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12.フェンリルとおでかけ

「ソニア。今日は一緒に外に出かけないか」

「えっ?」


 ある朝のこと。


 いつもの「行ってきます」とは違うシャルルの文言にソニアはぱちくりと瞬きをし、高い位置にあるシャルルの顔を見上げた。


「お、お仕事はよろしいのですか?」


 ソニアの問いにシャルルは「ああ」と軽く目を伏せながら頷く。


「――実は最近、魔物の出没頻度が減っているんだ」


「そうなのですか?」

「ああ、だから俺は最近時間を持て余しているくらいでね」


 シャルルの仕事というのは、王都周辺の警備だ。ティエラリアは他国と比較しても魔物が多い。シャルルは国民の安全を守るため、フェンリルに跨って魔物を殲滅する役目を担っている。

 ソニアはそういえば(最近はシャルル様のお帰りが早かったような?)と思い返す。

 きょとんしているソニアにシャルルは小首を傾げながら言った。


「せっかくだから、君と一緒に過ごしたいと思ったんだ。……ダメかな?」

「いえ! とんでもない! ぜひご一緒させてくださいっ!」


 眉を下げ、こちらを伺う仕草を見せるシャルル。

 たまらずソニアは拳を握りしめて前のめりで答えた。


 ◆


 ソニアが連れてこられたのはつい先日も訪れたことがあるフェンリル厩舎だ。


 シャルルが中に入るなり、フェンリルたちがわああっと尻尾を振りながら集まってくる。


 そんなフェンリルたちを軽くあやしながら、シャルルはソニアの手を引いて厩舎の奥まで導いた。


 厩舎の奥に、お出迎えには参加せずに蹲るように丸くなっている一頭のフェンリルがいた。


「彼はシリウス。ラァラの夫だよ」

「まあ……!」


 ラァラも他のフェンリルと比べて身体の大きなフェンリルだったが、彼はさらに大きい。堂々とした貫禄のあるフェンリルだ。


「……あの、今は……眠りについていらっしゃる……?」

「いいや。起きてるよ」


 ソニアが気になったのはシャルルとソニアが間近まで近づいてもなお、彼、シリウスの瞳がずっと閉ざされていることだった。


「シリウスは病で目がダメになってしまってね。ただ、フェンリルの嗅覚は優れているから日常の生活に支障はない。……さすがに戦闘には参加させられないけれどね。年齢を考えると少し早いんだが、彼には隠居をしてもらっている」

「そうなの……ですね……」


 ソニアは改めて丸くなっているシリウスを見下ろした。


 目が見えなくなってしまったこと、戦えない(役目を果たせない)身体になってしまったことを、彼はどう思っているのだろう。丸くなっている姿を見ていると、ソニアはなんだかひどく胸が痛んだ。


「せっかくだから、今日はシリウスと……ラァラと俺たちで出かけたいなと思ってね」

「それは素敵ですね!」


 ソニアは破顔して答えた。

 日常生活に支障はない――ということは、この厩舎から外に出ることも可能、ということなのだと思うと、少し気持ちが晴れやかになった。


「俺はシリウスに乗る。君はラァラに乗ってくれ」

「えっ、でも、ラァラはシャルル様の相棒なのでは?」


「まあね。だけど、ラァラは嫉妬深いんだ、君がシリウスに乗ったら拗ねてしまう」

「ま、まあ! そうなのですね」


 なんてかわいらしいのだろう、ソニアはついフフッと笑ってしまった。


(ラァラはもう三人の子のお母さんだと聞いていましたが、きっとシリウスとはずっとラブラブな夫婦仲なんでしょうね……)


