【前日譚 15日前】最終決戦都市ミレニアム――愛欲型最終決戦兵器の友人
勇者が魔王を封印して千年後の今日。魔王の封印が解かれる日。
最終決戦都市ミレニアムに世界中の英傑が集った。
全ての職種の全ての種族が世界を救わんと魔王への決戦に挑む。
その決戦前の百日間。決戦都市ミレニアムにて一人の呪いの騎士が一人のネクロマンサーの少女と過ごし束の間の平穏。
騎士と少女、二人が過ごす百日間。その出会いから八十五日目の話。
少女に連れられ、騎士は魔法使い達を訪れる。そこには少女の友である赤い魔女が居た。
※最終決戦都市ミレニアムの百日編の時系列では六番目の初めのパートです。
※全パート順不同で好きな様に読んでもらって構いません。
「着いたわヴァニティ! ミレニアムに集まった魔法使い達の時計塔! 通称、ウィズダミアだよ!」
「俺は場違いだな」
最終決戦まで二週間。英傑達がそれぞれの最終準備を完了する中、ヴァニティはミザニアに連れられ、ミレニアム南部の魔法使い達が集まる塔へ来ていた。
ウィズダミア。世界の英傑たる魔法使い達が集結した空間。壁には魔法陣、机には魔法式、開かれたスペースでは魔法詠唱。種族も系統も属性も異なる魔法使い達が各々の魔法知識を共有し、練磨を繰り返していた。
時刻は既に月が支配する夜深き時間。多くの英傑達は眠りについたとしても、彼ら魔法使いにとっては関係ない様だ。
嘘の様な光景である。魔法使い達にとって当人が保有する知識は命よりも重い。一族で継承してきた知恵、一代で積み上げきた魔術、そのどれもが魔法使い達個々が持つ世界の発露である。
加えてここに居るのは世界最高位の魔法使い達。その知恵のひとかけらでも奪うのに命を捧げる者は大勢居る。
そんな魔法使い達が自身の知恵を惜しみなく広げ、来たる決戦に向けての準備をしているのだ。
魔王が封印されて千年。幾人もの魔法使い達が幾度もこの様な場を持とうとした。その度に失敗し、知恵も命も奪われた。
それをヴァニティは知っている。だからこそ、目の前の嘘の様な光景にカタカタと黒兜を揺らした。
黒衣の少女と黒兜の騎士の姿は、ローブや杖を持つ魔法使い達の中では異質である。だけれど、ヴァニティとミザニアへ眼を向ける者は居なかった。
誰もが一秒も惜しいとでも言う様に魔法の研鑽をし続けている。長い魔法史の中で最前線に居て、もう二度とここには戻れないという事実が彼ら彼女らを走らせるのだろう。
「すごいねヴァニティ。みんな、難しい話をいっぱいしてるよ」
ミザニアが面白そうに近場の魔法使い達が広げている魔術式を眺めていた。
魔法使い、自らをそのように称する彼ら彼女らはこの世界においてある意味異端だった。
なぜならば、そもそもとしてこの世界の誰もが魔法使いと言えば魔法使いなのだ。基本的には全ての者が魔力を持っていて大なり小なり固有の魔法を使える。魔法を使う者というのは当たり前の事と言えた。
だが、ヴァニティであったり、ミザニアであったり、このミレニアムで出会ってきた他の者達は誰も自身のことを魔法使いだとは名乗らない。
なぜならば、ヴァニティたちにとって魔法とは道具や技術であり、それ以上も以下でも無いからだ。
魔法使いだと名乗る者たちにとって魔法とは解明すべき真理である。
先祖代々引き継いできた固有魔法、新たな魔力運用を見つける汎用魔法、色々な違いはあれど魔法の真髄を目指すと決め、そのために生きて死ぬと決めたのが彼ら彼女だ。
「奴らは 嘘みたいに魔法が好きだからな」
魔法そのものが好きだという感覚がヴァニティには分からなかった。魔法を使って何かをしたり、何かを為したり、そう言う副次的な物が好きな感覚ならば分かる。けれど、自らの血流が好きだと語る生物はそうは居ないだろう。
「嘘みたい、とは言うわね呪いの騎士」
「アロガンシア!」
