13.星を見る人
「結構話しちゃったね。疲れた?」
「いえ! 楽しかったので、全然」
「そうか。でも、眠たくなったら寝てくれて構わないよ」
小さくソニアは首を横に振る。
「あとは……ティエラリアの歴史や文化で、何か気になることはある?」
「あ……。ええと、いろんな一族があったと伺っていますが、ウロボスさんたち『大地の民』みたいに、どんな方々がいたのかなと気になっています」
「そうだな。ごくごく小さいものまで含めるとキリがないんだが、大きくは東西南北、中央に五つの大きな民族があったんだ。南の一族が『大地の民』だね」
シャルルは指を折りながら、ゆっくりと話していく。
「東の『昼の民』、西の『星の民』、南の『大地の民』、北の『雪の民』、中央の『風の民』……これがティエラリアにかつてあった大きな部族たちだ」
「東が昼で、西が星ですか……」
「ああ。東の『昼の民』は昼にしか活動しないことから『昼の民』を名乗るようになった。夜は魔物の時間……そして、守り神であるフェンリルの時間であるから、夜に活動することは悪であるとして、昼だけ活動するようになったんだ」
「へえ」
「まあ、ようは夜と早朝は特に冷え込むからね。活動に適した時間帯にだけ活動するようにした結果かな」
「……なるほど」
たしかに、ティエラリアの夜から朝にかけての冷え込みはすごい。今は建物の防寒性がずいぶんと高まってもコレだから、過去のティエラリアの大地では相当なものだったろう。
「『星の民』は夜にも活動していたんですか?」
「うーん、『昼の民』ほど徹底してはいなかったろうけど、まあ、大体暗くなったら寝てたと思うよ。でも、星の民は星を見て運勢を占う呪い師という職業があって、夜に星を見て、祈り風習があったんだ」
「星……」
「星を見て、狩り場を決めたり、移住先を決めたり、結婚相手を決めたり……そういうのをよく信じていた集団だったんだ」
シャルルはどこか懐かしむように目を細めながら話す。
「……ティエラリア王家の母体になったのは『星の民』という一族なんだ。だから、星にまつわる名前をつけられることがある。ノヴァは新星という意味を持った名前だよ」
「星の民……そうなんですね」
ティエラリア西部に位置する王都は、『星の民』の一大都市があった場所なのだろう。
地図を思い浮かべながらソニアはなるほど、とシャルルの話を聞く。
「兄貴とか父上は違った由来だけどね。カイゼルなんてまんまだけど……父はきっと、長兄が滞りなく、ちゃんと王位を継げますようにと祈ってその名にしたんだろう」
シャルルがわずかに姿勢を変えたのか、座っていた椅子がギッと音を立てた。足の間で軽く手を組みながら、シャルルは続ける。
「……さっきも話していたけれど、俺たちは元々子どもをたくさん産むのをよしとしていた名残で、父の代は兄弟が多かったんだ。だけど、それだけ政権争いも多くて……。父はそのせいで上の兄二人を亡くして、血まみれの王位を継いだ。ちょうど時代の変わり目の世代で、色々と思うことが多かったんだろう」
「そうなのですね……」
シャルルの父もまた、あまり長くは生きず、カイゼルに王位を引き継いでそう間を置かず亡くなったと聞く。
寂しそうな表情をしたシャルルを見つめながら、ソニアは口を開いた。
「シャルル様。シャルル様のお名前にはなにか意味があったのですか?」
「俺? 俺は昔にいた天文学者から名前をもらったらしい。だから意味としては……俺は『星を見る人』かな」
「星を見る人……」
「ああ。だから、俺は王その人とはならないけど、この国をよく見て、よく守る人物になれと願われたんだと思っているよ。兄貴の世代を見届けて、そしてノヴァが継いだ後も、俺はこの国を守れたら、って思ってる」
ふわりと柔らかく笑いながらも、シャルルは意志の強い眼差しを浮かべた。
ソニアはそれを見つめ返しながら、頷く。
「……私も、シャルル様のそばで同じようにありたいと思います」
「ソニア……」
シャルルのオリーブグリーンの瞳がやや見開かれる。そして、シャルルはニコ、と穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、君がいてくれるなら、安心だな」
「わっ、私はたいしたことはできませんけど! でも!」
「君がたいしたことがないってことはないと思うよ」
「『聖女』だからじゃなくて、ちゃ、ちゃんと、シャルル様にふさわしいようになりますから!」
シャルルは一瞬きょとんと目を丸くする。
それからやがて、困ったように眉尻を下げた。
「……なあ。ノヴァのこと、やっぱり気にしてるな?」
「うっ、は、はい……」
「アイツも頑固だから、気にするな……というのは無理かもしれないけど……アイツが何を言おうと、君が俺の妻ということは絶対に変わらないから安心して」
「そ、そう、ですか……?」
「ああ。アイツに何を言われようが、アイツが何しようが、俺は君を手放す気はないから」
「……ええと」
なんと返せばいいのかわからず、ソニアは口ごもる。
シャルルはふ、と目元を和らげると、ソニアの手をとって、手の甲に口づけた。
「もしも将来、アイツが国王になって、国王命令で俺たちに離縁を申しつけたとしても俺は王族の席を捨ててでも君を選ぶよ」
「そっ、それはさすがにどうかと!?」
「まあ、ノヴァもまだまだ子どもっぽいだけで、本来賢い子だから俺と君を無理矢理別れさせる、だなんてバカなことはしないだろうけどね」
シャルルは苦笑する。
「……だから、君もあまりノヴァのことを特別意識しすぎないで、普通に接してあげてくれ。一緒にいたら、きっと君の良いところがノヴァにも伝わるよ」
「あ……ありがとうございます……」
おずおずとお礼を口にしつつ、ソニアはシャルルの顔をそっと見上げた。
「……あの、もしかして、ノヴァくんが最近私のそばによくいるのって……」
「ああ、俺がお願いしたんだよ。何かあったときに、見守ってくれって」
「なるほど……」
どうりで、合点がいった。正直、ノヴァはソニアのことを良くは思っていないだろう。それなのにあえてノヴァがソニアのそばについてまわるのは、尊敬しているシャルルに頼まれたとしか考えられなかった。
「で、でも、そんなに警戒していただくことなんてないのに……」
「いや、念のためにね」
シャルルは眉をひそめつつ、恐縮するソニアに対して軽く手を振った。
「……エリックが君のことを気にしているようだから」
「エリックさんが?」
ソニアはきょとんと目を丸くする。それにシャルルはそっと目を細めた。
「その様子を見るに、脈なしみたいで安心だけど、念のために、ね」
「は、はあ」
「さて、色々と話していたらもう昼の時間だな。一緒に食べて、それから寝ようか」
「……ええと、寝るのも、一緒に……?」
シャルルは不思議そうに首を傾げる。
「俺はどっちでも構わないけど、一緒の方がよく寝られるか?」
(……あ、私、これ、余計なこと言ったやつですね……?)
心の中で悲鳴をあげつつも、なんだかんだ共寝することとなり、ソニアはぐっすりよく寝られたのだった。
起きた頃には夕方になっていたが、風邪の身体のだるさはすっかりとれていた。







