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5.アルノーツの黒い影

「――ふむ。あの花嫁は、『聖女ではない、偽りの花嫁』だった、と」

「……と、本人はそう申しておりますが……」


 人払いがされた王の間で二人。王弟シャルルと国王カイゼルはそろって剣呑な表情を浮かべていた。

 シャルルは昨日聞いたソニアの告白を王カイゼルに伝えたのだ。カイゼルはシャルルの髪と同じ白銀色の髭を撫でながら口を開いた。


「なるほど、第一王女を差し出したのは我が国への敬意あってのことかと思ったが、まさかその逆だとは」

「『聖女』の力というものの定義も我々には計り知れないこともあります。……また、彼女自身の性質、なのですが」


 ほう、と顔をますます引き締め、カイゼルはシャルルの言葉に注意を払う。


「どうも自己評価が低すぎる」

「……というのは」

「今も自分は罪人であると思い込んでいて、自分は極刑を受けるのだという未来をなぜか信じ込んでいます。……あの自己肯定感の低さ、己の命を軽んじる性質は一朝一夕に身についたものではない。おそらく、彼女の生育環境に起因したものだと……」


 カイゼルは眉を吊り上げた。シャルルは淡々と続ける。


「彼女の自己肯定感の低さからいうと『自分には聖女の力がない』という言葉をそのまま受け取って良いだろうか、という懸念。それと同時に、第一王女である彼女がそのような人格が形成されるに至った理由として考えられる『本当に聖女の力がなかったから』という可能性。どちらもあり得ると自分は考えています」


「……しばらくは様子を見るべきだな」


 カイゼルは小さく首を振る。


「ただ、アルノーツ王家が我々を謀ろうとしていたことは明白でしょう。表向きは和睦で合意いたしましたが、今後どのような害意を向けてくるかはわかりません。そこは警戒すべきかと」

「ああ。アルノーツの動向は今後も注意深く観察し思惑を探ろう。……彼女が、アルノーツの国でどのような扱いを受けてきた王女であったかもな」


 シャルルは深く頷く。


 これはシャルルの推測に過ぎないが、彼女は端的にいえば、虐待を受けていたのではないだろうか。

 本来持ち得ているはずの力を持たずに生まれ、王家の一員としては認められず粗末な扱いをされて育ってきた、となれば彼女の立ち振る舞い方、言動にも納得がいく。


(彼女がスープの熱さにあれほど驚いていたのは、文化の違いの問題だけではないだろう)


 ――アルノーツの国ではコールドスープがベーシックなのかもしれないが。だが、彼女は「そうだ、スープは熱いものでしたね」と言っていた。アルノーツの国でもきっと本来スープは温かいはずだ。

 目の下に深く刻み込まれた隈、おどおどとした態度、細い体躯。それら全てが彼女が普通の育ち方をしていないことを物語っていた。


「私としては仮に彼女に『聖女』の力がなかったとしても、彼女が我が国にやってきた花嫁には変わりないと考えているが、お前はどうだね。シャルル」

「俺もそう考えています。彼女がどのような身の上であれ……花の王国、神の国から送り出された一人の尊い女性であることに変わりはない」


 国王の言葉にシャルルは安堵して、わずかに表情を緩めた。

 シャルルは彼女と会ってまだ一日だが、すでにシャルルの胸の内には彼女への情が湧いていた。当然、まだそれは愛しき女性に向けるというものではないが。


 さて、話すべきことは話した。シャルルは王の間を去ると相棒の待つフェンリル厩舎へと向かっていった。


(……朝はだいぶん失礼なことをしてしまった。肩書上では妻とはいえ、まだ信頼関係を築けていない相手の頭を撫でるなど……)


 王城に設けられたフェンリル厩舎は大きく、たくさんのフェンリルたちが生活している。よく世話をしてやっているシャルルが訪れると、すぐさま彼らは瞳を輝かせて尻尾を振りながら一目散にシャルルに向かってくる。突撃してくるフェンリルたちをいなしつつ、彼らを撫でてやりながらシャルルは今朝の振る舞いの反省をしていた。


 ただでさえ彼女は自分を、いやこの国まるごと警戒しているだろうに。なぜそんな軽率なことをしてしまったのか。


(……なぜだろう。彼女はとても美しい人だというのに、なぜか……少し……)


 ――犬っぽいんだよな。


 シャルルはストンといく答えに行き着いた、が、この考えは蓋をしておくことにした。いくらなんでも、失礼すぎる。


(自己肯定感は低すぎるが、素直で素朴な……愛らしい人だ)


 うん、とシャルルは一人頷いた。寝転がるフェンリルの腹を撫でながら。


「みんな、俺、結婚したんだ。今度お前たちにも紹介するよ、とてもきれいな人だよ」


 シャルルの言葉に賢いフェンリルたちはウゥーと高く細い声を揃ってあげる。フェンリルが喜びの感情を示す時の鳴き方だ。フェンリルは人の話す言葉の意味のほとんどを理解している。『結婚』というのが番と結ばれるという意味であることも。


 シャルルの相棒、メスのフェンリルのラァラが彼らを代表してか、シャルルに近づき、シャルルの頬をベロリと舐めた。


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