27<窮鼠嚙猫>
前回のあらすじ
漸く主人公の名前が判明した。
女神様は彼の背に回る。
「女神様?」
女神「まずはこう握って下さい。」
女神は彼の手を取り刀を握らすが、彼は鼻の下を伸ばしている。ともかく集中は出来ていないようだ。
「あ、あの・・?」
女神は無意識なのか豊かな胸部を彼の背中に押し付けている。
女神「握り方はとても重要です。」
女神は至って真面目な声を出す。
「こ、こうでしょうか?」
女神の真面目な声を受け、彼の表情が明らかに変わった。
女神「クス。・わいい。ええ。いい感じです。」
女神が何かをぼそっと言ったあと、彼から少し離れた。
女神「では、これから技を2つ教えます。現世ではこの2つだけに集中して訓練して下さい。」
「2つだけですか?」
思わずといった感じで彼はつぶやいた。
女神「多くの技を持っていれば色々な状況に対応できるのは事実ですが、それは常に最適な技を瞬時に判断できるという前提でのお話です。貴方の場合はスキルに頼らず手動で判断する必要があります。ですから・・」
「技が多いと迷うから種類を極力減らして判断の時間をなく・・・す?」
女神「そのとおりです。」
女神は彼から少し距離を取る。
女神「1つ目の技をお見せします。貴方も真似をしてみて下さい。」
女神は刀を斜め上に高く上げ、柄の端に逆の手を添えた。一般的な袈裟切りよりもさらに剣を高く掲げる防御を完全に捨てたような特殊な構えである。まるで、以前、マルーモが討伐した人型の化け物のような構えである。
「こうでしょうか?」
彼は見様見真似で同じように構える。
女神「なかなか様になっています。構えたらこんなふうに振り降ろして下さい。」
女神は利き腕側の脚を前に、逆側の脚は下げて、その膝を地面ギリギリまで落とし体重を乗せながら刀を素早く振り下ろした。凛とした横顔が美しい。
ギィイン!!!
プルン。プルプル。
刀はどこにも当たっていないのに大きな甲高い音が聞こえた。あと女神のとある部分が激しく揺れていた。彼は一瞬そこに視線を向けていた。
「こんな感じでしょうか?」
彼は同じく見様見真似で刀を振り下ろした。
ブン
お手本に比べると情けない音であるが動き自体は瓜二つであった。
女神「貴方の動き自体は綺麗です。剣速は訓練すれば少しずつ速くなっていきます。速くふろうとして反動をつけると相手に見切られてしまい逆効果です。最初はゆっくりでいいから反動をつけずに振ることを意識して下さい。」
「肝に銘じます。」
女神「では次に抜刀術を教えます 。戦闘では基本的に先の技だけを使うことになると思いますが、常に刀を抜き身で持ってウロウロする訳にはいかないので、この技も必要となります。」
「防御技はないのですね。」
女神「間合いの中に入った物体を己の最速の剣で全て切り落とす事で防御とします。ただそれだけです。間違っても相手の技の軌道を見切って受け流すだとか、回避して懐に入ってカウンター・・とかは考えてはいけません。加護があればスキルで勝手にやってくれますが、貴方の場合は全部手動です。相手の動きを見ている余裕はありません。」
女神はそのとても優雅な見た目とは異なり、かなり脳筋な回答をした。
「なるほど・・?」
女神「では、私の動きを真似して下さい。」
女神は刀を腰の利き腕とは逆の位置に差し、利き腕で柄を親指が刃先に近くなるように握った。一般的な彼の故郷の剣術の構えに見える。
「こんな感じですか?」
彼は見様見真似で刀を構えた。
女神「良い感じです。構えた後はこんな感じで振ってみて下さい。」
女神は体を前方に倒しながら、利き腕と同じ側の脚を前に踏み込みつつ、素早く剣を片手で振り上げた。
ギィイン!!
