23.ノヴァの誇り
「……それにしても、おじさんにしては珍しい。こういうところが抜ける人じゃないと思ってましたけど」
「そ、そうですね。以前は私が大丈夫と言っても、そばについて警戒していてくれたくらいなんですけど……」
ソニアはそのときのことを思い返しながら、ゆっくりと話す。自然と目が柔らかく狭められた。
「辺境領の復興が始まってから、『お忙しいでしょうから』って私が護衛はもういらない、他の人をつけてもらうこともしないでいい、って言ったんです。そうしたら、『わかった』って」
「ふーん」
「『俺が一番君の力を信用していないといけないもんな』……って」
「ずいぶんと嬉しそうな顔をしますね」
「は、はい。私、こんなですけど……信頼していただけたことが、嬉しくて」
心から思うことを、ソニアは正直に口にする。ノヴァはなぜか小さくソニアから目を逸らした。
「……なるほど、あなたは魔物を呼び寄せるけど、僕がそばにいても、何事もなく解決できるから……と。無意識にそう思ってしまったのかもしれませんね」
「そ、そうかもしれません。でも、説明不足で本当に申し訳ありません……」
「……まあ、これはあなたじゃなくて、おじさんに文句を言います」
「お、お手柔らかに……」
「だから、そんなにペコペコしないでください。ちゃんと力があるんだから、あなたは、もっと堂々としてないと。損ですよ」
損? とソニアは首を傾げる。
「損ですよ、みんな、あなたみたいな人、相手は侮ってきますよ。せっかくあなたは……ちゃんと、力があるんですから。相応の振る舞いをしないと」
声変わり前の高いかわいらしい声で、ノヴァは言う。
「……」
ノヴァの言いたいことはわかる。だが、ソニアには難しいことだった。昔とは比べものにならないほど、ソニアは自分の力を自覚してきてはいたけれど、それにふさわしい振る舞いはまだ想像がつかなかった。
「……やっぱり、アイラをモデルにすべきですかね……」
「アイラさん? ……ああ、まあ、あれくらいを目指して、ちょうどいいくらいに落ち着くんじゃないですか」
「ノ、ノヴァくんもそう思いますか! よし、じゃあ、私も、アイラくらい偉そうに……」
「……いや、多分、真似しようとしても無理そうですね、あなたじゃ……」
「えっ」
「――なにも、べつに、偉そうにしろってことじゃなくて、自信を持ったらいいのにな、って……僕はそう言いたかっただけです。ここまで言わせないでください」
「えっあっはい! すみません!」
「……なんであなたって、謝るときだけ元気なの」
「慣れですかね……」
しみじみとソニアは眉根を寄せながら真面目に答え、ノヴァのため息を誘った。
二人で目的地の農家の畑にまで歩いて行き、成果を聞いた。
さすがにすぐに発芽する――ということはないが、やはり通常よりもずっと成長速度は速いらしい。
「聖女様って本当にすごいんですねえ!」
そう褒める農家にソニアは「とんでもない」と腰低く答えたのだが、ついさきほどのノヴァとの会話を思い出して、背筋を伸ばした。
「みなさんのお力になれたら嬉しいです。これからもなにかとご協力をお願いすることがあると思いますが、よろしくお願いします」
ハッキリとした口調でそう言い、ソニアは改めてしゃんと頭を下げた。ノヴァもそれにならい、ソニアの隣で農家に頭を下げ、これからの協力を乞うた。
◆
「……良いんじゃないですか、そういう感じで」
そして、そこからソニアがいつも自分で世話をしている畑に移動する最中、ぽつりとノヴァが呟いた。
「ほっ、本当ですか!」
「まあ、そこそこマシってだけです」
ノヴァはいつものようにツンと返す。
「はい! 言われた直後でしたので、さすがに!」
「……自分で言うなよ」
「ノヴァくんのたまにスッ……とすごい冷静に言ってくる感じ、やっぱりちょっとシャルル様に似てますよね」
「そ、それはわかんないけど」
ノヴァは困惑交じりに頬を赤らめて、明るい緑色の目を逸らしつつ、細めた。
「アルノーツから農畜産物の提供を得られる……とはいえ、それを頼りにした国家運営をするわけにはいきません。アルノーツだって、ずっと豊かな保障はないのだし、いまのこの約束だって、代が変わればもう少し内容を見直すなり、アルノーツからの打診があれば取りやめにしてあげるかもしれないし」
「そうですよね……」
シャルルがアルノーツ王ケイオスと交渉して得たこの条件は、かなり破格の条件だ。ずっとこのままとはいかないだろうし、シャルルも実際にこの量の物資がほしい――というよりも、現在の王に少し痛い目を見させてやろうという意図のほうが強い条件だったはずだ。
(次の王は……アイラのお婿さんか……)
アイラはかなり婿捜しに苦心している様子だったが、一体どんな人が婿に選ばれるのだろうか。
「アルノーツからの農畜産物の提供がなされるまでの我が国は魔石の輸出を対価に、自国では賄いきれない農畜産物を得ていた状況ですからね」
ノヴァは少しでも、自国での農畜産物の生産率を上げたいと真面目な顔で続けた。
