10.夫婦の同衾事情
ソニアに『聖女』の力はないと確認されてからはや数日。
(おかしい。まだ私への……待遇が……変わらない……)
毎日の美味しい食事に温かい寝床(隣で眠るイケメン付き)の高待遇に変化は見られなかった。シャルルも、シャルルの兄夫婦の陛下らもソニアにニコニコと接してくれている。
シャルルがソニアを妻と扱うのも変わらなかった。
国を挙げて大々的に式を挙げてしまったから、そう簡単には覆せないのだろう。
少し前にこんなやりとりがあった。
ソニアが「罪人の私を妻として扱わなくてもいい」という趣旨のことを言ったら、シャルルは悲しげな顔でこう返したのだ。
「……君は俺が夫であるように振る舞うのは嫌かな。君が俺との夫婦関係を望んでいないのなら、将来的には婚姻解消も検討するが……少なくとも、2、3年のうちは我慢してほしい」
「いえっ!? そんな、とんでもないです!!!」
2、3年も執行猶予期間がある!? と困惑しきりで大慌てで首と手を振ると、シャルルは「よかった」と顔を綻ばせるのだった。
その笑みを見ると、ソニアは「ぐ」と言葉に詰まる。
ティエラリアに嫁いで、もう一ヶ月以上経つが、どうも自分はシャルルのこの微笑みに弱いらしいのだとソニアは学んでいた。
(……国同士の政略での婚姻だから……簡単に、さあ離縁! とはいかないのはわかる……けど、本当に私、こんな素敵な人と結婚していていいのでしょうか……)
シャルルはソニアの言だけでは判断ができない、ソニアの祖国、アルノーツについても調べた上でソニアの罪を判断するというようなことを言っていた。それまでは事を荒立てたくない……となると、やはり、ソニアのことは妻として扱うしかないのだろう。
(う、うう、ご迷惑おかけいたします……)
そう思い、ひたすら身を小さくしつつも、ソニアは毎日おいしいご飯に舌鼓を打ち、暖くてふかふかの布団で惰眠を貪るのだった。
◆
「――お可哀想に。王弟殿下。神の衣を着た愚かな国の花嫁を娶ることになるだなんて」
侍女長マリベルは口元を引き攣らせて言った。
リリアンはその様子を無表情で見つめる。
マリベルは侵略国・アルノーツを憎む人間の一人である。彼女は敬愛する王弟殿下がアルノーツの花嫁と婚姻したことを快く思ってはいなかった。
「どう? リリアン。あのお姫様の様子は」
マリベルはソニア付きの侍女であるリリアンに尋ねる。リリアンは小さく瞳を伏せ、静かに答えた。
「――シャルル様とソニア様は毎日閨を共にしておられます」
「本当に? お前、あの娘に肩入れしているんじゃなかろうね」
「事実でございます。お疑いになるのでしたら、お部屋の清掃やベッドメイキングは私のほかの侍女も担当しております、彼女らにもご確認ください」
「……ああ。王弟殿下。なんと情け深いこと」
マリベルは大仰な仕草で頭を振った。リリアンはそっと唇を噛む。
(……シャルル様がご心配されているとおりだったわ。侵略者であるアルノーツを快く思わない人間は城内でも存在している。……ソニア様にはご負担をかけますが、寝室はやはり分けないほうがよさそうだわ)
シャルルとソニアが閨を共にしない夫婦関係であるということを理由に、マリベルがソニアを追い出すために彼女の素性を今以上に執拗に調べ始めたら厄介だ。まだソニア――そしてアルノーツの思惑の全貌が掴めていないのだから。
リリアンはソニアが嫁いできた事情を知る数少ない従者の一人だった。初めてソニアと会ったその日のうちに、シャルルから彼女の事情を教えられた。
リリアンは城に仕える侍女たちの中でも年若い。侍女長マリベルがリリアンをソニア付きにしたのは「まだ未熟な侍女を一人だけあてがってやる」という意図があった。
そんな理由で配属が決まったリリアンに、王弟シャルルが声をかけてきた。
――どうか彼女の味方になってくれ、と。
一方、リリアンは侍女長からは「侵略者の娘だ、とことん嫌がらせをするように」と指示を受けていた。
どちらの命令を優先するか。
そんなものは悩むまでもない。最も優先されるべきなのは王弟殿下の願いだ。
自分の主人はあくまでも王家の人間なのだから。
かくして、ソニア付き侍女のリリアンは、結果として『反アルノーツ派である侍女長の様子を伺う王弟殿下のスパイ』の立ち位置に立つこととなったのだった。
(ソニア様はシャルル様との同衾を相当恐縮されているご様子だけれど、しばらくは我慢していただかないと)
どこで誰が、何を見て、何を聞いているかわからない。
アルノーツの花嫁、ソニアは守られなければいけない。少なくとも、彼女が『聖女』ではないというのが真実なのか、アルノーツ王国は何を考えているのか、明らかになるまでの間。間違っても彼女が謂れなき迫害を受けることがあってはならない。
リリアンはまだ若い。が、ティエラリア王家に仕えることができたことを誇りに思っていた。この未熟な己を王弟殿下は信頼し、花嫁の味方になってくれと言ってくれたのだ。それに報いたいと思う気持ちは強かった。







