8.内緒話
「おやまあそれで君がナイト役になったわけ。それはそれは」
「あなたのせいですよ、なにを白々しく」
「あははは、そうだよね。ごめんごめん」
ノヴァにジト目で見られてエリックはへらへらと笑った。
「あ、あの……」
ソニアにとっては居心地の良い自分だけの秘密基地感覚だった畑。しかし、いま、この空間はギスギスとした空気が漂っていた。
二人でかたやつんけん、かたやヘラヘラとしているノヴァとエリックにソニアはたまらずという様子で声をかける。
「ちょっとあなたは黙ってて」
「は、はい!」
だが、ノヴァが睨みがそのまま自分に来てソニアはぴしゃりと背を正す。
そそくさと作業に戻っていった。
「未来の義姉さんにそういう態度なのよくないんじゃない? ノヴァ」
「エリックも! あなたがなんだか怪しい態度なんてとらなければこんなことにはならなかったんですよ! 僕がこんな! こんなポンコツのお守り役!」
ノヴァは腰に手をやり、エリックを見上げる。
エリックはまいったなあと、またへにゃへにゃとした顔で笑みを見せる。
ノヴァはソニアの背を一瞥する。
(あなたはなんとも思ってらっしゃらないみたいだけど、やることなすこと全部ものすごいことになってるんですからね……)
ソニアが水を撒き、葉についた汚れを拭おうと葉を撫でれば、植物は目で見てはっきりわかるほど成長を見せる。
こんなこと、普通ではあり得ない。『奇跡』だ。本来ならば、秘匿されるべきである。
アルノーツはあえてその奇跡を見せびらかすように聖女を誇示していたが、ノヴァはそういったお披露目向きの力よりも、ソニアが今無自覚に発動しているような力の方がよほど――他国にとっては魅力的にうつるものではないかと危惧している。
(あの国は聖女に頼ってるだけの国ですからね。あまりおつむは良くないでしょうけど……だから派手でわかりやすい力ばかりを使うのを好み、こういった力の可能性を検討しようとしなかったんでしょうか。……バカだからこそか、もしくは、かつて昔にあえてそうするように取り決めたものでもいたのか……)
つい一瞬意識が思考の海に落ちてしまったが、ともあれ作業に集中しているらしい姿を見て、エリックと向き合い直した。
「……エリック。実際のところ、あなたは何を考えているんですか。ソニアさんにちょっかい出すそぶりは、おじさんへの嫌がらせ? それとも本気で、『聖女』に価値を見出している?」
「ええっ、ソニアさんがかわいいから、って可能性はないの?」
「僕、あの人のことは全然かわいいって思えないからないですけど」
あるんです? とノヴァは顔をしかめた。
「ノヴァったら、不思議なほど彼女に冷たいね。やっぱり嫉妬かい?」
「は? しませんけど。おじさんにふさわしくない恥ずかしい方だから嫌でたまらないだけです」
「ちょっと僕、ソニアさんに同情しちゃうなあ。そんなに言われなくてもよくない?」
ふん、とノヴァはそっぽを向く。
「誤魔化そうとしないで。ねえ、エリック。あんまりおかしなことしようとしたら、強制退去させますよ。ここは僕たちの国ですから」
「あはは、それはもちろん。なんだい、君は僕が妙な気でも起こしそうに見えるのかい」
「……あなたがおじさんのこと煽りたいだけなら、いつもの悪い性格が出たなってだけですけど」
「ソニアさんの力はすごいよねえ」
「……」
ノヴァがわずかに言い淀んだ言葉を先んじてエリックが発する。
「安心して。君もカラディスの国の実り豊かさは知っているだろう。アルノーツにだって負けないくらいだ、そんな喉から手が出るほど欲しいってほどじゃあないよ」
いまいち白々しい言い方にノヴァは眉をしかめる。
「まあ、ティエラリアの手に余るようなら喜んで引き受けるよ。あの器量ならシャルルのお手つきでも僕全然平気……っと」
「? 再婚の女性でも……って意味ですか?」
「ああ、うん、大体そんな感じな意味だ。ノヴァにはまだ早い言い回しをしてしまったね」
「もっと申し訳なさそうにすべきことは他にあるでしょ」
妙な言い方をするエリックに首を傾げたノヴァの頭をエリックはぽんぽんと撫でる。対してノヴァは少しムッとした。
「ねえ、ノヴァ」
「なんです」
「君はシャルルにはソニアさんはふさわしくないと思ってる、二人は別れたほうがいいと思うってことでいいのかな?」
「……まあ、おじさんにはもっといい人がいると思いますけど……」
だが、それとは別で、ソニアをティエラリアは手放すべきではない。
(何もおじさんが人身御供のようにソニアさんを引き受けなくとも、親族の中から改めて婚姻相手をあてがったっていいわけだし……)
ノヴァは賢いが、幼さゆえに人の心に寄り添わぬことをよく考えた。
そんな折、エリックはノヴァの耳にそっと囁く。
「ねえ、それなら二人が気持ちよく別れられるように僕協力してあげようか? 僕が間男になってあげる」
「だから、それがダメだっておじさんはあなたを警戒しているんです! そんな僕のために……みたいな言い方して誘導しようとしないで!」
「あはは、冗談だよ冗談。でも、君も難しいことを考えるよねえ。おじさんとは別れて欲しいけど、彼女は手放せないと思っているわけだろ? 十歳の思考はもっとシンプルであるべきだぜ」
「……エリックは嫌なことを言う」
「そう?」
エリックは目を孤の形に細めた。
飄々としているが、遊び人がゆえにか、エリックはしばしばまるで人の心を見透かしているのだというような態度をとる。
そして、人が嫌がる一言をサラッと言うのがエリックはうまいのだった。
「……エリック、だから学園で僕以外に友達がいないんですよ……」
ため息をついてそういえば、エリックはわざとらしく目を丸くした。
「嘘でしょ、僕、めちゃくちゃ交友関係広いんだけど」
「自分ではそう思ってるんですね。よかったですね」
「ノヴァも結構物言いきついよね」
エリックはまたヘラヘラと笑う。
この男はどう聞いたところで、絶対に本心は言わないだろうとノヴァは呆れたように眉根を寄せた。







