24.デレの気配
本日からコミカライズスタートしてます!
ソニアは気を取り直して、畑仕事に集中することにした。ソニアの力のおかげで野菜の成長速度が速いのはいいのだが、これもソニアが力の制御ができていないからか、雑草も一緒に育ちやすかった。ソニアは畑にしゃがみ込み、せっせと雑草を抜いていく。
「……ねえ。あなたって、本当におじさんのこと好きなんですか」
そんな中、不意に呟かれた一言。
「えっ」
ソニアは一瞬目を丸くして引き抜いたばかりの雑草を思わず握りつぶしたが、ややしてから、こくりと小さく頷いて見せた。
ノヴァは眉根を寄せながら首を傾げる。
「政略婚なんでしょ? なんで?」
「あ、え、ええと、シャルル様は……罪深い私にも最初から優しかったので……」
「……罪深い?」
ここでソニアは「あ、ノヴァくんはあんまり私のよろしくない話は聞いていないんだな」と察した。
「はい。私はアルノーツの王女ではありましたが、ティエラリアに求められていた『聖女』としては落第でして……。和睦の条件を破った罪深い女だったのです」
「……なんか、めちゃくちゃな話ですね……」
ノヴァはしかめ面で遠い目をする。
「でも、シャルル様は罪人である私を裁くことはせず、慎重に観察と考察をしてくださり、私を『聖女』だと信じてくださって……そのおかげで私は処刑されず、そしてティエラリアの皆さんから『聖女』として見ていただけるようになるという到底考えつかない奇跡を起こしてくださり……」
「な、なるほど。まあ、おじさんは、長期的にものを見られる人ですからね……」
「はい! まだ聖女だと確証がないときから、本当にずっと優しくて……まるで本当の妻のように私のことを扱ってくださっていて」
「……ふーん」
ノヴァは腕を組み直し、ソニアの顔を見上げる。
「僕のところには、あなたがもしかしたら偽者の聖女かもしれない、なんて話は届いてきませんでした。おじさんも、父も、あなたを尊重していたんですね」
「は、はい。陛下も……マリア様も、とても私に優しくしてくださって……。みなさん素敵な方ですよね」
「ふ、ふん。まあ、父上も、母上も……お優しい人ですからね。……母上は、ちょっと怖いけど……」
「え?」
「なんでもないっ。え、えっと、あなたは、おじさんが優しかったから好きになった、ってことでいいんですか」
「え、えーと!?」
改めてそう言われると恥ずかしくなってソニアは狼狽える。
「え、えっと、優しいところはもちろんなんですけど、そ、それだけじゃなくてですね」
浅いと思われたくなくて、ソニアはしどろもどろになりつつも話を続ける。
「お顔がとってもいいですし、喋り方も落ち着いていて、カッコいいですし……」
「……それは、まあ、そうですね……」
ノヴァは深い頷きを見せる。その反応に少しホッとしつつ、ソニアは「それから」と指折り続けた。
「お兄様のことが大好きでご家族思いなところも素敵だと思いますし、フェンリルたちと一緒にいるときの優しそうな表情も無邪気な表情もいいですし、誠実なところとか、ものの考え方や振る舞い方に知性を感じるのもいいなあと思いますし……」
「……わかります、自己主張が強いわけではないけれど、芯があって自然と目につく人柄なんですよね」
「そ、そうです! そうなんです、さすがノヴァくん、言語化が的確です……!」
「ふん、まあ、僕はあなたよりもおじさんとの付き合いは長いですから」
「真面目で、いつも迷いがなくて堂々としていて、それでいてお優しくて、カッコよくて……。とても大きな体格ですけれど、隣にいるととても落ち着いて、不思議と見下ろされても怖くないんですよね」
「くっ、わかる……!」
ノヴァは悔しげに唇を噛みながら、頷いて見せた。
二人でうんうんと頷き、そしてやがて、ノヴァは引き締めた表情を和らげ、ぽつりと呟く。
「……なんだ、結構おじさんのこと分かってるんじゃないか」
「え?」
いまなんと、と聞き返そうとしたソニアに、ノヴァはハッとして大きく首を横に振り、勢いよくソニアに人差し指を突きつけた。
