16.これからの同衾事情
「……そういえば、これからはどうやって寝ようか」
「えっ」
ソニアがうっかり過去の記憶を思い出してしまったせいで、妙な雰囲気になってしまったおでかけだったが、あのあとは目覚めの丘でシャルルの作った軽食を楽しみ、フェンリルの神が祀られているという祠にも二人でお参りをして、いい感じで帰路につくことができた。
夕食を摂り、湯を浴びて、いつも通り夫婦の寝室にて一緒に寝る――という段になって、急にシャルルは少し気まずそうに言い出した。
「これからは……とは」
「俺と君が夫婦であるというのは、そうなんだが……。気持ちの問題というか」
「気持ちの問題」
鸚鵡返しするソニアにシャルルはわずかに眉をひそめながら言う。
「君もさすがに嫌だろう、想いを通わせたわけではない、己に懸想する男と同じ床につくというのは」
「……けそう……」
「まさか、君、わかっていないか。……伝わってないか、まあ、そうか……」
なぜだかシャルルは肩を落とし、ため息をつく。
「あ、あの、申し訳ありません。私の祖国とティエラリアでは言葉の意味が違うのかもしれませんが……」
「君の生まれ故郷のアルノーツと俺たちの国の言葉は一緒だよ。俺はさっき、あの丘で君に好きだと伝えたつもりだった」
ソニアは目を丸くし、思考を巡らす。
あの丘で、私に好きだと伝えた。
――俺は、一人の男としてあなたという女性を守りたい。
(あれが……あ、あ、あ、あ、愛の告白!?)
理解すると同時にボッと頬が火照る。
遠くの国では『月がきれいですね』と言うことが『あなたを愛している』という意味になると聞く。シャルルのそれも、そうだったということだ。
あくまで、シャルルの誠実さから出た言葉なのだ。私を罪人として見るのではなく、一人の人として見てくれるつもりであることに感謝の気持ちと彼への信頼感で胸が熱くなったものだけど。
「す、すすす、な、な、なぜ……!?」
「なぜ好きになったか、って? ……そうだな、俺も、あの時スッと胸に落ちてきたという感じでまだハッキリと言語化することは難しいんだが」
「あ、は、はい」
これは解説されてしまう流れか? とソニアは背すじを正し、シャルルの言葉に警戒の姿勢をとった。
「誰からも認められず、それなのに誰かを恨むことなく、まっすぐに清らかな心を持ち続ける君の尊さと強さに好感を抱いた。そして、そんな君を支えられる男でありたいという気持ちが強く胸に湧いたから……というのが、ふさわしいだろうか……」
「かなり冷静に言語化できていらっしゃいますが……」
「そうかい? まだまだ言い尽くせない想いはあるんだが……」
「えっ」
思わずシャルルの目を見つめる。揺るぎなく澄んだオリーブグリーンの瞳に見つめ返され、ソニアはたまらず目を逸らした。
「も、申し訳ありません。私、その……」
「わかっている。君に無理に応えてもらおうとも思っていないし、無理に君にも俺のことを好きになってもらおうだなんて思っていないよ。……そうなったら、嬉しいが」
「あ、あの」
最後の一言にソニアは頼りなく視線を彷徨わせながら口をパクパクとする。
だが、なんとも言えず、結局黙り込んだ。
「まあ、とにかくだ。俺は君のことが好きだ。そういう相手と一緒の寝台で寝ることに抵抗はあるだろう」
「いえ! 大丈夫です!」
「……力強い返事なのが、なんだか逆にアレだな……」
「あっ、いえ、その、シャルル様をなんとも思っていないわけではなく! その、今までも散々一緒に寝てきたのですし……」
「前も似た問答をしたね。今の君の立場を考えると、同じ部屋、同じ寝台で寝ていたほうが都合がいいことにはいいんだが、前も言ったが、君が嫌なら俺はシュラフで寝るよ」
「わ、私が寝ます! シュラフで! ……ところで、シュラフ……ってなんでしょうか……」
「寝袋のことだよ、この間はよくわからないまま流してたんだね」
「はい……」
ソニアは世間知らずなのが恥ずかしくて頬を押さえた。
シャルルは苦笑いのままクスリと笑い、そして口を開いた。
「よし、じゃあこうしよう」
そう言ってシャルルが部屋の戸棚の一つから、小さなぬいぐるみを取り出してきた。
見たところ、フェンリルを象っているようだ。だいぶかわいらしくデフォルメされているが。
「これは俺が幼いころに、母上から作ってもらったラァラの人形なんだ」
「ラァラの!」
「俺にとったらラァラは姉のようなものだからね。ラァラが横にいるのに君に変な気なんて起こしようもない。コイツを真ん中に置いて寝るようにしよう」
「な、なるほど?」
首を捻りつつ、ソニアは頷いた。
「ラァラの方がシャルル様よりも年上なのですか?」
「ああ。小さい頃は本当に姉代わりのような存在だったよ。兄貴はその時から王になるべくなにかと忙しくしていたしね。ラァラと、そしてシリウスは俺の面倒をよく見ていてくれた」
「そうなのですね……」
幼い日のシャルルとフェンリルたちの戯れを想像し、ソニアは目を細めた。
「君は寝相も悪くないだろう? コイツを乗り越えて俺のいるところまでは寝転がったりしないよな?」
「は、はい! 私、まっすぐピタッとしたまま寝るのは得意です!」
「少しは寝返りを打ったほうがいいらしいよ」
「ぜ、善処します!」
そんなことを言い合いながら、二人で寝台のうえに登る。
ラァラのぬいぐるみごしに眺めていると、昨日までよりもシャルルとの距離が遠く感じられた。
(……ちょっと寂しい感じもしますが……。でも、明日からはお姉ちゃんのラァラと一緒にシャルル様の寝顔を眺めながら朝を過ごすのも、いいかもしれない……)
ふふ、と微笑みながらラァラのぬいぐるみをちょん、とつつくと、なぜだかシャルルは咳払いをひとつして、困ったような笑みをこぼすのだった。







