7.お守り係任命
長らく更新お待たせいたしました。本日より毎週金曜に更新再開していきます。
完結までしばらくこの作品の執筆に集中するつもりです。
更新滞ることのないように頑張ります!
「ええっ、僕がソニアさんのお守りですか?」
「ああ、ちょっとエリックが心配で。俺は他にもやることがあるからずっとそばにいてやれないし、ノヴァになら安心して頼めると思ったんだが……」
う、とノヴァは言葉に詰まる。尊敬するシャルルからそう言われると、ノヴァは弱かった。
「そ、そう言われたら断れませんね……。仕方ない、特別ですよ!」
ノヴァは腕を組み、ふん、と鼻をならしつつ、シャルルの願いを聞き入れた。
◆
(……それで、つい、引き受けてしまいましたが……)
むっつりとノヴァは唇を尖らせる。
「あれ? ノヴァくん、今日はシャルル様のところには……」
「僕にも色々あるんです。あなたは? 畑の面倒を見るんでしょ、早く手を動かしたらどうですか」
「はっ、はい! もちろんです!」
今日もとぼけた態度のソニアに、ノヴァはふんとそっぽを向いた。
(エリックのことが心配……。エリックの、女癖の悪さですかね)
カラディスの学園でのエリックの様子を思い返し、ノヴァはわずかに眉をしかめた。エリックは女好きで、しょっちゅうガールフレンドを作っていた。
仮にも王族がそんな放蕩に耽っていてよいのかと聞けば「うん、だって僕どうせ三番目の王子だし」とケロッと答えられて頭を抱えた覚えがある。十歳にそんなことを心配させないでほしい。
ソニアは見た目だけであれば、間違いなく美人と称されるだろう。
中身はノヴァからすると信じられないくらい残念だけど。
エリックからしたらちょっとお遊び――程度にはちょうどいいと思って、いたずら心に火がついていてもおかしくないかもしれない。
(僕は認めないけど、あなたはおじさんの奥さんなんだからもっとしっかりしてるべきでしょうが。僕は認めないけど!)
ノヴァは一周回って、女好きのエリックよりもソニアに腹が立った。
こんな隙だらけだからエリックに目をつけられるのだ。
「……何してるんですか?」
「あっ、あの、種をですね……水に浮いてきたものとちゃんと沈んだもので分けようとしていたんですが……全部、ぶちまけてしまいまして……」
ソニアは呆然と横に倒れているバケツの隣で固まっていた。そして、種は水で流されてどこに行ったのかわからなくなってしまって困っているのだろう。
「貴重な資源ですよ。ちゃんとしてください」
「はい! 申し訳ありません……! もうこのようなことはないように、至極注意を払います!!」
「はっ、ま、待って! 高貴な身分の人間がそんなふうに頭を下げるんじゃない!」
ちょっと小言を言ったつもりが、ソニアは俊敏な動きで地にひれ伏した。
親族関係で言えば、甥に対してするような仕草じゃない。
「す、すみません。新鮮な叱りだったので……」
「しんせん……? よ、よくわかりませんけど、まあ、反省しているのはわかりましたよ……」
「今、少し、シャルル様の話し方と似ていました。やはり血……? 育ち方ですかね……」
顔をあげたソニアはふふ、とはにかむ。額には泥がついていた。
シャルルと似ていた、と言われてノヴァはぴくりとわずかに眉を動かしたが、すぐに表情を引き締めて、ポケットに忍ばせていたハンカチをソニアに差し出す。
「……ほら、年頃の女性がそんなふうに泥をつけているものじゃないですよ」
「あっ、ありがとうございます」
ソニアは素直に受け取って、あせあせと泥を拭った。
服も泥まみれだから、これから洗うのであろう侍女たちが大変そうだ。ドレスではなくて、農作業に適した作業着だから最初から汚れることは前提だろうが。
そんなソニアの様子を眺めながら、ノヴァは「ん?」と周囲の風景に違和感を覚えた。
(さっきまで、こんな……草、生えてたかな……)
ソニアが種ごと水入りバケツをひっくり返したらしい土の部分に、ぴょんぴょんと小さな芽が生えてきていた。
雑草――いや、さきほどまで、何もなかったはずだ。
「ソニアさん。なんの種を植えようとしていたんですか?」
「大根です! エリックさんから、いただきましたので!」
それを聞いて、改めてノヴァはしげしげとその芽を近くで観察する。
かわいらしい丸みのある双葉。これは、大根の芽だ。
「……嘘だろ……」
さっきまで、種だったはずのそれが発芽している。
ソニアがぶちまけたせいで、畑にぐちゃぐちゃにぴょこぴょこと芽を生やしてしまっているが、それはともかく、種は発芽していた。
「ソニアさん、よく見て。種、芽が出てるから」
「え? ……あ! ほ、本当ですね!」
よかった、ダメにしたんじゃなかったんだ、とソニアはほっと胸をなで下ろしていた。
いや、着目すべきところはそこじゃない。
「……これ、どういうことですか?」
「どういうこと……といいますと……」
「普通、種からこの速度で発芽するなんてありえない。なんで水を入れたバケツに浸しただけの種が発芽するんですか」
「それは……たしかに……」
ソニアは大真面目にハッとした顔で口元に手をやる。
「とぼけてるんですか? なんですか、その驚き」
その仕草が嫌味に見えて、ノヴァは眉間にしわを寄せる。
「あっ、いえ、私自身驚きでして……! またちゃんと植えてもいないのにこんな……」
「自分の力を把握していないんですか? よくわかりませんけど、『聖女』の……力なんでしょ、これ」
「そ、そうだと思います。けど、お恥ずかしながら私も作物を育てるということをいままでしたことなく、未知ですので……」
「いやまあ、王族なら農作業したことなくてもおかしくないですけど、そうじゃなくて」
ソニアは申し訳なさそうに眉を下げて、はにかむ。
「……もう少し大きくなったら、ちゃんと植え替えしてあげたら育つんじゃ無いですか。よかったですね、無駄にしなくて」
「はっ、はい! よかったです!」
どんなにツンケンして言っても、けろっとしているソニアにノヴァは内心面白くなさを感じつつ、彼女から目を逸らした。
「シャルル様からも、エリックさんからも『普通はそうはならない』とは言われたんです。でも、その時はちゃんと植えてあげていたものだったので……。ちゃんとお世話もしていないのに、勝手に発芽するなんて、私もまさかこのようなことになるとは……」
「……エリックも、この尋常でない発育を促す力を見たんですか」
「えっ、あ、はい。カラディスは農業が盛んなんですよね、それで、様子を見に来てくださったみたいで……」
こうして種もくださったんです、とソニアは嬉しそうに微笑む。
――違う、そうじゃない。僕が気にしたところはそこじゃない。
さっきからソニアとうまく意思疎通ができていないことにノヴァは頭が痛むばかりだった。
なんなんだこの人は、とますますノヴァはソニアに困惑を覚えた。
だが、ノヴァはふと我に返る。
(なるほど、おじさん。ただエリックの女好きを警戒してるわけじゃなくて……)
『聖女』である彼女の価値をエリックには知られないようにフォローをしてほしいのか、とノヴァのその時シャルルの意図を悟った。
(……仕方ない。こんなぽやんぽやんしている人、不安しかないし、ティエラリアのためです。お守り役、やってやろうじゃないですか)
ノヴァは眉を引き締め、なぜか発芽した種たちをしゃがみ込んで眺めているソニアに視線を移した。