「なんでもありません! あなたはまだまだです!」
「はっ、はい! 精進いたします!」
ソニアは力強く拳を握りながら答えた。
「……ノヴァくん」
そして、ソニアは跪き、両手でノヴァの手をそっと取る。
「私、頑張りますね! 何か至らないところに気づいたらまた教えてくださいね!」
ノヴァは目を丸くしてソニアを見た。ソニアがぎゅっと両手を握ると、みるみるうちに顔を赤くしてしまう。
「なっ、なっ、なっ、なにを言っているんですか! ぼ、ぼ、僕に甘えようったって、無駄なんですからね!」
「でも、ノヴァくんはシャルル様のことをよくご存じですし……私にも誠心誠意シャルル様にふさわしくなるべきと厳しく指導にあたってくださっていますし、信頼に値する方だと、私はそう思っています!」
「は、はあ? なにを言ってるんですか! い、意味が分からない」
ノヴァは真っ赤になりながら、ソニアの手を振り払い、ふんっとそっぽを向いた。
一方のソニアは少しノヴァと近づけたような気がして、嬉しくなってニコニコと笑みを浮かべていた。
◆
ある日のこと、ソニアとノヴァ、エリックは三人で額を突きあわせて話していた。
「やっぱり、ソニアさんが手に触れただけでも、生育速度は向上するみたいですね」
「直接君が世話したら文字通り目に見えてすごいスピードで育つけど、効率としては君が触れた種を農家さんに託して育ててもらうほうがよさそうだね」
「はっ、はい、お二人ともご協力ありがとうございました……!」
ソニアはいつもの畑でノヴァとエリックに頭を下げる。
聖女の力による、ティエラリアでの農業状況の改善。まだ短い期間でしか検証できていないが、恐らく――という結論が出た。
「それから、農業用水。これも試してみたけれど、効果がありそうだね。種と同等、種と用水併せて使えばさらにスピードアップ、って感じで」
「は、はい」
エリックの提案で、農業用のため池にソニアが力を使ってみたのだ。――とはいえ、『使おう』と思って使うのはリスキーな予感がして、『お野菜がよく育ちますように』と心の中で祈りながらため池に手を浸したくらいなのだが。
種はソニアが手にとらないといけないが、ため池ならば、種よりも効率的だ。
「とはいえ、ティエラリア全国にまで手を回すのは大変だと思うけど……。この辺境領を、ティエラリア王国での農業の中心にするようなイメージかな」
「そうですね……。元々気候的にはティエラリアの中でも比較的温暖な地域で、農業を営んでいる方も多かったですから、そのようにしていければと」
ソニアが言うのに併せて、ノヴァも頷く。
「まだそこまでは調べられないですけど、ソニアさんが『加護』を与えた野菜の子や孫も加護の効果を引き継いでいくのかなども調べていけるといいですね。もしも、通常よりも早く、寒い環境でも生育しやすいなどそういう効果があれば他地方に広げていくことも可能です」
「うわあ、ずっるいな、品種改良ってそんな簡単なものじゃないんだぜ」
わざとらしくエリックは「げえ」と顔を歪ませて見せる。農業大国で生まれ育っているゆえか、エリックは複雑な様子だ。
「ずるくても、使えるものはなんでも使わないと。ティエラリアは世界で一番、人間が生きてはいきにくい土地なんですから」
「うーん、アルノーツに狙われたのはお気の毒だったけど、結果的にはラッキーだったねえ、ティエラリア」
「……まあ、ソニアさんが、っていうか、『聖女』が、ですけど」
「は、はい。弁えております」
身を小さくするソニアを横目で見て、エリックが「こら」とノヴァを制する。
「ノヴァ、そこはツンツンしなくてもよくない?」
「……すみません」
(あ、謝られた)
エリックの促しがあったからとはいえ、あのノヴァが、目を逸らしながらでも謝罪の言葉を口にしたことにソニアは驚きを隠せなかった。
「……さすがに失礼でした。あなたはティエラリアのために……頑張ってくれているのに」
「いいいいいえっ、そんなっ、当然のことですので!」
「あれ、ノヴァ。もうデレてたの?」
「デレてないっ。人として当然の謝罪をしただけです!」
(……デレ?)