頭上より声が響き、ミザニアが鈴の様に声を鳴らした。
天井直ぐ近くで赤い悪魔族の女が浮いていた。
蝙蝠の様な大翼。血の様な赤肌。黒の眼球。紅玉の瞳。細長い尾。そして、猛々しく伸びた額の一本角。
目立つ外見である。これに加えてミザニアが出したアロガンシアという名前。ヴァニティは知識として眼前の悪魔を知っていた。
かつて魔王と共に世界を滅ぼそうとした魔界三大貴族、その末裔にして最後の純血の悪魔、アロガンシア・ユニコールである。
「ワタクシ達からすれば、あなたの存在の方がよっぽど嘘みたいよ。何をどうしたらそのような呪いに成り果てるのかしら?」
片眉を上げて逆さまのアロガンシアがヴァニティを見上げる。傲慢な眼付きだ。
逆さまのアロガンシアがヴァニティを値踏みするように見上げる。
「まあ、ワタクシにはどうでも良いけれど」
浮遊魔法を解き、一度ばさりと翼を動かして、アロガンシアはくるりと回りながらヴァニティとミザニアの前に着地した。
「こんばんわ、ミザニア。待っていたわ」
「久しぶり、アロガンシア。会いたかったよ」
ミザニアがアロガンシアの首に飛び付き、黒猫の様に抱き着き、それをアロガンシアは慣れた様子で抱き返した。
二人の様子はとても親し気で、ヴァニティにはそれが少し意外だった。
少し固まったヴァニティの様子に気付いたのか、ミザニアが唇を笑わせて疑問に答える。
「アロガンシアはわたしの友達なの!」
「そうね」
相槌の様なアロガンシアの即答がヴァニティには意外だった。純血を貫く悪魔族はおうおうにして多種族を見下す物である。だが、ミザニアに抱擁し返すアロガンシアの表情は彼女の返答通り友人に向けるそれだ。
ヴァニティが過ごしてきた経験の中で純血の悪魔族が並人族を、それもネクロマンサーを友と認めた物は無い。
「もしかしてヴァニティ、嘘みたいだって思ってる?」
ミザニアが少し笑いながらヴァニティへと顔を向けた。その顔は少し誇らし気である。
なるほど、とヴァニティは思った。今日のウィズダミアへの訪問にヴァニティが居る必要無かった。
この都市、ミレニアムでミザニアへ傷をつけようとする英傑が居ない。ここで過ごした日々の中でヴァニティは理解した。
故に、ヴァニティの護衛は必要無い。けれど、ミザニアはそんな黒騎士の護衛を毎日の様にねだった。
きっとミザニアは自慢したかったのだ。自分はこのミレニアムでちゃんと幸せに生きていると。
「いや、お前は嘘が下手だ。本当なんだろう。だが、嘘の様に意外だ。どういう経緯で魔族の、それも純血の赤魔女と友達に成ったんだ?」
単純な興味で、ミザニアが聞いて欲しそうな顔をしていたからヴァニティは疑問を口にする。
思った通りの反応を返されて嬉しかったのだろう。ミザニアがアロガンシアに抱き着いたまま体を上下に揺らした。
「里が滅んでみんな死んじゃった後、ミザニアが小っちゃかったわたしを拾ってくれたの」
事も無げに口にするのは彼女の過去の記憶。ネクロマンサーの一族がミザニア一人を残して全滅したという十数年前の大事件だ。
風の噂としてヴァニティも聞いていた。曰く、北の果てのネクロマンサーの一族。彼ら彼女らを呪いが襲った。
それは何の因果か、死の呪い。死を司るネクロマンサーならば本来抵抗を持つ筈の一つの呪い。
「呪いを最初に貰っちゃったのがわたしだったのがいけなかったねー。流石に子供だったから抵抗も何も無くてね。あっと言う間に死にそうに成っちゃった」
アハハ。ミザニアが笑う。幼少の彼女が受けた呪いは、ネクロマンサーの体内で、死の概念魔法を吸収した。
「わたしの体から溢れ出した死の呪いは変わっちゃってね。ネクロマンサーを死なす呪いに成っちゃったんだ。お父さんとお母さん、一族のみんなが頑張ってくれたんだけど、わたしだけが生き残っちゃったの。宿主だったからかな?」
