覗き込む。


青く、長い髪が特徴の女性だった。黒い服を着ており、戦場では明らかに場違いな格好だ。

「私はブルム。この戦争に興味を持っていてね。君のお仲間の兵士達を説得して、制圧エリアのみに入らせて貰った」

カールは彼女を見上げる。その顔は、久方ぶりに見た正真正銘の笑顔があった。

どこか得意げなその顔は、今のカールには眩しい。

「おっと、怪しい物は何も持ってないよ。ここへ来る途中、兵士達に銃を向けられて十三回も身体検査、持ち物検査を食らった。全く、ここは健康診断所か何かか?」

「何が言いたい…早く言え」

目の前にある死体と同じくらい冷たいカールの声に、ブルムはやれやれと言った様子。



「噂は聞いている。黄昏の狙撃手とは君の事だな」

「それは『元』だ。今の俺には兵士をやる資格はない。あんたが銃を持ってなくて残念だよ」

カールは、自身の額にライフルを向ける…。


「あー、君も戦争に絶望するのかい」

ブルムの声はひどく気が抜けている。これほど他人事な態度を取られては、カールも上手く引き金を引けそうになかった。

血臭い臭いの中、彼女の声が長々とこだます。

「まあ戦争など無駄な事だよ。争う者達は互いの信念をぶつけ合っている。血を流す事を覚悟した上で固められた信念は砕けない程に硬く、鋭い。そんな物同士をぶつけ合って、無駄に血を流すのが戦争だ。そんな物に身を投じる時点で、死は確定したようなものだ」

ブルムはジョイスの死体を見つめ、続けた。


「私の所へ来ないか?私は武器商人をやっていて、戦争に出向く兵士達に武器を渡している。しかしながら直接戦場に出向く事はない。無駄な痛みを感じる事もない。私のボディーガードになれば、痛みを感じる事なく争いを支援できる」

再び、視線はカールに向けられた。いつの間にか、ライフルは地面に置かれていた。

「…そして、支援する事で片方の勢力が力を増し、戦争に打ち勝ち、戦いは終わる」




…その日の夕暮れ、彼は姿を消した。



それから時が経ち、現在。




「…へへへ、人は俺を黄昏の狙撃手って呼ぶけどよ。そんな名声俺の人生じゃ大して役に立ってないんだ」

…ポインターアイに地面に押し付けられたまま、彼はニヤリと笑う。

「ブルム、お前と初めて会った時、お前に言われたあの言葉は響いた。戦場に出向く事なく、戦争を終わらせられる。武器商人のお前の味方をすれば、戦争を素早く終わらせ、最小限の犠牲に抑え込めるってな。ところが結果は逆だ。お前のせいで戦争が長引き、新たな戦争まで起きる始末だ」

少しずつ、彼の顔から笑みが消えていく。

…そして、最後は力ない顔になった。


「…そんな考えに至った俺のチキンぶりは、もっと惨めだがな」


ブルムはカールの手を何度も踏みつけ、押し付ける。

「お前は情けないやつだ。私の味方をしていればお前は今も私の片腕として闇の一派の下で働き、楽な暮らしもできていたはずだ」


話を聞かされた葵は…ブルムを強く睨みつけていた。

ポインターギガが邪魔でハッキリとは見えないが、ブルムの今の顔は実に憎たらしい顔をしているだろう。

しかしながら、どこか手を出せない緊張感も呻いていた。

こいつを力で押さえつけて良いのか…?より強い力で彼女や闇の一派を制圧する。それではブルムと同じ思考になるのではないか…?



葵のライフルを持つ手が、震えていた。内に秘めたのは怒りでも恐怖でもない。

戦争に関係する者達の心情。それを改めて理解させられたショックだ。


葵の様子に気づいたのか、ブルムは葵にもその目を向けた。

「何だ、お前のようなアンドロイドもそんな顔ができるんだな。まあ良い。お前もカールもここで始末する。生かしておくメリットがもうないからな」

ブルムは右手をゆっくりと振り上げる。この手が振り下ろされれば、この場にいる彼女の兵器が一斉攻撃を仕掛けてくるのだろう…。

何とかしなくてはならない。葵はブルムにライフルを向ける!