聞き慣れない単語に首を傾げつつ、ソニアはノヴァの態度が少し軟化している気がして、面はゆい気持ちになっていた。ささやかなことしかできないソニアだが、それもちゃんと『努力』と認めてくれていたことが嬉しかった。
「うーん、いいよなあ、聖女。僕もほしいよなあ」
「こら、物みたいに言わない」
ノヴァが厳しい表情でエリックの頭を叩く。エリックはたいして気にした様子もなく、ヘラヘラと笑った。
「――実は昔、僕の国ってアルノーツに聖女がお嫁さんにほしい、ってお願いして決まりかけたことがあったんだよね」
唐突にエリックが呟く。
きょとんとするソニアよりも反応が早いのはノヴァだった。
「何を言っているんですか、エリック」
厳しい眼差しをエリックに向ける。
「んー? 昔のことだよ、ほんとの話」
対してエリックはへらへらと笑みを浮かべた。
「多分、そのときの相手って君だったと思うんだけど……。シャルルに取られちゃったなあ。いまからでも僕に乗り換えてみない」
「ええ!?」
ソニアは驚愕のあまり、目を見開く。動揺したままソニアはおずおずとエリックの笑みを見上げた。
「私、そんな話、一度も……」
「妹じゃなくて姉のほうならいい、って言われてたから君のことだと思うんだけどなあ。うーん、君に話がいっていない、ってことはアルノーツとしては最初から本気じゃなかったんだな」
「あ、いえ、というよりも、私はまともに王女として扱われていませんでしたから、それで私には話は一切こなかっただけだと思います」
ソニアが淡々とそう言えば、エリックとノヴァは揃って眉をひそめた。
「君本人がいいならまあ外野はそんなに言えないけどさあ、なんか、君、ひどい扱いに慣れて育っちゃったんだね。かわいそうに」
「あんまりそれ、人がいる場所で言わないほうがいいですよ。あなたはよくても人は気を遣いますから」
「えっ、あ、はい、以後気をつけます」
失言をしたらしいことに気がついたソニアはビッと背筋を正した。
何が二人の心を害したのかは正直ピンとは来ていなかったが、恐らく、あまり実家でのことをケロッと話すのは良くないことなのだろうとは理解した。
「そうだなあ、君も他国から嫁いできたばかりのお嫁さんだし……。ましてやアルノーツはあまり外国に興味のない国だから、ちょっと気づきにくいかもしれないけどね」
「……」
ノヴァがむっつりとした顔でエリックを睨む。
エリックは気にせず、笑顔でソニアに話し続けた。
「ティエラリアに君が来てから、外国でのティエラリアの評価は変わっていったんだよ。あのティエラリアにも、君みたいな聖女がいれば春が来るのか……って。君を欲しがる国も、君ごとティエラリアを欲しがる国の噂も聞く。僕だってそうだよ。まあ、平和的に君が来てくれたら一番だけどね♡」
「エリック」
鋭い声でノヴァがエリックの名を呼ぶ。
ニコニコとしたままエリックはとぼけるように小首を傾げた。
「ホントの話だよ。君たちが思っている以上に、『聖女』も、温かな風が吹き始めたティエラリアも、外の世界からは魅力的に見えているんだ。気をつけておいたほうがいい」
「……そうですね。いままでは友好的に付き合っていた国とも、関係が変わるかもしれないことは考えておかないと」
厳しい表情を浮かべるノヴァに対して、エリックは微笑み続けていた。いまいち緊張感が噛み合わない二人をソニアはおどおどと見つめるのだった。
◆
「……」
その日の夜、ノヴァは手紙を書いていた。
『外国の動きに気をつけたほうがいい』
父は賢い人だ。自分が言わずとも、いままで向けられていた視線と違う視線が外国諸国から向けられ始めていることには、気がついてはいるだろう。
だが、あえて、外国カラディスに留学している自分が改めて注意を促すことに意義はあるはずだと信じて、ノヴァは手紙を書いた。
エリックが今日話したことは、間違いなくその通りだろう。
いままでティエラリアが他国から侵略されることがなかったのは、侵攻のリスクに対して、この土地を支配するメリットが少なかったからだ。
世界有数の魔石の産地であること、他国から見たティエラリアにはそれくらいしか価値がないだろう。
ティエラリアの長く厳しい冬、深い積雪、他国と比べて圧倒的に多い魔物の数。それらはティエラリアを守る自然の要塞でもあった。
いままでティエラリアを侵攻しようとした国は世界唯一の存在『聖女』を有して、閉鎖的に過ごし、全能感に溢れていたアルノーツだけだ。そして、それは当然のように失敗に終わっていた。
『聖女ソニア』を迎えて、ティエラリアからは魔物が目に見えて減った。気温も少しだが上がり、春の訪れが早まった。
(……この環境ならば、侵攻も可能と考える国も出てくるかもしれない。そして、『聖女』さえいれば、このティエラリアの大地も活用できると考える国も。もしくは、ティエラリアですら実りを与える『聖女』を自国に連れて行けば、自国ならばどれだけの実りが得られるだろうかと考える国も……)
意味深長に話したエリックの表情を、ノヴァは脳裏に思い起こしていた。
エリックはソニアの力に対して、たびたび「すごいね」と言っていた。
(――まさか、カラディスがティエラリアに侵攻を考えているなんてことは考えたくないけど、その可能性も含めて……警戒はすべきだろう)
ノヴァは手紙の中でカラディスの名前を出すことも、ましてやエリックの名をあげることはしなかったが、『もしかして』という可能性だけは胸に留め、そして、ペンを握りながらきつく目を瞑り、しばらくしてから手紙に封をした。
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