話は知っている。ネクロマンサーを死なす、ただそれに特化した呪いは宿主以外の全ての同族を死なせてしまった。
悲劇であった。誰が悪いという事では無い。何が悪いというのなら、運が悪かったという事に成る。
たまたま死の呪いを受け、たまたま呪いが変異をし、たまたま同族殺しをしてしまった。
とにかく、北の果ての村で、ミザニアはたった一人残されてしまったのだ。
「覚えているわ。偶然、ネクロマンサーの村を訪れたワタクシが小さなミザニアを発見したの」
「いやぁ、拾ってくれなきゃ絶対にわたしは死んでたね! だってまだ料理も作れないくらい小っちゃかったからね!」
懐かしむ様にミザニアとアロガンシアが視線を上に向ける。ありふれた悲劇ではあるが、魔族が多種族を拾ったというのは珍しかった。
「確か、あなたが十四の年になるまでユニコール城に住ませたのよね」
「そうそう! おもしろたのしくアロガンシアとは過ごさせてもらったの!」
懐く様にミザニアがアロガンシアの首筋に顔を埋める。魔界の貴族ならば絶対に許さない筈の暴挙。だけれど、アロガンシアは「くすぐったいから止めて」とミザニアの頬を押すだけで強い抵抗はしなかった。
「良く拾ったな? ユニコール家が他種族を城に住ませたなんて聞いた事ないぞ」
「最後の城主よ。ルールはワタクシの物なの」
傲慢にアロガンシアは笑い、こう続けた。
「ワタクシとミザニアはどちらも〝最後の一人〟。貴族の役目だと思ったのよ」
「……」
「あら? 今ワタクシを孤独だったからと思った? もしそうなら傲慢だわ。ワタクシにだけ許された傲慢を思うだなんて、少し怒ってしまいそう」
バチッ! 威嚇なのか、アロガンシアの角先が小さく弾ける。
ヴァニティは否定も肯定もしなかった。それこそ中途半端な態度は赤魔女に対しての傲慢であろう。
ミザニアを抱き締めたままアロガンシアはジッとヴァニティの黒兜を見つめ、すぐに止めた。
「あなた、本当にこの黒い鎧が良いの? ワタクシとしてはもっと別の者を騎士に据えた方が良いと思うだけれど?」
「良いの。ヴァニティはとっても優しいんだから」
「そう。ならこれ以上言うのは止めましょう」
アロガンシアがミザニアを抱き締めていた腕を解き、蝙蝠の羽を畳んで、ヴァニティ達へ背を向けた。
「さあ、こちらへいらっしゃい。あなたが来た目的を果さないと」
「うん! とっても楽しみ! だってやっとアロガンシアと愛し合えるんだもの!」
ニコニコとミザニアはアロガンシアの背に続き、歩き出し、その背にヴァニティは続く。
そう、今日この日、ウィズダミアへミザニアが来たのは思い出話をしに来たのではない。
そんな暇はミザニアには無い。彼女はこのミレニアム中に集まった英傑と愛し合わなければならないのだから。
「さあ、魔法使いのみんな! こっちに来て来て! わたしと愛し合いましょう!」
言葉に魔法使い達が壁の魔法陣、机の魔法式、魔法詠唱を止め、ミザニア達へ付いて行く。
淫靡な宴だ。それをミザニアと英傑達は望んでいる。
「ああ、ミザニア、もう一度言うけれど気を付けてね」
思い出した様にアロガンシアがミザニアへ言う。
「ワタクシは〝初めて〟よ。決して純潔を散らさない様に」
「任せて! いっぱいいーっぱい気持ち良くするから!」
数刻後。
ウィズダミアの待合室。
長椅子に腰かけ、ヴァニティが大剣の手入れをしていると、向かいの大扉から、疲れた顔をしたアロガンシアがギイィッと出て来た。
「疲れているな」
「うるさい。声を聞いていないでしょうね?」
「安心しろ。お前の防音魔法は万全だ」
アロガンシアの肌はじっとりと汗で濡れていて、ピンとしていた蝙蝠の羽は細かにビクビクと揺れている。気丈に振舞っている様だが、その足はやや覚束なかった。
服の刺激すらも煩わしいのか、不自然な足運びでアロガンシアはヴァニティの前の椅子に腰かけ、魔法で出したコップへ同じく魔法で出した水差しから水を注ぐ。
