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6.エリックという男

 ◆


「……はあ、全く、ノヴァの奴」


 シャルルはため息をつき、近くの小屋の壁に背をついて項垂れる。

 諭そうとしても、ノヴァは聞く耳を持たず、余計に反感を強めるばかりだった。果てには隙を盗んで、どこかに走り去っていってしまった。


 ティエラリアの王族は、一番狩猟がうまい一族が祖になっている。それだけに身体能力に秀でたものが生まれることが多いのだが、ノヴァも例に違わず、歳のわりに足が早かった。

 とはいえ、シャルルが追いかければ追いつくのは容易い。だが、追いかけてまた諭そうと、本人に聞く気がなければ意味はないだろうとシャルルはひとまずこの場では、ノヴァに言って聞かせることを諦めた。


(……しばらく近くで過ごしていけば、自然とソニアのいいところも目につくと思うんだが……)


 ノヴァは小さい頃から賢い子だった。それだけに、身の回りの年長者に対して斜に構える傾向があった。

 なぜだかシャルルはノヴァには尊敬されていて、シャルルにそういった態度を取ることはなかったが、ノヴァは『大人よりも僕のほうが賢い、子供の僕の方がすごい』と驕り高ぶるきらいがあった。


 それを危惧した父親・カイゼルはあえて外国の地で社会経験を積ませようと考えて、ノヴァをカラディスに留学させたのだが――今のところ、あまり成果は見られないようだ。


(兄貴とは性質は違うけれど、ノヴァのあの真面目さがいい方向に向けばノヴァもいい王になると思うんだが……)


 なぜだか、うっすらとアルノーツの王女・アイラの顔が浮かんだ。いずれ国を背負う立場になる彼らが良い方向に成長していったらいいのだが、と両国のこれからを思い、シャルルは重い頭を手で押さえた。


「……どうしたの? シャルル」

「エリック」

「疲れた顔してるね。あっ、そういえばさっき脱兎の如く走るノヴァとすれ違ったよ」


 声をかけられ振り向けた、エリックはカラカラと笑っていた。


「……ノヴァは、カラディスの学園ではどう過ごしている?」

「ノヴァは優秀だからおおかたの学問の初級は単位認定もらってるよ。今度試験を受けて、本当はまだ対象年齢じゃない講義も受けれるようにするみたい」

「勉強面での心配はあんまりしてないんだが、交友関係とかは……どうだ?」


 カラディスの学校は下は六歳、上は上限なく、学問をおさめることができる。


「……そうだなあ、一番仲のいい友人が僕って言ったら、お察しいただけるだろうか」

「……そうだな、わりと察せられる……」

「おいおい、そこは旧友としては否定しておくところだろう!?」


 シャルルは目を眇めてエリックを見下ろす。


「エリック。俺はお前を友人とは思っているけど、人としてはあまり信用してないんだ」

「なあに、それ」

「お前はあまり本音を語らないから」


 エリックは整った細い眉をぴくりとわずかにあげた。


「ふうん、で、ノヴァはどうしたの。お前はあの子からは珍しく慕われているだろうに」

「どうもソニアと相性が悪いみたいで。年頃だから、年上の女性に対してそういう態度を取ってしまうのもあるのかもしれないが……」

「へえ、美人を相手するのは恥ずかしいのかな」


 エリックは面白がるような様子でクスッと笑った。

 もしかしたら、ノヴァから「ソニアさんが」と話をすでに聞いていたかもしれない。目を細め、エリックはシャルルを見上げる。


「――ねえシャルル。お前が持て余すようなら、僕が彼女をもらってあげようか」

「エリック。お前は冗談しか言わない男だと思っていたけど」

「……そうだよ? 相変わらず冗談が通じない男だな、シャルル」


 ふう、とエリックはため息をついた。

 そして、弧を描くように目を細めて微笑む。


「でも、僕の冗談で君がそんな顔するのは初めてだなあ。ちょっとは冗談がわかるようになったのかな? ふふっ」

「エリック。俺は、俺の妻のことで冗談は言われたくないよ」

「わかったよ。もう冗談は言わないよ」


 肩をすくめてみせるエリックだが、不敵にシャルルの目を見つめていた。


「……なあ。本気でなら言っても構わないってことだろう? カラディスとしても『聖女』は魅力的、くわえてあの器量なら僕としては大歓迎だ」

「カラディスの第三王子としてそう話すぶんには構わないよ。俺と彼女は和平の条件で結ばれた関係だ。これを崩すという意味は王子のお前にはわかってるよな」

「――もちろん」


 にこやかにエリックは笑ってみせる。

 そして、手のひらをヒラヒラと振って、どこかに静かに去っていってしまった。


 一人その場に残されたシャルルは眉間に皺を寄せる。


「……」


 エリックの女癖は悪い。本人はけして語らないが、王位継承者としての期待のされなさや親からの放置による心の隙間を埋めようとしてか、エリックはしょっちゅう女性をそばに侍らせたがっていた。


 何事にも本気になるのを避ける癖のある男だ、それだけにシャルルの大事な女性に手を出せる気概はない――とは思うが。


(念のため、ソニアにはあまり一人にならないようにしてもらうか……)


 復興作業の指揮は自分が取らなければいけない。ずっとソニアにつきっきりでいるわけにはいかない。


 侍女のリリアンをずっとそばにいさせたとしても、リリアンもまた力の弱い婦女子だ。抑止力としては弱い。


(……どうせなら、ついでだ。アイツにソニアのそばにいさせるか)


 シャルルは顎に手をやりながら、思案した。

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