「ティエラリアは世界でも有数の魔石の産出国ですもんね」
「はい。大地の実りが期待できないティエラリアが唯一他国と貿易できる貴重な物資です。魔物の毛皮や牙なども需要がなくはないですが、やはり価値がつくのは魔石……ですね」
ソニアが言うと、ノヴァは深く頷いて見せる。
「アルノーツも魔石が欲しくて、ティエラリアに攻めこんだのでしょう」
「そ、その節は、誠に申し訳ありませんでした……」
「あなたが侵攻を決断したわけじゃないでしょ。謝らなくてもいいことですよ」
ノヴァは相変わらずツンとした態度でソニアの謝罪をはね除けた。
「――アルノーツは、神に祝福された土地と言われておきながら、魔石はたいして取れないんですよね」
「は、はい。アルノーツでは魔石はほとんど取れません」
「でも、魔石がなくても十分豊かな暮らしができる環境なわけですからね。ティエラリアは寒いから、魔石を使って家屋を暖めたり、加工して武具にして魔物との戦いに活用したり、暮らしになくてはならないものだけど」
「そうですね……なくても生活には困りませんが、どちらかというと、コレクター的な需要が高いと聞いていました」
ノヴァは呆れたようにため息をつく。
「コレクター、ね。宝石扱いですか」
子どもらしからぬ雰囲気で目を細めるノヴァをソニアは見つめる。シャルルのオリーブグリーンよりも鮮やかで明るい色をした緑色の瞳をノヴァはしていた。
「そういう需要があることは否定しない。その目的でティエラリアから魔石を買う国もたくさんありますから。……でも、ティエラリアは魔石がないと困るんですよ、そして、無限に約束されている資源ではない」
「そう……ですよね」
「魔石の採掘場は国内にいくつもありますけど……。魔石がどうやってできあがるかの仕組みははっきりとは解明されていませんし、有力な説としては、魔物の死体が長い年月をかけて化石になったものと言われていますが……」
「それで魔物が多いティエラリアでは多く産出される、ということですね!」
「そういうことです。対して魔物がほとんどいないというアルノーツでは魔石はほとんど取れないという話ですし、きっと、そうなのだろうと、ほぼ見なされていますが……」
ノヴァはゆっくりと頭を振る。
「魔石の生成には時間がかかるだろうと見られているので検証もままならない、というわけです」
「うーん、なるほど……。千年後の人類に期待ですね……」
「千年かは分かりませんけど、遠い未来に分かればいいですね」
ふっとノヴァは珍しく表情を緩めて笑った。
(……こういうお話が好きなんでしょうか)
賢くて、学校でも成績優秀という話だ。こういった分野に興味が強いのかもしれないとソニアは思った。
「石になにかをしたらパーッと魔石になったらいいんですけどね……」
「ハッ。そんな簡単にいくわけないじゃないですか」
試しに、とソニアはその辺りに落ちていた石ころを拾い、力を注いでみる。
「……ダメですよね」
「当たり前です。いくら聖女でも、そんなことができるんなら、とっくにアルノーツは魔石大国になってたでしょ?」
「そ、そうですよね。やっぱり、魔物の死体が元になることで、生まれてくるんでしょうね、魔石」
ノヴァは呆れたように肩をすくめたが、どこか安心したようにも見えた。
「ふと思ったんですけど、一応、私がいることでティエラリアの魔物の数が減少傾向にあるということですが……」
「――将来的に魔石が減ることが心配、と」
頭の回転が速いノヴァはソニアが全て言い切る前にサッと言った。
「そ、そうです。魔物による被害が減る代わりに、将来的には困ったことにもなるんじゃないかと……」
「あなたがいようといまいと、元々魔石はいつかは尽きる資源だとティエラリアでは長年問題視されていました。でも、我々の一族は、魔石がこのように生活に役に立つとか、輸出で金になるとか知らない間も、この大地で生き残ってきたんです。今更、魔石がなくなったことが原因で滅ぶなんてことはありえません」
「……」
ノヴァは確信を持っているのだ、とでもいうような堂々とした態度で、まっすぐとソニアの目を見ながらそう言った。
「そんなにヤワな一族ではありませんよ、我々は」
「……そうですか、安心しました」
シャルルもそうだが、ノヴァもティエラリアの歴史に誇りを持つ一人なのだろう。いまの生きる人たちにも愛されている過去にティエラリアの厳しい大地で生き抜いてきた人に、ソニアは改めて尊敬の念を抱いた。
「ありがとうございます。ノヴァくんは優しいですね」
ノヴァはソニアの一言に、眉をぴくりとあげる。
「べっ、べつに、あなたを安心させようと思って言ったわけではありません! 僕はティエラリアという国に誇りがあるだけです!」
「はっ、はい、もちろん! ですけど、そうやって自信を持って言ってくださると私としてはとても心強いなと……」
「……まあ、勝手に安心していてください」
ふい、とノヴァはまた顔を背けてしまう。