はぁ、はぁ。息は僅かに乱れ、もともと赤い肌はより赤らんでいる。つい先ほどまで情事があった事は明白だ。その様な姿を周囲へ晒すのはアロガンシア・ユニコールにとって耐えられない程の恥である筈だろう。
ヴァニティは特に何も言わず黙々と武器の手入れをする。ミザニアと愛し合わない自分がこの場で何か言える事は無い。
時間にして三分か五分か。少しだけ息を整え始めたアロガンシアがヴァニティへと口を開いた。
「……恐ろしい体験だったわ」
「貴重じゃないか」
「あの娘があんなに上手いなんて。いえ、経験が無いから分からないけれど」
「そんなにか?」
「ええ、天に昇っちゃうかと思ったくらい」
ふぅっと、アロガンシアが嘆息しながら椅子に身を預ける。見るからにその体は脱力していた。
ミザニアの愛し合いはクレインダスクの淫魔の受付嬢のお墨付きである。苦痛と快感と光悦が入り混じった感覚が体力を大きく奪うのだろう。
「ミザニアはどうしているんだ?」
「まだまだ動いているよ。疲れた顔をして、それでもワタクシ達と愛し合ってる。ヴァニティ、あなたは知ってるの? どれくらいあの娘が乱れるのか」
「声は毎日部屋から響いている。よく体力が持つなと感心するくらいだ」
「ふぅん」
手慰みに自身の一角を撫でながら、アロガンシアがミザニア達が愛し合っている扉の向こうを見る。
「あの娘はあんな風にしか人を愛せないのね」
「駄目な事ではないだろう」
「そうよ。でも傲慢にワタクシは言うわ。あの娘にはもっと違う愛し方があったのよ」
純血にして純潔の悪魔、アロガンシア。この一角の悪魔にとって、ミザニアの愛し方は酷く歪に映るのだろう。
「だが、必要な事だ」
「ええ、ミザニア、いえ、ネクロマンサーは奇跡的に残ったワタクシ達の最終決戦兵器だもの。止める気も無いわ。何なら部屋の手配だってしてあげた。今日みたいにね」
奇跡という言葉にヴァニティは否定をして、否定をする事ではないと気付き、黒兜を揺らした。
ネクロマンサーは勇者の奇跡で生まれた。
「勇者ミラクルの奇跡。ユニコール家の書物で知っているわ。捧ぐ対価さえあれば、あらゆる奇跡を実現化する勇者の概念魔法。それを使って勇者はこの世界に蘇生魔法を生み出した」
「ああ、まあ、あくまで使えるのはネクロマンサーの一族だけだがな」
奇跡という権能を持った勇者。故にミラクルと呼ばれたその勇者は旅の中で様々な奇跡を起こした。
「ミラクルは困った人よ。奇跡なんて示してしまったのだから、今世界はこのような事に成ってしまったのだもの。ミザニアがその最たる例だわ」
ネクロマンサーは最期の奇跡である。
つまり、唯一の生き残りであるミザニアは世界に残された最後の奇跡なのだ。
魔王は強い、この世界の誰よりも。かの美しき魔王と今度こそ決着をつけるには勇者の奇跡が必要である。
だからこそ、ミザニアはこの最終決戦の切り札なのだ。
「傲慢にワタクシは言うわ、ヴァニティ。勇者ミラクルは奇跡なんてこの世界に残すべきでは無かったの」
確信を持った声でアロガンシアがヴァニティへ言う。視線は扉へ向けられたままだ。
「奇跡なんて残っているから、ミザニアは愛に狂ってしまった」
ねえ、とアロガンシアが一息入れてヴァニティへ言った。
「呪いは奇跡と一緒に生まれたのだから」
「……」
返事は必要無い言葉だった。確信のある響き。きっと否定も肯定もこの魔女は求めていない。
「休憩は終わり。ワタクシはあそこに戻るわ」
蝙蝠の羽を揺らし、アロガンシアが立ち上がる。その膝はまだかすかに震えている。
「もう愛し合うのには充分じゃないのか?」
「ええ、でも、きっとあの娘と会うのはこれが最後に成るから」
もう話す事は無いとでも言う様に歩き、アロガンシアは扉を開け、ミザニアの元へと戻った。