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12.ティエラリアの歴史②

「アルノーツは地方ごとに神への考え方は変わらないのかな」

「アルノーツは規模の小さい国でしたから……。全国的に絶対的な大神信仰、という感じですね」

「君のところは『聖女』のおかげもあって、大神への信仰は強いのだろうな」


 アルノーツは大神が最も愛したと言われる土地神が眠っている土地で、だからこそ大神が贔屓して『聖女』が生まれるようになった――とされている。

 実際に恩恵を受けていることもあり、アルノーツで大神を疑う人はいなかった。


「俺たちはフェンリルを信仰しながらも、結構都合良く解釈していることが多かったからなあ。だから、地域ごとにその信仰の種類も逸話も変わることが多かったのかな……」

「そうなのですか?」


 ソニアは首を傾げてシャルルに問う。


「ああ。例えば、ティエラリアの多くの民族は一夫多妻だったりとか……」

「あ、アルノーツにいた頃からそれは聞いたことがあります」


 一夫多妻を是とする国は世界的に見て、あまり多くない。ティエラリアから和平の条件として嫁ぐように言い渡されたとき、父のケイオスは「一夫多妻の国だろう」と言って最初ごねていたのだ。ティエラリアの使いから「今は違う」と訂正されて、ソニアもそうなんだと思った記憶がある。一夫一妻となってからまだ歴史は浅いはずだ。


 うん、とシャルルは短く頷く。


「フェンリルはみな一対の番……。そして、決まって夫婦愛が強いだろう? フェンリルの神を信仰しているならば、元々宗教的には一夫一妻であるべきなんだ」


 だけど、とシャルルは一回区切って首を振る。


「なにしろ、ここは人がすぐ死ぬ環境だったからな。一夫多妻である集落の方が多かった。ティエラリア王国という形になってからは公式には一夫一妻とされていたのだが、実情としてはいまだに……だった」


「え、えっと、今は違いますよね?」


 ソニアが今まで知り合ってきた人物らはほとんど一夫一妻であった――はずだ。

 おずおずとソニアが確認すると、シャルルはしっかりと頷いた。


「うん。俺の祖父くらいの代から一夫一妻に落ち着いてきたよ。暖かい住居や衣類を得たり、他国から食料を安定して輸入できるようになってきたからな」


 人が生きやすい環境が整ってきたことで、婚姻や家族の形も変わっていったとシャルルは話す。


「一夫多妻といっても、男の家に女性を侍らせていたわけじゃなくて、夫である男性は幾人もの妻の家に通っていたんだ。そして、女性達に食べ物や魔石を捧げて女性に許しを乞うて子を作る……という感じだったそうだ」


 シャルルの話を聞きながら、ソニアはその構図を頭の中で想像する。現代の夫婦とは大分違う体系だ。


「ティエラリアの男は子を生む女性のために生き、そして死ぬのが当然だったらしい。今でも女性を尊ぶ意識はティエラリアでは根強いよ」

「あ、えっと、だからシャルル様もお優しいんでしょうか……」

「そうかい? 妻を大切にしなければいけないという意識は最初からあったと思うけど、俺くらい普通だと思うけど」


 不思議そうにシャルルは小首を傾げる。笑顔がまぶしいが、堪えてソニアは質問を重ねる。


「でも、狩りをするのは男性が中心ですよね。生きるためというのであれば男性も大切だったのでは……」

「そうだね、女性を大事にするぶん男性を粗末に扱っていたわけではないけれど……。どう頑張っても、男は次の命を生めないから」


 シャルルは少し苦笑しながら、ソニアに五本の指と、一本の指を手で示した。


「五人の男と一人の女がいても、一人の子しか産めないが、一人の男と五人の女なら五人子が産める。……だから、もしも死にかけの男女がいれば、男ではなくて女性のほうを助ける」

「……なるほど……」


 そのほうが、種全体としては合理的だったのだ。ソニアは理屈を理解して、うんうんと深く頷いた。


「アルノーツも初めは、一夫多妻の国だと思って嫁入りを敬遠していたね」

「あ、はい……父は一夫多妻の印象が強かったようで……」

「君の国が俺たちのことを蛮族と呼ぶのも無理はない。つい最近まで俺たちは個よりも種としての集団を優先する野生に近い生き方をしてきたのだから」

「そんなことありません! この土地で生きていくのに必要な生き方だったのですから……」

「はは、ありがとう」


 シャルルは笑い、そしてふっと目を細める。


「……俺たちは、個としての個よりも、集団としての種を優先し、そして生き抜いてきた歴史がある。今、俺という個があるのは先祖たちが集団としての命を繋いできてくれたからだ。俺はティエラリアの歴史を誇りに思う」

「はい、私もそうして生き抜いてきたみなさんのことを尊敬します」

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい」


 シャルルとソニアはニコ、と笑い合う。

 愛国心の強いシャルルは自分の国の話をしていて、気分が乗っていたのだろう。いつになく饒舌だった。


「より種としての生存確率をあげるために、過去には最も強い男……種男を決めるトーナメントなどもあったくらいで」


 聞き慣れない単語にソニアはきょとんと首を傾げた。

 シャルルは少ししまった、という表情で口元を手で押さえた。


「……種男?」


「あー……わからないか。これは、その、まあ、俺の口から君には話したくないな。どうしても気になったら、今度ティエラリアの城に戻ったら、図書室の歴史の本に書いてあるから読んでおいで」

「は、はい」


 シャルルにしては珍しく言葉を濁す姿を怪訝に思いつつも、ソニアは素直に頷いた。


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