11.ティエラリアの歴史①
「今日は一日そばにいれると思う」
「あ、ありがとうございます」
そしてシャルルは宣言通り、ソニアが風邪を引いている間、そばにいようとしてくれたようだった。
「でも、シャルル様まで風邪を引いてしまったら」
「大丈夫。俺はそれこそ、風邪引かない性質だから。母上にはあまり似なかったんだよな。兄貴は結構ちょこちょこ風邪引くけどね」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。でも兄貴もちょっとずつ風邪引くからあんまりひどい病気にはならないよ。まあまず兄貴のが俺よりも大分繊細だろうなあ……」
繊細。その対義語として、『豪快』『大胆』などが思いつくが、シャルルはどうだろうか、とソニアは考える。
(……でも、たしかにシャルル様は意外と……大胆不敵なところはありますね……)
戦を得意としているシャルルは判断が速く、結構思い切りもよかった。
基本的には大らかで優しいけれど、頑固なところもある。
シャルルはソニアが横になっているベッドの隣に椅子を置き、そこに腰掛けていた。
「今日は寝ないのか?」
「あ……昨日だいぶ寝かせていただいたので、今日はあまり眠くないんです」
それに、シャルルがすぐそばにいては正直なところ寝にくかった。毎日毎夜隣で寝てはいるものの、一緒に眠りにつくシチュエーションと、眠る自分とそれを見守る体勢のシャルルでは少し具合が違っていた。
「じゃあ、せっかくだから何か話そうか。気になることとか、絵本を読んでもいいし」
「えっ、絵本ですか?」
「ああ。君はこういうのも興味深いんじゃないかと思って。ほら、ティエラリアの歴史のことも知りたいってこの間話してくれただろう? いつか一緒に読んでみたいとは思っていたんだ」
「あ、ありがとうございます」
シャルルはサイドボードに置いてあったいくつかの本のうちから一冊を手にとり、ソニアに手渡した。
紺色に塗りつぶされた背景には、白や黄色の丸い点が散らされていた。夜空の星、だろうか。下の方に白い犬の絵が描かれている。
「これはフェンリル、ですか?」
「ああ。これはフェンリルの神がティエラリアの大地に降りたった時のことが描かれた絵本なんだ」
ソニアはそっと絵本を開く。子どもが読みやすいように、だいぶ絵は抽象化されているし、言葉もふんわりとした不思議な表現で書かれている本だった。
シャルルは絵本に書かれている文字をそのまま読まずに、解説をつけ加えながらソニアに読み聞かせてくれた。
「フェンリルの神は神々との戦で疲れ果てていた。ティエラリア以外の土地は大神の愛した土地神が根付いていて、フェンリルの神はなかなか身体を休められる土地を見つけられなかった。世界中を旅して、ようやくフェンリルの神はティエラリアの大地を見つけるんだ」
絵本の中のフェンリルの神は、白い毛皮も黒く汚れ、身体に矢が突き刺さったまま放浪している姿が描かれていた。
「最初は少し休むだけのつもりだった。だけど、土地神も宿らない痩せ細った大地に暮らす人々を見て、戯れに憐れみの感情を持ったらしい。魔物であるのにも関わらず、傷ついた自分を受け入れて、捧げ物をくれた人たちにお礼の気持ちで自分の子どものフェンリルを与えてくれたそうだ」
シャルルはページをめくりながら、静かに話す。
「そして、そのままフェンリルの神はティエラリアの大地の守り神になったと……その伝承を元にした絵本だよ」
「なかなか深い内容ですね……。絵も子ども向けのわりに、結構しっかり血が……」
「まあ、ティエラリアで育っていると自然と獣肉の解体とかで血はよく見るから、子どもも慣れてるんじゃないかな」
「そ、そう……ですか……?」
あっさりと答えるシャルルにソニアは小さく首を傾げる。
「神々の戦いに負けて放浪していたフェンリルの神、元のすみかを追いやられて氷の大地に住むようになった人たち、昔の人たちはそれを重ねていたのでは、と言われているな」
「なるほど……」
そういえば、とソニアはふと思い出す。
「ティエラリアではフェンリルの神を崇めているのに、教会の像は女性の……女神像でしたが……」
「彼女は人でありながら、かつてのフェンリルの神と結ばれたと言われている。神と婚姻したから、彼女も『女神』と呼ばれるようになった」
「フェンリルの神と……」
いわゆる、異種婚姻譚か。アルノーツにはないけれど、外国にはいくつかそういった神と人の婚姻の物語があると聞いたことがあった。
「ああ。ただ地方によっては結構謂れが違ってね。フェンリルの神は人と意思疎通が難しいから、通訳としてフェンリルの神が作った人型の遣いとも言われているところもある。ともかく、ティエラリアにおける女神像は人とフェンリルの神を結ぶ象徴的な存在……といったところか」
「そうなのですね……」
ソニアは感嘆しながら頷く。
「俺はとても信心深いというわけではないが、神話というのは曖昧なところがあるのがおもしろいと思っているんだ。君は?」
「わっ、私もそう思います!」
前のめりでソニアは答えた。
「特にティエラリアは広い土地の国ですし、元々は別々の民族だった……ということで、地方独特の信仰がきっとあったのですよね。その土地ごとに違う考え方をしているのは興味深いです」
「あはは、同じ気持ちで嬉しいよ」
シャルルは爽やかに笑う。







