卵の話
そのあとは簡単なものだった。エルフィンドの内務省の仕事よりは、簡単なものだ。民族浄化にかかわっていないことが判明した以上、ルィヘンのような人材に求められる立ち位置というものは決まっていた。
オルクセンのドワーフが仕立て上げた新しい義手を身に着け、オルクセン仕立ての軍刀をぶら下げ、エルフィンドの勲章を胸にぶら下げ、眼帯姿で彼女は慣れ親しんだ新しい職場にいた。
エルフィンド国家憲兵隊予備隊―――、ファルマリア港の、元ファルマリア海兵隊基地を利用して設けられたばかりの予備隊幹部学校で、ルィヘンは約四〇〇名の元エルフィンド陸軍将校の内の一人として将官及び佐官級候補者の中の一人となっていた。オルクセン軍顧問団約五〇名がやってきて、オルクセン式近代軍制のイロハのイを学んだのだ。
もちろん、先の戦争に従軍していない元エルフィンド陸軍将校は奇異の目で見られた。とはいえ、これが国家憲兵という警察組織的な名称とは裏腹に、軍隊寄りの内面があると装備と規模を見て知った者は、すぐに認識を改めて「なるほど、呼ばれるわけだ」と顔には出さずに納得した。それだけルィヘン・シンルースはエルフィンドらしくない、軍人らしい軍人だと見られていたし、それだけの逸話や伝説にも事欠かない白エルフだった。ルィヘンを知るある白エルフ族などは戦時中に「シンルースを出せ」と言っただとか、そんな生まれて間もない噂さえあった。
定命の者たちの中には隻腕の将軍もいたし、その上で隻眼とくればキャメロットの伝説的な提督もそうであった。センチュリースターの内戦で南側についた将軍の中にも、そのような者はいた。その傷ついた完璧な善に善なる民という姿は、それまでのエルフィンドからすれば奇異な不完全な存在であったわけだが、そのハンディを上回る能力があれば登用されるという新しい時代の象徴のようなものでもあった。
それでいて、エルフィンド側の「再軍備グループ」も落とすに落とせない理由もあった。佐官級以上のものを採用してはならないという規定がある以上、そして占領軍総司令部の直轄組織というその構造上、求められる人材と言うものがあった。戦勝国オルクセンとその将官や兵士たちに物怖じせず、敗戦国エルフィンドという重すぎる現実にも物怖じせず気後れせず、それでいて根っからの軍人であり、内務省との繋がりがない、優秀で豪胆で冷静な前線将校が必要だった。矛盾の塊のようなこの人材は、ルィヘンが該当していた。
自らが指揮する部隊単位で反転突撃をやってのけ、さらに追撃戦では自らオーク相手に白兵戦をやり、それ以来長らくエルフィンド陸軍に在籍し、内務省と繋がりがないどころかほぼ敵対関係にあった。最後まで懸念であった民族浄化作戦への関与の疑いも、占領軍総司令部特別参謀部やエルフィンド暫定政府一五名委員会による、戦争犯罪捜査に関する任意聴取を進んで受け、オルクセン側も捜査した結果、白だと分かった。その上、なにより、ダリエンド・マルリアン元大将と旧知の仲でもあった。オルクセン側もそれらをすべて知りえた上で彼女のエルフィンド国家憲兵隊予備隊への入隊を許可していた。
幹部教育期間中、ルィヘンは嘆息した。興奮もした。これは負けるわけだと彼女は思った。教練内容や近代軍制について目を見開いたというよりも、これらを実施し運用し続けることができるという事実の方に衝撃を受けた。この軍を相手に戦いたかったし、この軍で戦いたくもあった。これほどまで大規模で巨大な軍事行動を、国と軍隊が運営できるのだ。そしてそれを奴らはやってのけたのだ。
それと同時に、先の戦争に従軍できなかったことを悔いた。自分がいればどうにかなったなどという考えはない。ただ、これほどまでに強大で強力な敵を前にして戦えなかったという事実が悔しかったのだ。そして、将兵たちと共に戦って死ねなかったことが悔しかった。
「そんなに痛い目を見ても相変わらずなのだな、ルィヘン」
「そう言う閣下もオークに囚われていたというのに、相変わらずでいらっしゃる」
「君がそういうと良い意味には聞こえないな」
「ああ……、少しばかりふくよかになられましたか? この体躯で孕んでいないか心配されたことでしょう?」
「……ルィヘン・シンルース?」
「冗談ですとも、閣下。閣下はそれぐらいが一番お綺麗です」
幹部教育期間も終わり、ルィヘン・シンルースはティリオンでマルリアン元大将に食事に誘われていた。首都ティリオンのレストランで、普通の飯が食いたいという要望で、普通の店に入った。当然、このご時世に普通と変わらない営業状態を維持できている時点で普通ではないのだが、そこをとやかく言うつもりは両人にはなかった。