たゆん。たゆん。
最初の技と同じく凄まじい音がした。また、先ほどと同じ箇所が激しく揺れている。ついでに彼はそこに一瞬視線を向けた。
普通の抜刀術に比べて違う点は横ではなく上に切り上げる点である。
「こんな感じでしょうか?」
彼は見様見真似で神の動きを再現した。
ブン。
お手本とは違い剣速は遅いが、動き自体はこちらも上手く真似られている。
女神「綺麗な振り方です。繰り返しになりますが、最初は剣速よりも如何に反動をつけないかを意識して下さい。」
「反動をつけると見切られるとの事ですが、どういうことなのでしょうか?」
女神「生物の体は判断から実際に行動を起こすまでに10刹那から1瞬程度の反応時間を必要としますが、この時間は振り抜いた剣が対象に届くのに十分な時間です。この時間はとてつもなく大きな壁です。」
「なるほど。」
女神「そして貴方もご存じの通り近接戦闘系の加護はこの反応時間を実質本人は何の代償もなしで踏み倒せます。」
「そういえば昔、じゃんけんで100連敗しましたな。」
彼は剣聖による授業を思い出したようだ。
女神「ええ。そのハンデをなくすには極簡単な技を反動なしで撃てる必要がありますし、判断している時間すらない故に防御や回避という選択肢すら貴方には最初からありません。貴方がすることは相手の攻撃を己の最速の剣で全て上から叩き斬ることだけです。」
「理屈は理解しましたがこの剣術は何か由来があるのでしょうか?まるで加護なしのための剣術であるようにも感じるのですが・・。」
女神「この剣術は元々、戦闘用の加護がない人々が絶望の白狐に挑むためにある色男が考案した剣術です。その背景から戦場から生きて帰ることは最初から想定されておらず、攻撃に完全に特化した剣術です。」
「色男?」
女神「・・・コホン。・・その人物は弟子達と共に白狐に挑み、数多の犠牲の果てについに討伐しました。」
「彼には仲間が居たのですね。羨ましいな。」
「あ・・ごめんなさい。」
「いえ、そういうつもりはありませんでした。ですが・・不謹慎ですが、貴女様がそのような表情を俺のためにしてくださることに大きな嬉しさを感じています。」
女神「・・・・!!・・コ、コホン。ともかく今教えられるのはここまでです。」
女神は彼の言葉に顔を赤くしたあと、それを誤魔化す様に剣術講義を終わらせた。
「女神様、ありがとうございました。」
女神「どういたしまして。」
彼は自覚があるのかないのか定かではないが、女神を眩しいものを見るような目で見つめている。それは彼が生前、ごく限られた存在のみに向けた親愛の視線である。
女神「ああ、言い忘れるところでした。あの狐からの伝言をお伝えします。」
女神はその視線には気がついていない様子で話題を変える。
「ん?」
女神様は先ほどとは打って変わって妙に楽しげである。
女神「助けて頂いた事や、その後も私の我儘に快く答えて頂いたことについては深く感謝していますが、こんにゃくを斬った刀でそのまま洗わずに毛を剃るのはやめて欲しかった。だそうです。クスクスクスクス。」
「あ・・・、そういえば洗ってなかったな・・・。その、もし機会があればごめんなさいと伝えてくださいませんか?」
彼はバツが悪そうにしている。
女神「駄目ですよ。それは自分で伝えないといけませんね。クスクス。」
「!!!はい。必ず!!」
女神「本当に・・・・とう。」
「ん?」
女神は小声で何かを言った後に彼を凝視する。その視線は先ほど彼がしていた物と同様に春の陽だまりのようなやわらかいものである。
女神「・・。ごめんなさい。少し惚けていました。さて、非常に名残惜しいですがそろそろ転生の時間のようです。ここでの記憶は貴方が10歳になった時に蘇ります。強く生きて下さい。」
女神は微笑んでいるがどこか少し悲しそうにも見える。
「女神様。本当にありがとうございました。」
女神「必ずまた会いましょうね。私の「ノベロ」。ずっと貴方を見守っていますから。」
女神様のこの言葉を最後に彼の意識は消えた。
女神「・・・。ごめんなさい。」
女神は彼がいなくなった方向に向かって小声で独り言ちた。
もし気に入りましたら評価をお願いします。




