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10.ただの風邪

 シャルルはソニアが寝ている自室の戸をノックし、声をかける。


「……ソニア? 倒れたって聞いたけど……」

「あ、シャルル様……」


 ソニアはちょうど身体を起こしていたようで、扉を開けたシャルルを丸い目を少し驚いたように大きくして見やった。


 ソニアの傍にいたリリアンはシャルルの姿を認めると小さく頭を下げる。


「わたくしは外におりましょうか」

「ああ、そうだな。ありがとうリリアン」


 気を遣ったらしいリリアンにシャルルは礼を言う。

 では、といつもの無表情でリリアンは静かに退室した。


「……具合はどう?」

「あっ、少し寝たらもうすっかり! ちょっとだけ寒気があるくらいで……」

「大変じゃないか。これからきっと熱が出るよ、もう少し寝てるといい」

「あっあっ、でも、本当にそんなたいしたことはなくて!」

「それでもちゃんと寝てたほうがいい。倒れたと聞いたから、思っていたよりかは顔色が良くて安心したけど……」


 心配そうに眉を寄せるシャルルにソニアは恐縮して小さくなりながら答える。


「は、はい。どうも最近……なんと言いますか、気を張っていたといいますか……」

「そうか。本来なら、君みたいな女性に畑仕事をさせてしまうのもよくないとは思っていたんだが……すでに成果は見えてきているのだし、しばらく畑作業は休もうか」

「いえ! それは全く! むしろ、私は土いじりはとても楽しくて生を実感しているくらいで……」

「そ、そうか?」

「はい! なんといっても少し世話をしたらすぐに芽が伸びたり、目に見えて成果が見えると嬉しくなります! 畑仕事、楽しいです!」

「……うん。それは……まあ、畑仕事をしていて、そうなるのは恐らく君だけなんだが……」


 苦笑を浮かべるシャルルにソニアは若干戸惑う。


(……まあ、本来、そうはならないのだろうという気は薄々しておりました……)


 そうでもなければ、この世に飢饉に苦しむ人や国は存在しないだろう。


 それに、エリックやノヴァの反応からもあの成長具合は異質だと察せられた。

 間違いなく、自分の『聖女』の力が起因しているのであろう。


 アルノーツでは力を注ぎ込むことで木々を育てたり、花を咲かせることは儀式的に行ったことがあるが、聖女が農作業に勤しむというようなことはなかった。まさか、ただ種を蒔き、水をやるくらいでこんなに発育を促すことになろうとは。

 過剰すぎる力を持つソニアだからこそなのか、聖女の力を持っていれば誰でも同じような成果が得られるのかはわからないが。


「まあ、楽しんでやってくれているのならよかった。今日はちょっと疲れが出たのかな」

「は、はい。お医者様は軽い風邪だろう、と……」

「……そうか」


 シャルルはそっと目を細める。

 ソニアが少しくすぐったさを感じるほどのしっとりとした眼差しに小首を傾げると、シャルルはわずかに頭を振ってから口を開いた。


「そうやって、ベッドに横たわっている姿を見ると母を思い出す」

「シャルル様のお母様ですか?」

「ああ。母は俺を生んでから産後の肥立ちが悪かったのか、ほとんど寝てばかりになってしまって……。記憶に残ってる母はいつもベッドの上で儚げに微笑んでいるんだ」

「……それは……」


 ソニアは口ごもる。


 確か、シャルルがまだ幼いうちに亡くなってしまったと聞いている。肖像画を見せて貰ったことがあるが、とても美しい人で、シャルルは母親によく似ていた。

 優しそうな眼差しなどは生き写しのようだった。


 きっと、心優しい女性だったのだろうとソニアは思いをはせる。


「だから、君のそんな姿を見ているとこのままずっとベッドにこうして寝たきりになってしまったらどうしよう、とふと考えてしまう」

「わ、私! 身体は丈夫ですよ、風邪もほとんどひいたことありませんし!」


 ソニアはシャルルの不安を払拭せねばと気合を入れて握り拳を二つ固めて見せた。

 それを見たシャルルはくすりと笑い、ソニアの頭を優しく撫でる。


「そうだな、君は……元気だな、うん。ちょっと妙なところに突き抜けてしまうところはあるけれど」

「きょ、恐縮です」

「だから心配になることもある。さっきも言った繰り返しになるけど、無理はしてない? なにか困っていることとか……」

「困っている……」


 瞬間的に脳裏に浮かんだのはノヴァだ。

 目下のソニアの悩みは、どうにかしてノヴァに認められたいということ。

 そのためにソニアなりに頑張って、そして結果気を張りすぎたためか体調を崩してしまった。


 普段ならもう少し上手にできるテーブルマナーなどのことでも、ノヴァの厳しい目があると思うと肩に力が入ってしまって余計な失敗をしてしまったりしている。


(でも、これは私が乗り越えないといけないことですもの……)


 ソニアはシャルルに、ふるふると首を横に振った。


(なぜか最近いつもノヴァくんがずっと一緒にいるようになったのも、むしろチャンスだと思わなくては! 少しでもたくさん、『コイツ思ってたよりもマシだな』と思ってもらえるように!)


 シャルルはソニアが気合いを入れているのに不思議そうな表情を浮かべつつも「そうか」ともう一度ソニアの頭を撫でた。

 そして、ソニアの前髪を手のひらであげて、額にそっと口づける。


「……!」

「あまり無理はしないようにな。俺の奥さん」

「は……はい……」

「ごめん、なんだかよくわからないけど、かわいくて」

(き、気合いを入れているのが……?)


 困惑しつつ、ソニアは赤くなった頬を押さえた。


(……シャルル様は私のことを、大事にしてくださっている……)


 では、自分はどうだろうか。

 シャルルと同じだけのものを、自分はシャルルに与えられているのだろうかと思うと、ソニアの胸には疑問が沸く。


(せ、せめて、好き……とか、それくらいは……)


 言えたらいいのでは、と思うのだが、シャルルを目の前にすると、ソニアはどうしても口が動かなかった。


(い、言えないなら、態度で示していくべきでは! ノヴァくんのこともありますし、『良妻』アピールを……少しずつ……!)


「……ソニア? 俺は無理しないで、って言ったんだけど、なんだかまた妙に力が入ってないか?」

「えっ、あ、は、はい! 頑張ります!」

「まあ、君のそれは性格だろうから、無理するなというのも難しい話だろうが……。とりあえず、今は体調を整えるのを最優先にな。俺も、できるだけ時間をとってそばにいれるようにするから」

「い、いえ! リリアンもいますし、大丈夫です!」

「ウロボスにもこういう時は夫は妻に寄り添うべきだ、と言われたよ。なに、復興もすでに軌道に乗りつつあるんだ。俺がいなくても他のみんなも要領はわかっているし、何もずっと抜けるわけじゃないんだし」


 シャルルの大きな手のひらがソニアの手に重ねられる。

 いつもは見上げるシャルルの顔が、ソニアよりも少し低い位置にあって、シャルルは上目遣いにソニアを見つめていた。


(そ、その顔は卑怯なのですが……!)


 うんともすんとも言えないソニアに、シャルルはニコと笑い、トドメを刺した。


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