「…ふん」

…カールが、静かに呻く。



そして…彼はポインターアイを振り払う!


周囲に飛び散るポインターアイ。彼等は即座に光線を発射して反撃してくるが、カールは飛び上がり、蹴りを叩き込む!

この程度の反撃は予想の範囲内だったのか、ブルムはカールのマグナムで発砲する。

その弾は彼の右腕を掠める。直撃ではなかった。

「武器商人のくせして、あまり上手くないな…!」

右手から少量の血を垂らしつつ、ブルムの顔面に蹴りを打ち込んだ!

「ぐっ!!」

仰向けに倒れるブルム。カールは彼女の両腕を押さえつけ、葵に言う。

「今だ!!」

はっ、と意識を取り戻したように、葵はポインターギガの黒目部分にライフル弾を放つ!

弾はポインターギガを貫き、背後の壁に撃ち込まれた。小さな弾から放たれた大きな衝撃が、壁をヒビ割らせた。

ブルムはマグナムを持っていただけで勝った気になっていたのだろう。今のブルムの顔は、困惑と恐怖に歪みきっている。青い髪を床に垂らし、無意味に首を横に振っている。

ポインターギガが地面に落ち、動かなくなった。葵はライフルをブルムの顔に突きつけ…。

「や、やめろ!やめてくれえええ!」


…ライフルは横に振られ、ブルムの顔面を叩きつけた。

その瞬間、彼女の意識は飛び、力なく気を失う。


「何とかなったな…」

カールはその場にへたれこむ。彼らしくもない姿だ。

「もし急所に当たったらやばかった」

気絶しても尚マグナムを持つブルムの手を踏みつけ、奪い返す。葵は周囲にライフルを向け、他に敵がいないか警戒していた。



…どうやらここはもう安全のようだ。あとは、先程から天井を貫いて聞こえてくる戦闘音をどうにかしなくてはならない。

「にしてもあのブルムがここで悠長に戦闘を監視していたとは思えない。何か裏工作をしていたのかもしれねえ」

ポケットから煙草を取り出し、吸いながら機械を隅々まで見て回るカール。葵も無数の機械を見回しながら、カールに聞く。

「カール…ブルムのあの話は本当?」

「紛れもない真実だ。ジョイスの死で、俺はもう戦争の全てを知っちまったよ」

静かな部屋に、虚しそうに話すカールの声がこだました。

「ジョイスのような馬鹿じゃねえと、戦争なんてやってらんねえ。個人的な恨みもない敵兵に洗脳同然の戦意を向け、兵器で命を奪う。善人ぶる気はねえが、俺はそんな事はできねえ」

部屋の中でも一際目立つ大型の機械に目をやる。その機械に歩み寄り、無数のモニターに目を通しながら話を続けた。

「とか言いつつも、俺は長年ブルムに手を貸しちまった。俺がブルムの身を守ったせいで多くの戦争が起こり、多くの命が消えちまった。自分のやりたい事ほど…分からねえよな」

葵は、かける言葉がなかった。彼女の視線は機械に向いたままだが、今カールがどんな顔をしているのかは何となく分かる。

無念、その一言だけが、今の彼を象徴するようだった。



「…おい!!おい!!」

突如、静かな声が怒号のような粗い声に変わる。

カールはモニターを覗き込んでいる。何かを発見したようだ。だがその声を聞いての通り、良い物を見つけた訳では無いようだ。

カールの声に物理的な引力があったかの如く、葵は彼のもとへ走り抜け、モニターを覗き込む。

そこには、黄色い線に複数のシルエットが向かってきている、異様な映像が。

昔から数々の戦いを繰り広げてきた葵にはこれが何か分かった。

「まさかこれは!!」



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