9.見せろ! 聖女パワー!
「ソニア。悪いが今日は君もついてきてくれないか」
「はっ、はい! シャルル様!」
ソニアは背を正し、シャルルに向かって敬礼した。
(とうとう……私が裁かれる日がきたんだ……!)
朝食を取った後はいつも一人で仕事に出かけるシャルルが、こうしてソニアに同行を求めることは初めてだ。
ソニアは悟る。
裁判所、あるいは牢。もしくはギロチン台に連れていかれるのだと。
◆
「……君もすでに体感していると思うが、我が国の冬は長く寒さが厳しい。多くの野菜類は他国からの輸入に頼っているのが現状だ」
「……はい……」
「そのため、現在、目下開発中なのが、この『温室システム』だ。だが、まだ試験段階……というか、量産の目処が立っていなくてな。これがもしもティエラリアの各地に導入できれば食糧問題が大きく改善できる見込みなんだが……」
ソニアがシャルルに連れてこられたのは王宮敷地内に造られた大きな『温室』なる場所だった。
(……私を肥料になさるおつもりで……?)
どう見ても処刑場には見えない。ソニアは首を捻った。
「この空間を暖めるのに、『魔石』を使っている。我が国は幸いなことに魔石に恵まれている国ではあるが魔石は有限な資材だ。全国にこの温室システムを導入させようとするには、あまりにもコストが大きくて断念しているというのが現状だ」
「は、はい」
「まあ、それは置いといて、だ。ここは温室、外気に影響を受けずに通年で幅広い種類の野菜を生育できることを目標に作られた。なぜ君をここに連れてきたか、だが」
「は、はい。あっ、えっと、農作業従事というやつですね!」
受刑者に与えられる労働だ。ソニアは拳を固めた。
「なににやる気を見せているんだ。違う。君に種を育ててみてもらいたいんだ」
「た、種……!」
かつて、故郷アルノーツでも何度もやったことだ。植物の種から、花を咲かせたり、作物を実らせるという訓練。
いつだってソニアは妹アイラの前座になっていた。
ソニアが力を使い、種から一瞬にして植物を腐らせたり枯らせたりするのを見てみんなは失望し、そして妹アイラが見事な花を咲かせると一転して「素晴らしい!」ともてはやす、あの時間。
「……聖女の力を、お試しになるのですね」
「そういうことだ。すまないが、一度君の力を見せてほしい。使えないならそれはそれで構わない」
シャルルはそう言いながら、小さな種をいくつか寄越してきた。
「わかりました。……ただ、ここで力を使うと育てている作物に悪い影響があるかもしれません。ですので、屋外に出てもいいですか?」
「それは構わないが……」
シャルルは少し不思議そうにしながらもソニアの言うことに従ってくれた。
二人揃って温室を出ると、一気に冷たい外気に晒される。シャルルは温室内では外していた真っ白な毛皮を首に巻いた。
「寒くないかい?」
「だっ、大丈夫です! 問題ありません!」
寒い――けれど、ソニアの力を使うのなら、屋外の方がいい。
貴重な資源を費やして作られた野菜を、ソニアの力に巻き込んで枯らしてしまったら大変だ。
ソニアはシャルルから鉢植えを受け取ると、そこに種を植えた。
雪の上にコトリと置き、その前でソニアは手を組み、祈る。
どうか、この種がよく実りますように、と。
「……これは……!」
シャルルが息を呑む。
植えたばかりの種が発芽した。かと思えばあっという間に背を伸ばし、葉を増やし、蕾をつけ、花が咲き――そして一気に枯れていった。
「……これが私の力です。シャルル様」
「ああ、すごい力だな」
シャルルは少し高揚した様子だった。
これでハッキリと『聖女』の力がないとわかったからだろうか。心優しいティエラリアの人たちも大手を振るって自分を処刑しやすくなるといいのだが、とソニアは瞳を伏せた。
「本当ならば、美しい花を咲かせ、多くの実りをつかせるはずの聖女の力。なのに私は、植物をこうして枯らしてしまうんです」
「でも、種から一瞬でこうも成長させるなんてすごいじゃないか」
「……枯らしてしまってはなんの意味もありません……」
ソニアはふるふると首を横に振る。そして、それからハッとシャルルの顔を見上げた。
「き、貴重な資源を、申し訳ありません……!」
「いや、俺が君に力を見せてくれと頼んだんだ。あの種は無駄に枯れたわけじゃない」
「……シャルル様……」
ソニアは思わず涙腺が潤んだ。
すでに偽りの聖女であることは申告済みではあったが、本当に聖女の力がないのだ、というところをとうとう目の前で披露してしまった。それなのに、シャルルは優しい。
どうしてこの人はこんなにも優しいのだろうとソニアは不思議で仕方がなかった。
今ここで泣いてしまったらきっと困らせると思ってソニアは鼻をすすり、ぐっと涙を堪えた。
――その時、小さな雪割れの音がした。
「……!?」
不規則なじぐざぐに割れた雪の中からニョキニョキと細い茎が生えてきていた。シャルルがぎょっと目を剥いたのを見て、ソニアは慌てて頭を下げる。
「ももももっ、もうしわけありません!」
「い、いや、いいんだが……」
――ソニアの力の影響が出たのだ。
だいぶ抑えて力を使ったつもりだったけれど、それでも影響があったらしい。
(あの温室の中で力を使わなくてよかった……!)
ソニアは心底ホッとして胸を撫で下ろした。
「……リスが隠していたドングリから発芽したのかな?」
「う、リ、リスさん、ごめんなさい……」
雪を割って生えてきた小さな茎はシャルルの膝程度の高さまで大きくなると、そこで成長を止めたようだった。
(あれ? 寒いからでしょうか……。アルノーツにいたときは一気に枯れてしまっていたのに……)
かつて一瞬にして木を生やしたかと思えば一瞬で朽ちさせていた経験から、ソニアは不思議だなあと首を傾げた。
あの時はアイラが倒壊した巨木の下敷きになりかけてひどく恨まれたものだった。それ以来ソニアは聖女の力の訓練の時はなるべく力を抑えて使えるようにと努めるようになったのだ。気をつけて力を使っていれば周囲への影響は抑えることはできた。それでも、育てようと思って力を込めた種は一気に腐り枯れていたけれど。
(久々に力を使ったから感覚が掴めなくって、やっぱり周りを巻き込んでしまった……)
でも、生育に適さないこの寒さのおかげだろうか。途中で成長が止まってくれてこのドングリが腐らなくてよかった! とソニアはホッとした。
「……これは……」
シャルルは屈んで、ドングリと思しき植物の茎と葉をしげしげと眺める。
「……本当に、すごい力だな……」
「はい。これですんでよかったです……。私が祈ると、全てを腐らせ、朽ちさせるものですから……」
「だけど、これをこのまま置いておいたらこの寒さでは育っていかないな。鉢植えに移してこの木は温室で育ててみようか」
シャルルは温室の中の道具箱からスコップを持ってくるとドングリの根を掘り出し、手早く鉢植えに移し替えた。
「今日はありがとう。力を使ったら疲れたりするのかな?」
「い、いいえ。特にそういうことは……」
「それならよかった。さあ、部屋に戻って暖まろうか」
シャルルがニコリと笑う。その笑みは今までと変わらないものだった。
(シャルル様は本当にお優しい人。私の『厄災』の力を見ても、変わらない笑顔を向けてくださるだなんて……)
さて、これで処刑の日も決まって行く流れになるだろうか、とソニアもまたシャルルにニコ、と微笑んで返した。