【コミックス発売記念SS】ポンコツの流儀
二重スパイな侍女・リリアンの『実は』なSSです
リリアンはティエラリア王城にて働く侍女で一番若く、未熟な侍女であった。
それゆえに、侍女長マリベルの手配で元敵国の王女であるソニアに『嫌がらせ』として、専属侍女につけられた。
◆
「きゃあ!」
「! 申し訳ございません」
冷めたお茶がソニアの胸元にかかる。
ティーセットを片付けようとしたリリアンの粗相だ。机の上に置かれたカップをカートに乗せようとしたところ、手を滑らせて、椅子に座るソニアに向かってカップを落としてしまったのだった。
「申し訳ございません。すぐに片付けます。お着替えもしなければなりませんね」
床に落ちたカップは見事に割れていた。
「ソニア様。お怪我は……」
「だ、大丈夫です。リリアンこそ、大丈夫ですか?」
「わたくしはなにも。大変失礼いたしました」
リリアンは淡々とソニアに謝罪する。
「いますぐお着替えをご用意いたしますが……このあとはシャルル様とお約束があるのですよね? 申し訳ありません、お約束の時間に遅れてしまうかもしれませんね」
「あっ……」
ソニアが固まる。リリアンは再度頭を下げた。
「申し訳ございません。どうか、わたくしの粗相のせいだと申し上げてください」
「そんな! 大丈夫ですよ、シャルル様は少し時間に遅れたからといって激怒するような人ではないですし……」
リリアンを励まそうとして話すソニアだが、語尾が徐々に弱々しくなってきていた。
(……ソニア様、きっと『とはいえ私はシャルル様たちティエラリア王家の温情を受けて、延命のご慈悲をいただいている身! それにも関わらず、約束の時間ひとつも守れないのでは無礼にもほどがあるのでは!?』とでもお考えなのでしょうね……)
リリアンは胸の内でもう一度『ソニア様、ごめんなさい』と呟きながら、「では、急いで着替えを持ってきます」と言って、ソニアの衣装部屋に入っていった。
(ふっ。また、"やってしまいました"ね……)
リリアンは内心で、自嘲気味に笑う。
その後、着替え終わったソニアは大急ぎでシャルルと約束した場所に向かっていく。それを見送ったばかりのところで、リリアンは侍女長マリベルに声をかけられる。
「ふふ、いい嫌がらせをするじゃない」
「マリベル様」
「あの王女様の性格をよくわかったやり方だわ、若いわりに、あなたはよく弁えているわよね」
「恐縮です」
リリアンはマリベルに深々と頭を下げる。
リリアンは、彼女から「せいぜい嫌がらせをしてやりなさい」と指示を受けていた。あまり露骨すぎてはダメ、はっきり『嫌がらせ』と認識はできないモヤモヤする程度の適度な嫌がらせをするように、と。
マリベルの指示に対してのリリアンの働き方はなかなかの評価を得ていた。
今回のように、待ち合わせの直前にトラブルを起こして待ち合わせに遅れさせる、寝癖がほんの少し残ったまま支度を終える、お茶をこぼす、リボンの結び目をめちゃくちゃにする――などなど。
(わたしはただ、仕事を全うしているだけのつもりなのですが……)
侍女長マリベルから、元敵国から来た花嫁に小さな嫌がらせをするために指令を受けている若き侍女・リリアン。
彼女はそれと同時に、王弟シャルルから「陰からソニアを助けてやってほしい」と頼まれていた。
いわば、二重スパイの立ち位置にいるのだ。
(真面目に仕事をしているだけで、侍女長に『嫌がらせ』カウントされて、本当はわたしがソニア様に嫌がらせをしようという気がないということには気づかれていない……)
リリアンはソニアに巧妙な嫌がらせをしようとする気は一切ない。
全て、大真面目に仕事をしようとして、そうなっているだけ。
リリアンはポーカーフェイスで非常に落ち着きのある振る舞いをする。
だが、実のところリリアンは、実にそそっかしく、不器用なのであった。
◆
その日の夕方、リリアンはシャルルに呼び出された。
「シャルル様、本日は大変失礼いたしました。ソニア様が待ち合わせに遅れたのはわたしの……」
「ああ、心配するな。わかっているよ、侍女長に合わせたんだろ? 俺との約束なら多少遅刻してくれたってなんの支障もないよ、だから、だろ?」
「……」
軽く苦笑しながら言われた言葉に、リリアンはすん、と真顔になった。
とはいえ、元々の表情と傍目にはほぼ変化はない。
「ソニアもお茶をかけられたことは気にしていないよ。当然俺だってソニアに対しても、君に対しても怒ってないから安心してくれ」
「はい」
「ソニアも君はいつも素晴らしい仕事をしてくれている、と言っていた。侍女長に怪しまれないように、たまに支障ない範囲で『嫌がらせ』しているように見せかけるのは大変だと思うが……君ほどうまく立ち回れる侍女はそういないと思う。これからもたのんだよ」
「……はい」
ソニアはどれだけリリアンが失敗や粗相を繰り返しても、それが失敗であったりリリアンが未熟であるが故の至らなさだとは全く思っていないらしい。
よく、ソニアからリリアンは「リリアンは本当に仕事のできるよい侍女ですね!」といったことを言われる。ソニアは本心からそう思っているようだった。
(ソニア様は……あまり母国ではよい扱いを受けていなかった、とお見受けいたしますが……それででしょうか)
ソニア、シャルル、マリベル、誰もがリリアンが素でポンコツでやらかしていて、たまたまそれがうまくハマっているだけであるということに気づいていないのだった。
断片的にしかリリアンの働きを見ていないシャルルとマリベルはともかく、ソニアはもう少し不満やおかしさに気づいてもよいのではないかとリリアンは思うのだが、ソニアはリリアンをすごい! とは言っても、本当はポンコツで何度もやらかしているとは全く思っていないのだった。
(これで、よいのでしょうか、わたしは……)
リリアンは通常の給与に加えて、マリベルから『嫌がらせ役』として給与査定に色をつけてもらっているし、シャルルからも特別手当をもらっている。
人並みの侍女よりも、残念な仕事をしているのにも関わらず、だ。
そして、どれだけ自分がやらかしても「リリアンはいつも堂々としててすごいなあ」と目をキラキラさせているソニアに、リリアンは密かに胸を傷ませているのだった。
(……わたしは、きっとどれだけ一生懸命頑張っても、絶対に失敗をする)
わざとやらかそうとする必要はない。
真面目に、ソニアのために、忠実に尽くそうとこれからも頑張ろう。侍女としての技能も磨いていこう。
(それでもきっと、わたしはポンコツだから……)
堂々たるポーカーフェイスな若き侍女、リリアンは誓うのだった。
どれほど素でご迷惑をかけようと、忠義と誠意を込めて、主人に仕えようと。
本編は基本ソニア視点で話が進むので、本気で「リリアンはすごいなあ!」と思っているソニア視点では明かされなかったのですが、実はリリアンはクールなポーカーフェイス、だけど『ポンコツ』という裏(?)設定がありまして、満を辞して書きました。
本編の裏で、実は色々やらかしてたと思います。
そんなわけで、1/10にコミックス2巻が発売!されてます!(昨日更新間に合わなかった…)
ぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです!電子配信もありますので何卒…イベント盛りだくさんで楽しい巻です!かわいい!