 だが、ソニアはふと思った。

 奇しくも、病で目が見えなくなった夫シリウス、魔物との戦いで目元に傷痕が残ってしまった妻ラァラ。不思議な夫婦の縁を感じる。

 二頭とも、今は病の後遺症や、傷が痛んだりすることはないのだろうか。


 丸くなっているシリウスの横にはいつの間にかラァラが近づいてきていて、その鼻先を彼の肩あたりに擦り付けていた。


「王都を出て、しばらく西に走ると、小高い丘がある。そこはこのティエラリアで最も暖かな場所だと言われている。とても日当たりがよくて気持ちがいいんだ。俺はよく行って、そこで一休みするのが好きなんだ」

「素敵な場所ですね!」


 シャルルの毎朝の寝起きの悪さを思うと、「そこでもシャルル様は居眠りされていたりするのかしら」となんだか微笑ましい気持ちになった。


「最近は魔物も少ない。……だが、この国において絶対の安全、というものは存在しない。でも安心はしていてくれ。もしも魔物が出てきても俺とシリウスがなんとかする」

「あ、ありがとうございます」


 シャルルは真面目な表情を浮かべてそう言ったが、ソニアがこくこくと頷くのを見て、目元を和らげて微笑んだ。


 ◆


 ソニアが王都を、いや、城の敷地の外に出るのはこの国に来てから初めてのことかもしれない。

 知らず胸がワクワクしていたソニアだが、ふと、あることに気がついた。


(……私は、罪人……。罪のある身で、やすやすと城の外に出て良いのでしょうか……)


「シャルル様、私の手に嵌める枷はどちらに」

「そんなものをつけてフェンリルに乗れるものか。ほら、ラァラの身体に鞍をつけたよ、これに乗るんだ。脇を締めて、しっかり両手でこの綱を握るんだ」

「綱! これですか!? 私をくくるのではなく!?」

「どういう発想をしているんだ、君は。ラァラは賢いから君でも乗りこなしやすいと思う。ほら」


 シャルルは呆れた様子で苦笑しながら、そっとソニアの腰を支えながら、ラァラの鞍にソニアを乗せてくれた。


「お、おお……」

「そんなにスピードは出さないよ。シリウスも目が悪いからな。ゆっくり行こう」

「はっ、はい。よ、よろしくお願いしますね、ラァラ」


 こわごわ片手を綱から離し、ラァラの首の後ろ辺りを撫でてやると、ラァラはグルルと喉を鳴らした。


(……か、かわ…………)


「君、撫でるの上手なんだな。やはり君はフェンリルに好かれやすい性質なんだろうな」

「そっ、そうでしょうか! そうなら光栄ですが……」


 そんなやりとりをしながら、ソニアとシャルルは王都の門を出て、白く雪が降り積もる平原へと向かって行った。


 シリウスもラァラも、シャルルがよく行く高台までの道はよくわかっていて、目が見えないというシリウスもサクサクと雪の道を歩いていく。


 ラァラは優しい性格なのだろう。なるべくソニアを揺さぶらないように慎重に駆けて行ってくれている。

 王都の外は雪が深く、より寒いはずなのに、フェンリルに跨っていると不思議と温かい。


「――待て」


 シャルルの低い声が雪原に響く。シリウスもラァラもそれに従い、ピタリと足を止めた。


 シャルルが白もやのその先を鋭く睨む。

 常に穏やかな表情を浮かべた彼とは結びつかないほど厳しい顔つきだ。


「早速だが、魔物が現れたようだ。俺がシリウスと行って、やってくる。君はここでラァラと……」

「ま、魔物ですか!」


 シャルルの剣呑な雰囲気に圧されていたソニアだったが、『魔物』と聞き、ハッと顔を上げた。


 シャルルは宣言通り、自分を守ってくれるつもりらしい。

 それは嬉しい、ありがたい。


 だが、ソニアは己を奮い立たせて、ラァラから飛び降りた。

 そして、シャルルに向けて両手に握り拳を作って向き合う。


「わ、わたし、こういうのでしたらお役に立てると思います! 今こそ、お役に立つ時です!」

「何を言ってるんだ、君は」


「私が! 魔物を! やっつけます!」


 シャルルは片眉を思い切り歪めて意気込むソニアを見やった。


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