軍服ではなかったが、義手に隻眼の白エルフはやけに目立った。恰好こそ北部で燻っていた時のようなものではない。灰色のハンチング帽を被り、刺繍入りのゆったりとした白いブラウスに青いネクタイを締め、長い黒のスカートといった出で立ちだった。それなのに靴は相変わらずの行軍でうんと使っても壊れなさそうな丈夫なブーツなので、マルリアンなどはやはりこのエルフの中身は半分ほどオークなのではないかと冗談半分に思ってしまった。半分は本気でそう思った。なんならマルリアンのルィヘンに対する心象と言うものは、構成物質の大半が白エルフ以外のもので固め上げられた変人の中の変人であり、それは今も変わっていない。こいつは変人だ。ただ、軍隊という居場所があっただけの変人だ。根っからの武人だから、娑婆に馴染まない。
北部氏族は、非主流の民だ。それはマルリアンも知っている。その北部氏族たちが戦場において、非常に粘り強く、頑なに戦うこともよく知っている。ルィヘン・シンルースがオークの首を叩き落としたことも知っていたし、命令無視で陣地から飛び出して突撃を真っ先にやらかしたことも知っている。だからこそオークの首に免じてほぼ無罪放免にしてやったし、だからこそ白兵戦においてエルフはオークに対し不利であるともわざわざ書いた。あれは戦場の状況がそれを強制するような場であり、その場にいたのがたまたま北部氏族とダークエルフの氏族だっただけで、通常そのような状態に陥ったのならば時間がかかってでも迂回し本来の命であるところの追撃をするところなのだとも言ってやった。
とはいえ、それももう定命の者に言わせれば大昔のことだ。兵法書は何度も新しいものが書き上げられていたし、新しい軍事理論は幾つも誕生していった。デュートネ戦争を切っ掛けに、幻想的な英雄叙事詩のような戦争は完全にこの世から消えてしまったようにさえ思えた。それほどに戦争と言うものは科学的になっていた。先の戦争でエルフィンドが身をもって知ったように、精鋭の連隊がいても砲と砲弾がなければ戦術的に相当な不利を強いられる。そして必要とされる砲と砲弾がないということは、それは戦略的にも軍事政策的にも敗北しているということだ。それをなんとか覆そうと足掻けば足掻くほどに、軍というものは国力を搾り上げていく。それは連隊ごとに補給を都合していた時代とは、全く異なるものだ。時代が違うというどころか、もはや考える次元が違う。あまりにも大規模で、あまりにも素早く、あまりにも破滅的に過ぎる形に戦争は進化し、成長してしまった。
「戦とは、かくも複雑で難解で御し難いものだったろうかと、おれは心底思い知らされましたよ。昔はもっと……もっと煌びやかで華やかだった気がする。泥も血も一切の汚れも、その果てにある勝利によってすべてが報われた、そんな気がするんですよ。なぜでしょうね、おれたちの国が、エルフィンドが負けたからでしょうかね」
ストレートの使い古されたパイプに葉を詰めながら、ルィヘンはその性格にしては珍しくぼそぼそと言った。
そうこうしていると、昼食が運ばれてきた。黒ライ麦パンのオープンサンドイッチだ。皿の上には薄切りにされた塩漬けの豚肉と生の玉ねぎのスライス、スライスした固ゆで卵、それからクレソンが盛られているようにしか見えないが、黒ライ麦パンはしっかりと皿と具材の間に挟まれている。簡単な食事ではあったが、しっかりとした食事だった。
少しばかりしんみりとした雰囲気になってしまいながらも、二人は食事に入る。山になっている具材をまず退けて、パンにバターを塗った。ナイフとフォークでパンを切り分けて、具材を乗せて口に運ぶ。しかりとした塩味の薄切りにされた豚肉とシャキシャキとした玉ねぎのスライス、淡泊ながらも外れのない固ゆで卵、付け合わせのクレソン。しっかりとした黒のライ麦パンとバター。それに煙草、バニラの香りが漂うそれは鼻に乗って、とても良いものだ。
それに、ワインもあった。ルィヘンは、よりにもよってロマニアの白ワインを選んでいた。ロマニアといっても、先のヴィルトシュヴァイン会議でロヴァルナ領に組み込まれたロマニアの北部領のものだ。そこは昔からワイン産地で、その白がルィヘンは好きなのだそうだ。料理如何で赤にするのは何時でもできると、いかにもこの女が言いそうなことを本当に言ってのけた。マルリアンはオルクセンワインの赤があったのでそれを選び、飲んだ。ワインに敵も味方もない。味わい深く、美味く、ため息が出るような一時にそうした概念は不要だった。ただ豊かなのではなく、格式のある豊かさすらそこに感じられそうだった。美味かった。ワインとは、素敵な飲み物だ。
食事を終えて、さらにもう一杯グラスに注ぎながら、マルリアンは口を開く。
「それで閣下、今後のことについてですがね」
「ああ、それだ。君は占領軍総司令部の直轄組織の人間になった。我々、白エルフ族を使ったオルクセン軍の卵に、だ」
