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Chapter.9 焼肉①

 車から降りた瞬間に漂った、香ばしい匂いにセシリアが目を見張る。


「ガブリガーは置いて行ったほうがいいぞ」

「どうやらそのようですね……」


 換気口から煙を吐き出す店舗を見てセシリアが重苦しく頷く。そんな狼フェイスには似合わず、持ち歩く気満々だったと思われるガブリガーを抱えていた彼女は、座席にそのぬいぐるみをきちんと座らせると「よし」と満足げに呟いていた。

 ……お前こんな可愛いところあったか?


「お腹がすごく空きました」

「俺もだ」


 久々に嗅ぐこの香り。異世界帰りの身には堪える。

 昔から蒲焼きの匂いと焼肉の匂いはそれだけで白米が進む、なんていう冗談があるものだが、俺の精神状態はまさにそれに近い。


 九十分焼肉食べ放題。現実世界に帰ったら、絶対食べにくると心に決めていた。



「二名さまご案内致します」


 混み始めの一番いいタイミングだったようで、待ち時間はなく座席に通される。


 先ほどまでのショッピングセンターとはさらに異なる雰囲気の内装にセシリアは緊張しているみたいで、俺の背中にぴったりと付いてきていたが、道中、別の店員さんがおぼんに載せた生肉や一品料理を運んだりする光景、通りがかりにあるサラダバーのコーナーを目の当たりにすると、一段とテンションを明るくした。

 背後からそわそわと期待のオーラがすごい。


 座席に付き、コースは中段を選択する。一番いいものとも迷ったがそこまで奮発する勇気はなく、品数にも不満がないコースを選んだ。独り立ちしてから焼肉屋には一度も来たことがなかったので、これだけでも十分背伸びに感じる。


 対面に座るセシリアが、店員さんの置いていった二つのおしぼりを不思議そうに見つめているので、開け方から使い方を実演しながら教えた。

 包装を破るのは初めての経験で、どうも手間取っているのが伺えるが、「あっ、あ、開けました!」と満面な笑みで報告してくるもんでつい「おめでとう」と謎にお祝いしてしまった。


 メニュー表代わりのタブレットを手に取り、セシリアにも画面を見せながら操作する。


「ほぉぉ……」


 感嘆が漏れ出している。

 予想はしていたがちゃんと感動してくれたな。


 まあ、異世界の食事処というと、いわゆるメニューボードが壁に張り出されていることが多くて、あるいは無いことも多くて、高級な場所でようやく手書きのメニューが各座席に置かれるようなものなので、それがこの世界では謎の端末、ともなるとほぼほぼSF体験に近い。


 俺だって、未来では『脳波を読み取りお望みの料理が即提供される』……みたいなSFチックなことが目の前で起これば「ほぉぉ……」としか言えない気がするし。

 問題はこれを現代での常識と捉えてくれるか、超高級店に来たと思われているかだ。


 もしも後者なら、楽しく食事をするためにも緊張はほぐしてやりたいところなんだけど。

 恐る恐ると「い、一回だけ触っていいですか?」と言ってきて、人差し指でちょんとタップしてみると「うはあ!」と子どもみたいにはしゃぐセシリアに安心する。

 さすがアウェイを知らぬ女。


 今度スマホもいじらせてみたいものだ。それこそ、ガブリガーの元ネタアニメを一緒に見ても楽しいかもしれない。


「店員さんも軽く言ってたけど、九十分ここにあるものが食べ放題だから、気になるものがあれば注文していいぞ」

「なるほど!」


 メニューに表示される『牛肉』の項目にはカルビ、ハラミ、タン、ロース等が魅力的な画像と共に載っており、タップで選択。塩/タレと何人前かを選んだのち注文する。豚や鶏のほかホタテやソーセージなど豊富な取り扱いがあり、『フェア』の項目にはすき焼きカルビとかいう、一枚の長い薄切り肉もあった。卵を絡めていただくらしい。


 適当にページをめくっていく。この辺りでようやく思い出したんだが、俺が異世界にいた頃と同じ状態ならセシリアは文字を読めていないよな? 固有名詞以外は全て『分かる言語』に翻訳されるが、どうも視覚まではそうもいかない。とすると、生肉の画像はともかく、一品料理やご飯ものは画像だけじゃ分からない可能性がある。


 セシリアはちゃんとメニューを見れているだろうか、と不安になって顔を持ち上げたところで、彼女が俺のことをずっと見ていたことに気付いた。ぎょっとする。


「私、どれでもいいです! どれでも食べます!」


 そして、うずうずとした調子で言われた。

 お前……。とちょっと呆れて苦笑する。

 本当にどれでも良さそうだ。それだけ腹も減っているのだと思うので、仕方ない。手短にいくつか注文する。


 個人的な好みであるタン多めに、定番の部位を一皿ずつ。それから焼肉屋に来ると絶対食べてしまう牛肉ユッケの注文も済ませ、今度はセシリアを連れて席を立った。


「飲み物とサラダ取りに行こう」


 ドリンクバーのマシンは先ほどのメニュー表よりも視覚的にかなり分かりづらい部分がある。コップに氷をざらざらっと入れたあと、戸惑う様子のセシリアを見かねて、「昼間飲んだオレンジジュースはこれで……」と簡単に指し示しながら教えた。


「これ、同じの二箇所にないですか?」

「こっちは炭酸入り。炭酸は……なんて言うんだ。しゅわしゅわする。味は変わらん」

「……なるほど……」

「飲めなかったら俺が飲むよ」


 精一杯の語彙力で説明してみたが、ちょっと恥ずかしいしイマイチ伝わりきってないようだ。それでも迷っている様子だったので、俺が背中を後押しする。

 すると、彼女もこういう場所で気分が高揚しているのか、「えいっ」と小さな掛け声を付けて炭酸入りをチャレンジすることにしたようだった。


 楽しんでくれているなら何よりである。その隣で俺は黒烏龍茶を選ぶ。


 サラダバーでは一転して、バイキング形式だとすぐに理解したらしい。実際こういうのは異世界でもあった。なので勝手は分かっているはずだが、だいたい俺が取るものと同じものを取り、ドレッシングも同じようにしようとしたのでそれは止める。


「これわさび入ってるから辛いぞ」

「わさびとは?」

「たぶんお前が経験したことないタイプの結構辛いやつ」


 見た目だけならオニオンドレッシングと対して変わらないが、わさびドレッシングは醤油ベースにツンとした強い刺激がある。セシリアがそれなりの量を皿に盛っていたのは見ていたので、後悔する前に、サウザンドドレッシングとか、異世界でも馴染みある味わいのものをすすめた。


「あとでそれも味見してみたいです」

「いいよ。色々試してみてくれ」


 それから、席に戻った頃には肉が運ばれているのに気付いた。


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