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26.難航

 妹の来訪事件があって数日後。ソニアはフェンリル厩舎にいた。


「……シリウス、目が見えないのは不便じゃない?」


 ソニアは丸くなって寝ているシリウスの伏せられたままの目をそっと手のひらで覆う。

 シリウスはぶすーっと鼻を鳴らし、「問題ない」とソニアに意を伝える。


「わっ、い、痛くない?」


 そして、ソニアがかざした手のひらに瞼を押し付けるように擦り付けた。

 シリウスはむしろ気持ちいいのだ、とでも言うかのようにグルル、と甘えた鳴き声を出す。


「わわっ」


 そうこうしていると、ソニアの腰のあたりを誰かがつついた。

 シリウスの妻、そしてシャルルの相棒のメスフェンリル・ラァラだ。


「やきもち?」


 ラァラは静かに首を振る。

 ラァラは嫉妬深いと聞いているが、これくらいは構わないようだ。


 ラァラを振り向くと、彼女の傍にはまだ小さなフェンリルがいた。

 子どもが三匹いるらしいラァラの、末の娘だ。


「ディアナもいたんですね?」


 返事代わりにディアナはソニアの胸に飛びついてきた。小さくてもさすがはフェンリル(魔物)、身体能力はとてつもなく高い。

 まだ遊びたい盛りだそうで、ソニアがフェンリル厩舎を訪れた時にはよく遊び相手になっていた。


 ディアナを抱き抱えてやると、ベロベロと顔を舐められる。ざらついた小さな舌の感触がたまらなくかわいらしい。

 子フェンリルは大人に比べると体毛も柔らかく、感触も見た目もふかふかしていて大変愛らしい。


(こんなにかわいい子どもたちのことも、シリウスは自分の目で見ることは叶わない。……かわいそうに)


 ソニアの作る薬の類はよく効く――けれど、万能ではない。もうすでに失われてしまった機能を呼び戻すことはさすがにできない。

 仕方のないこととはわかっていても、ソニアはかつて病に苦しめられたシリウスのことを想い、胸が痛んだ。


 その間にもディアナはジタバタとしてソニアの手から離れていき、今度は足元をグルグルと回り出した。

 目が回らないか心配になるほど早く、ずっとグルグルとしている。


「すごい元気だからお母さんも大変でしょう」


 ラァラにそう言うと、ラァラは少し間を置いてからぐう、と喉を鳴らした。それから首を横に振る仕草を見ていると、その表情は人間だったなら苦笑しているような気がした。


「子育ては三回目ですものね。……え? 違う? ……四回目、って、まさか一回目はシャルル様?」


 聞くと、ラァラは頷いてみせた。なんだか少し誇らしげに。


「……ふふ、そうなんだ。シャルル様も昔はやんちゃだったの?」


 またもラァラは頷いて見せる。


「ラァラは本当にシャルル様にとってのお姉さんだったんですね……」


「――……なんだ? 俺の話をしていたのか」

「ひえっ、シャ、シャルルさまっ⁉︎」


 突如背後から声をかけられ、ソニアはびくつく。


 フェンリル厩舎の中に設けられたフェンリル騎士団の執務室にいたはずのシャルルだ。

 目をぱちくりとさせているソニアにシャルルはニコ、と笑いかける。


「フェンリル騎士団の定例会議は終わったよ。待たせてすまないな」


 会議が終わるまで護衛を離れてしまうから、ここフェンリル厩舎の中で待っていて欲しいと言われていたのだ。

 ラァラとディアナの毛皮をもふりながらソニアは首を横に振る。


「とんでもありません! ……あの、再三申し上げておりますが、私の護衛はなくても……」

「俺も何度も言っているけど、俺は君のそばにいるべきだと思うよ」

「……はい」


 この押し問答にソニアは勝てる気がしなかった。

 必要ない、と思うのだが、シャルルの圧が強すぎる。


 シャルルはラァラの頭を撫でながら、ぽつりとつぶやくように言った。


「なあ。ところで君は、フェンリルの話すことがわかるのか?」

「まさか! 私は分かりませんけど、みんながとっても賢いんです。私が聞いたらちゃんと頷いたり、首を振ったりしてくれるんです」

「はは、そうか。君ならフェンリルの言葉がわかっても不思議じゃないけどね」


「……私、そんな力はありませんよ」

「ああ。なんでもかんでも聖女ならそういう力もあるはず、とは思っていないよ」


 シャルルはそう言うと目を細めた。


 こういう眼差しで見られると、なんとも気恥ずかしい気持ちになる。ソニアはわずかに目を逸らして俯いた。


「あの……私、本当に聖女じゃ」

「この間の魔物だって君を狙っていたじゃないか」

「いえ、あの時はアイラが来ていたから……」

「俺はアレは君を狙っていたと思うけどな」


 シャルルは今度は苦笑を浮かべる。


「しかし、こう何度も魔物が君のところにやってくるというのは困りものだが……」


 首を捻るシャルルに、ソニアは慌てて頭を下げた。


「ももももも申し訳ございません! 私、今日から一人、外で……小屋で寝ます!」


 自分は聖女ではないから魔物は来ないと思うのだが、しかし、迷惑をかけ通しなのはよくない。

 すでに魔物の襲撃によって城の窓を二回も割ってしまった。遠い国には『三度目の正直』という言葉もあると聞く。


(そろそろ……暖かくなってきましたし! 小屋暮らしでもいけそうな気がします!)


 気合を入れて拳を固めるソニアにシャルルはわずかに眉根を寄せる。


「どうして君はそうやっていつも考えを飛躍させるんだ?」

「じ、実際ご迷惑をおかけしていますし……」

「まあ、その辺りはおいおい考えていこう。君一人をへんぴな場所に追いやる気はないよ」

「シャルル様……」


 ソニアを見つめるシャルルの瞳が愛おしげであることにソニアも気づき、ソニアはまた顔を俯かせた。


「……これから、少し慌ただしくなるかもしれない」

「? どうかされたのですか?」


 ややあって、シャルルは重々しげに声を響かせた。


「ティエラリア王国の南東部……アルノーツとの国境近くに古い集落がある。そこはティエラリア王国には属さず、独自の文化と伝統を大事にして暮らしている地域なのだが……」

「は、はい」

「集落近くの雪山が雪崩を起こすとフェンリルたちが予期して訴えている。避難を促さないといけないんだが……難航しそうなんだ」


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