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6.花嫁の困惑は続く

 ソニアは悩んでいた。


(……どうして毎日、こんなにもあったかくて、おいしくて、豪華なご飯が与えられているんでしょうか……?)


 毎日、朝昼晩とおいしい温かいご飯が出てくる。罪人の私に。

 罪人ではなかった実家暮らしのときすら冷たくてかたいご飯しか食べたことがないのに。――いや、本当に小さかったときは妹と同じご飯を食べていたっけ?

 ありし日の思い出は、すでに記憶の彼方でよくわからない。


 それがティエラリアに嫁いでからは、毎日食堂で夫(仮)のシャルルと彼の兄夫婦、つまりは国王陛下と妃殿下が食べるものと同じものを用意されて、一緒に食べている。


 ソニアは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 きっと、このスープを飲んだら今度こそ死ぬ。そういう思いで毎回食事をしているのに、毎回ケロッと生き残っている。おかしい。私は毒が効かない体質だったのかしら……? とすら思う。


 用意された食事は毎日とてもおいしい。この生活となって一週間ほど経ち、そろそろ食べられる量も増えてきた。昨日はトロリとした熱々のシチューがおいしかった。もう油断して「あちっ」なんて粗相はしない。


(……もしかして、本当に、毒は入っていない……!?)


 ソニアはハッとする。


 なぜそんなことを? ティエラリア王家の考えがわからない。ソニアは困惑していた。


 ソニアの悩みの種は朝昼晩の美食。そして、稀代の美青年であるシャルルとの同衾だ。

 ――ちなみに、夫婦の営みといったものは、一切ない。本当にただ同じベッド、同じ布団で一緒に寝るだけである。


 ソニアはかつて味わうことのなかったふかふかのお布団に包まれるといつの間にか夢の国に誘われてしまうので、「至近距離のイケメン!」にドギマギして寝られないなんてことはないのだが、問題は朝だ。


「……ん……」


(ひー! い、い、色っぽい声出さないでください~!)


 シャルルはどうも朝が弱いようだった。覚醒間際になると何度も寝返りをうち、唸り声を上げるのだが、なかなか起きない。ベッドがギシリと音を立て、掠れた吐息混じりの声を間近で聞くたびソニアはドキドキとさせられていた。

 オリーブグリーンの瞳をうっすらと開けることさえあったが、しかし、それで起きるのかと思えばまた寝たりする。

 そういうことを数回繰り返してシャルルはようやく覚醒するようだった。


 幸いなことは夫婦の寝室のこの天蓋付きベッドがものすごく大きくて、体格のいいシャルルが何回か寝返りしてもソニアが寝ているスペースにまでは転がってこないことだ。さすがにあの顔面が本当の本気の目の前にあったらソニアの心臓はとうにもっていなかったことだろう。


 さっさと起きてシャルルが起きるまで床に座していればよい問題なのだが、そうはいかなかった。


 ――寒いのだ。


(私はまだ寝てる……まだ寝てる……! ごめんなさい、罪人がこのような怠惰を貪るなど許されることではないのに……っ)


 しかし、ティエラリアの朝は寒かった。そして、ティエラリアで使われている寝具はとても温かった。

 罪人の身であるならば起床したら速やかに床から出て行くべきだろう。しかし、まだソニアは寝ている。そういうことにしておけば、ぬくぬくでいられる。なので、ソニアはシャルルが完全に覚醒するまでは寝たふりをしているのが常だった。ソニアは小心者であるくせに小賢しいところがあった。


 そういったわけで、ソニアは布団から出たくない免罪符として寝たふりをしていて、そのせいでシャルルの半覚醒時の色っぽい身じろぎと吐息に悩まされているのであった。


(暖かくなったら! もう少し暖かい季節になったら! 私、床に座ってシャルル様の目覚めをお待ちしてますので!)


 いや、そもそも、春の季節を迎えるまで私生きていないのでは? ソニアは自分でふと気づく。


(――明日! 明日から! 明日こそ、頑張って……起きますから!)


 そうしたソニアの悶々には、眠りの深いシャルルは一切気づかず長い欠伸ののち、平時より深い二重の瞼を重たげにしながら「おはよう」と言って起きるのだった。




 そもそも、どうしてソニアとシャルルは毎日同じベッドで寝起きしているのか。


「君は俺の妻だろう」

「ひ、ひえ」


 ――同じベッドで寝るのは申し訳ないから、寝室を分けませんか。私などは木のベッドにそのまま転がしていただければそれでよいのですが。具体的には地下の牢部屋とかでも。


 そう言ったソニアに返ってきたのはシャルルの濁りないオリーブグリーンの美しいまっすぐな瞳だった。いたたまれず、ソニアはうめき声をこぼした。

 ソニアの情けない反応を見ながらシャルルは一つ咳払いをして、続けて言った。


「君を信用していないわけではないが……君、初夜の日にナイフを隠し持っていたろう」

「は、はい」

「……正直に話すと、君を一人にしてしまうのは不安がある。どうも君は己の死を望もうとしている傾向があるから」


 このシャルルという男はひどく誠実な性質なのだろう。彼から告げられた言葉にソニアはわずかに胸が痛んだ。シャルル、この優しい人が気に病むことではないのに、と。


「いえ……だって、私はティエラリアという国を欺いた罪人ですので死は当然と考えておりますが……」

「俺も、王である兄もそういうふうには考えていない。君にもしも聖女の力がなかったとしても、それで君を排除しようとすることはない」


 ソニアは困って眉根を寄せた。


「まあ、しかし、君が嫌がるのなら……。まだよく知りもしない男と寝室、それもベッドを共にするのに忌避感があるというのは当然だ。ならば、ベッドは君が使ってくれ。今日から俺はシュラフで寝るよ」


 シャルルの宣言にソニアは飛び上がって驚いた。


「なぜですか!? しゃ、シャルル様がお布団でお眠りください! 私は床で結構です!」

「この寒い季節に女性を床で寝かすだなんて末代まで罵られるよ。ベッドは君が使ってくれ」

「私は女である前に罪人です! 罪の前に性別は関係ありません!」

「何を言っているんだ君は」


 ソニアは必死に訴えたが、シャルルには届かず、互いの譲歩の結果、結局「夫婦なのだから同じ布団で寝よう」というところに落ち着いた。そういうわけで、ソニアはシャルルと同衾を続けている。


 朝すぐに布団から出ることができない現状を鑑みると、本当に床で寝起きするようになったら凍えて死んでいたかもしれないからよかったかもしれない――。


(――いえ!? わ、私は死を覚悟している身! よかった、なんてことはありません!)


 ぶるぶるとソニアは一人、首を横に振る。


 お布団の幸せ、気だるげなイケメンからの朝一番の「おはよう」を享受する毎日。罪深い女がこんな至福を甘んじて受けていてよいのかとソニアを葛藤させる。


(これは……きっと、何か、思惑があるに違いない……!)


 常に下がり調子の眉を珍しく引き締め、ソニアはぐっと拳を固めた。


 きっと――この悦楽の果てに、私は死に至るはずだ、と。


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