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17.そのころ、『聖女』アイラは②

「……アイラ様。もう三日も神殿を閉じております、みな困っております。どうか、今日こそお力を……」

「うるさいわね……。わかってるわよ」


「ひっ」


 憤りを抑えられていない声音とともに、アイラは手身近にあった花瓶をわざと叩き落とした。

 女官はびくりと肩を震えさせる。


「なんでもかんでも聖女に頼ればいいと思って……。『聖女』は人扱いされないのかしら。休むことすら許されないだなんて」

「アイラ様のお身体は、もちろん、何よりも大事にされるべきでございます。ですが、『聖女』の奇跡がなくては……」


 歯切れ悪く喋る女官の言葉は最後まで聞くことなく、アイラは苛々としながら神殿の控え室を出て、廊下を肩で空を切るように歩いていった。


 一歩足を踏み出すたび、頭がズキズキと痛む。


(絶対に、姉様の呪いだわ……!)


 アイラはそう決めつけていた。


 姉が貧しい雪国に嫁いで行った。

 アイラの不調はそれから始まった。


 いつもと同じように聖女の奇跡を使えなくなった。以前なら一瞬で治していた怪我を治すのにも時間がかかるし、力を使った後とてつもない疲労感が襲ってくる。癒しの力だけでなく、作物を育てる力のほうも明らかに弱まっていた。

 それでも、アイラは真なる聖女として国の聖女の仕事をこなさなくてはならなかった。

 結果として、アイラの身体が限界を迎えつつあった。


 何をしていてもしていなくても常時頭痛がする、力を使うたびに血を吐きそうになる。


 父親と神官長に言って、神殿の治療会を開くスケジュールを調整してもらうようになったが、それでもつらい。


 今まではこんなことなかった。いくら力を使おうが、アイラが疲れることはなかった。こんなにも力が使いづらいということはなかった。

 もはや、己の身をすり減らしながら聖女の力を使っているのだという実感がアイラにはあった。


 ◆


「……今日の治療会は終わりよ、並んでる奴らには……怪我しているやつにはお姉様が使ってた軟膏、病気のやつには粉薬でも渡してやって」

「しょ、承知しました。……あ」

「なによ」

「……その、ソニア様が常備されていたお薬類はもう底をついておりまして」


 アイラは歯切れの悪い女官に対し、眉をつり上げた。


 アイラは治療会を早くに切り上げて、残りの列の人たちには神官と女官に任せることはたびたびあった。その時に使うのが、姉の残していった薬品類だった。


「なによ、準備が悪いわね。もうすぐ無くなることくらい見たらわかるでしょう? なんで在庫を調達しに行かなかったのよ」

「恐れながらアイラ様。アレらはソニア様がお作りになられたもので、売っているものではないのです」

「……はあ?」


 姉が? アイラはますます顔をしかめる。

 あのぐずな姉に薬を作るなんて器用さがあったのかという驚きと、どこにでも売っているものを買ってきてなんとかしていたんじゃないのかという疑問である。


「素人が作った薬でしょ? ちゃんと薬師が作ったもののほうがいいに決まっているじゃない。なんで在庫をみて買い足ししなかったの」

「そ、その……市販品を用いたこともあったのですが、苦情がありまして……」

「はあ?」

「効き目が悪い、と……」


「……なにそれ」


 アイラは吐き捨てるようにそう言った。


「もういいわ、今日の治療会はとにかくおしまいにして。後ろに並んでるやつらには何もしなくていい、文句があるならまた日を改めて並び直すように言って」

「ひっ……は、はい……」


 アイラにすっかり怯えている女官はコクコクと頷いた。

 そして、アイラは治療の間をグルリと取り囲むように控えている神殿の衛兵らを睨む。

 もし暴動でも起きようものなら、ちゃんと止めなさいよ、と言い含めるように。


 ◆


(お姉様の作った薬がよく効く? なんだか知らないけど、ふうん、お姉様なりに役に立ってたのね)


 イライラとしながら、アイラは金の髪をかきあげる。

 姉と同じ色の髪だ。間違いなく、ソニアはアイラの姉で、アイラはソニアの妹だった。


 けれど、アイラと姉ソニアは全然違った。

 アイラはアルノーツの王女にふさわしく、『聖女』の力を持って生まれてきたけれど、姉は出来損ない。姉は『厄災』の力をもって生まれてきた聖女のなり損ない、落ちこぼれ。


 いつだってアイラは姉の尻拭いをしてきた。

 どうしようもない姉、なんの能もない厄災女。

 アイラは姉のことが実は嫌いではなかった。

 いつだって姉はアイラに優越感を与えてくれるからだ。


 姉はぐずであればぐずなほどいい。なんの役にも立たなければいい、いつだって自信なく困ったように笑い、何も言えずに唇を噛んでいる姿だけ見ていたかった。


 それなのに――。


「……ねえ」

「は、はいっ」


 アイラは神殿から、王城の自室に戻ってきていた。

 専属のメイドは、神殿仕えのあの女官とは別人物であるはずなのに、なぜかあの女官と同じような反応をする。それがなんだかまた一段とアイラをイラつかせた。


「お父様に会いたいの、今すぐ。呼んできて」

「へ、陛下を……ですか」


 メイドは尻込みする。相手は国王だ、一介のメイドであれば当然の反応だろう。


「あたしが会いたいって言ってるんだから平気よ、さっさと行って。ほら」

「は……はいっ」


 あたふたと見るからに狼狽しながら駆けていくメイドの背を目で追いながら、アイラは深くため息をついた。

 いまでも、ずっと、頭が重く鈍痛を響かせていた。


 ほどなくして、国王陛下である父はやってきた。当然だ、父はアイラを溺愛している。アイラが呼べばすぐにきて当然だ。


「どうしたね、アイラ。最近ずっと体調が悪いそうだが、何かあったのかい?」

「ありがとう、お父様! ……あのね、あたし、お願いがあるの」


 アイラは父親の胸に飛びついて、硬い胸板に頬擦りをしながら甘い声を作る。


「あたし、ティエラリアに行ってお姉様と会いたいわ。いいでしょう? 元敵国になんの頼りもなく嫁いで行った姉のことが心配なの。だって、あたし、妹ですもの。姉が心配なのは当然。いいでしょう?」


 小首を傾げ、可愛らしい表情を作りながら、アイラはそう言った。

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