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16.アイラの苦悩

「――やってらんねえよなあ」


 誰ともなく、男の呟きが漏れる。


 誰か一人がそう呟くと、その場にいた全員が揃ってため息をついた。

 彼らはアイラに連れてこられたアルノーツの兵士たち。望んでもいない鍛錬を受けるため、日々ティエラリアの復興作業に協力している彼らたちである。


「アイラ様は強引すぎるんだよ、何も、ティエラリアに来て、あのおっかねえ軍神(シャルル)様から鍛錬受けなくたっていいじゃないか」

「なあ。鍛錬なんか、アルノーツにいたままでもできたのに」

「しかも、復興作業まで手伝わされてよ……。アイラ様のわがままには付き合ってらんねえぜ」


 兵士たちはティエラリア滞在中に与えられた仮設住宅の近くでたむろっていた。先日、復興作業の手伝いのお礼だと『大地の民』に分けてもらった紙煙草をふかしながら、みな口々に愚痴る。


「……まあ、手伝いをしてお礼を言われるのはいいんだけどよ。ティエラリアの奴らも悪いやつじゃないし……」

「アルノーツの女とはまた違う雰囲気の美人も多いしな。ハインツさんとこのお嬢さん、いつも良いタイミングで差し入れくれてさあ、あの子いいよなあ……」

「睫毛長い子が多いよな、あと、アルノーツは金髪が多いけど、こっちは銀髪美人が多くてなんかこう……ミステリアスな感じがいい……」

「お前達、美人さえいればなんでもいいのかよ! 俺はもうこんななんにもないとこやだね、いい女がいたところで付き合えるわけじゃないしよ……」


 一瞬変わりかけた場の空気がまた淀む。再び、彼らはそろってため息をついた。


「……アルノーツ、帰りてえなあ……」

「かる~く飲める酒が飲みたいよ。ここの酒は重たすぎなんだよ、ちょっとしか飲めなくてつまんねえ……」

「はー、ほんっとにアイラ様の思いつきには困るよ。いくら王女で聖女だからって……」

「しかも、実はアイラ様、ソニア様のおこぼれで力が使えるだけなんだろ? なのにいまだにあんなに威張りちらしてばっかでさあ……」


 彼らは、ザッザッと土を蹴る足音に気がついていなかった。


「――嫌ならもうアルノーツに帰ってもいいわよ。もうそこにアンタたちの居場所はないけどね」


 よく通る高い声。噂の渦中の人、アイラだ。


「――!」


 兵士達は青い顔をして、アイラに平伏し、それから蜘蛛の子を散らすように去って行った。


 バラバラに去って行った背を厳しい眼差しで追いながら、アイラは「ふん」と鼻を鳴らした。


「……そんな言い方じゃ萎縮するばかりだ、恐怖政治じゃ先細りだぞ」


「なに? いたの、アンタ」

「青い顔をしたアルノーツ兵とすれ違ったからな」


 アイラが振り向くと、呆れた顔をしたシャルルがいた。

 はあ、とシャルルは肩をすくめる。


「あたしが悪いっていうの? 兵士達に国を守る力をつけてほしいって思うのは悪いこと?」


 アイラはしばし険しい顔でシャルルを睨んでいたが、シャルルが静かな眼差しのまま見つめ返していると、やがて観念したかのように肩を落とした。


「……じゃあ、どうしろっていうのよ、やる気のない奴らをどうしたら前向きにさせられるの」


 アイラは俯いたまま、やや枯れた声でぼやく。


「成果を焦らないことだよ」


 シャルルは落ち着いた声音でそれに応えた。


「君がアルノーツのことを思って、いまみたいに励んでいる姿を見せていれば、きっとみんなにも気持ちは伝わるよ」

「……それっていつよ。あたし、ずっと頑張ってるのに、みんなにはちっとも伝わってないじゃない」

「ああ。だから、大事なのは焦らないことだ。焦ると君もついイライラしてさっきみたいに冷たいことを言ってしまうだろ? 怒るのは一番よくない。今はまだ、それでもいつか、って長い目で見るんだ。自然とみんなにも気持ちは伝わっていくはずだよ」

「……」


 アイラは答えない。シャルルの言うことはわかるが、いま伝わっていないことが時間さえ経てば本当に伝わるのかというのは疑わしい。

 シャルルにアルノーツ兵を預かってもらうようになって、それなりに時間は経ったはずなのに、未だにこうなのだ。いつ、彼らはやる気を見いだすようになるだろうか。


「人の気持ちはそう簡単に操れるものではないよ。恐怖政治は手っ取り早いかもしれないけど、それは後には続かない。君は玉砕覚悟の兵士じゃなくって、ちゃんと国を守ることができる兵士が欲しいんだろ?」

「……そうよ」


 腕を組んで眉をつり上げたまま、アイラは頷く。


「だったら、彼ら自身が自分でやる気を見いだすようになるまで待つべきだ。ちょっとの文句くらいも言うだろう。そういうのを乗り越えて、人はやる気になるものだよ」

「……アンタは? アンタも鍛錬なんかしたくないよう、って時期あったの?」

「俺はないよ。元々身体動かすのは好きだし、得意だし、鍛えるのは楽しかったし、兄貴のためって思ったら何でもできたし」

「なによそれ、全然参考にならないんだけど」


 アイラはむっつりと唇を尖らせる。シャルルはハハ、と軽く笑った。


「案外、君は真面目なんだな」

「なによ、悪い?」

「いいや、いいことだよ」


 そう言うシャルルになんとなくアイラはむっとした。


「子ども扱いしてるの?」

「すまん、そういうわけじゃないんだが……なんというのかな」


 シャルルは少し首を捻ってから、小さく笑う。


「……そういえば君は俺からしたら義妹なのか。本当に妹がいたらこんな感じだったのかな、と」


 シャルルは目を伏せ、少し面はゆそうに呟く。

 一瞬アイラはきょとんとし、しかし、みるみるうちに顔を歪めた。


「はあ〜? なに、お義兄様とか呼んでほしいわけ? 呼んでほしいなら呼んであげますけど〜!?」

「いや、別にそれはいい」

「なによ! 生意気ね!」


 アイラは肩を怒らせて、ふん! とそっぽを向いた。

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