「オークの股から生まれるなんざ、生まれ変わっても御免被りたいですがね」
「だが君らはもうそうなっている。なってしまっている。君のような者がいたのは、単に我々白エルフ族が長命である故だ。定命の者であれば、君のような人材は加齢で現役として不適だったかもしれない」
「我らが白銀樹に感謝を」
本当に感謝をしているのか疑問しか出てこない態度で、ルィヘン・シンルースはぷかぷかとパイプを吹かして、白ワインをくいっと煽る。
北部氏族でなくともこれでは敵は多かっただろうとマルリアンは思いながら、赤ワインを口に運び、それを味わって喉に通す。美味いワインは良い。どこにあっても悪い気はしない。古ければ古い酒ほど良いとは思う。
けれども、人にそれは通用しないようだ。時代は流れていく。その流れに大きく取り残されてしまったとき、待っているのは川の底か、川の流れにじわじわと削られていく未来だけだ。
「古い酒を新しい革袋に盛っても、その酒の良さがさらに良くなることはないか……」
「閣下が懸念するところがなんであるか、おれは良くは分かりません」
「だとは思った。ルィヘン・シンルース、君は最良の旅団指揮官か師団指揮官にはなれるだろう。だがそれ以上にはなれないと私は思っている」
「閣下は言い難いことをはっきりと言うお方だ」
「君ほどではない。とはいえ、私たちが考えているエルフィンド陸軍はもう存在しない。今あるのはエルフィンド国家憲兵隊予備隊だ。その上で聞くが、君のその攻撃衝動の矛先は、いったいどこに向いているのだ?」
ルィヘンがパイプを吸って、紫煙を吐き、グラスを取って白ワインを口に含み、喉に通す。
奇妙な白エルフ族だった。仕立てのいい義眼なりを使えばいいのに、隻眼であることを隠しもせず眼帯をしている。黙って何もしていなければ、普通に過ごしてさえいれば、彼女は今にも風車目掛けて突撃をしでかしそうな悲壮な老騎士のような雰囲気で、自分と信仰心に対して絶対の自信がある表情をしている。背が高く、ほっそりとしていて、たまに壊滅的なくらいに歪んだはにかみ方をする。
よくある、不器用な強者のそれだ。その青い瞳に、ぎらぎらとしたものが光るのをマルリアンは視たことがある。戦場で、戦争でのルィヘン・シンルースの目には、ぎらぎらとした光が宿る。今、その光は見えないが、完全に消え失せたわけではない。必要な時に、その時が来れば、その光は再び灯って彼女の指揮下の兵は攻撃衝動そのままに攻勢するに違いないのだ。あるいは、そうなって欲しいとマルリアンがどこかで望んでいるのかもしれなかった。
「おれはいつでも、産まれてから今に至るまで、常にこのエルフィンドの敵に対して攻撃衝動を向けているつもりですよ、閣下」
グラスの中で白ワインを弄びながら、ルィヘン・シンルースは言った。
不思議なことを言う。エルフィンドはオルクセン王国に併合された。エルフィンド軍は解体され、今あるエルフィンド国家憲兵隊予備隊はオルクセンの占領軍総司令部の直轄組織だ。女王陛下は守れたが、国家としてのエルフィンドは死んだも同然だ。あるのは敗戦で疲れ果て占領軍総司令部に弄り回された組織と構造。軍などはもう丸ごと消滅したようなものだ。ネニング平原と占領政策という二つの弾丸を食らって、完全に死んでしまった。それが完全に死ぬ前になんとか一部だけでも生かそうとした再軍備グループの動きも、実を結ばなかった。死体はすでにオルクセンの台の上にあったのだ。
結果としてエルフィンド軍としての土壌は取り除かれ、その風土は消毒され、新しい土が投じられ、そこに新しい種が植えられる。そこに芽吹くのはオルクセン王国のエルフィンドだ。あるいは、オルクセンの血の入ったエルフィンドなのだろう。
だから、
「国家憲兵隊予備隊が軍組織に昇格したとしても、君らは嫌われ、顧みられない。オルクセンとの混血のエルフィンド軍という事実は変わらない」
「だが、エルフィンドであることに変わりはないでしょう。ベレリアンド半島のエルフィンドにあり、そこで白銀樹の下に産まれた者たちによる軍には変わりはない」
「しかし、その生い立ち故に我々の国、我々のエルフィンドで産まれた軍ではないと反発もあるだろう。……だから、酷な話だとは重々承知の上で、君のその性格と傾向を見込んで、私に頼まれてほしい」
「言ってください。おれにとっての閣下は、いつまでも閣下であり、雲の上の存在の誇るべき上官なんですから」
軍組織とはそいうものだ。ルィヘン・シンルースは隊指揮官としての適性は高いかもしれないが、どこかの隊で参謀をやるには問題がありすぎる。だから、マルリアンと顔を合わせて会話を重ねるような部下になったことは一度もない。最初に出会ったのがロザリンド渓谷の戦いの後のことだ。
一二〇年前のエルフィンド軍は、ロザリンド渓谷会戦において長大な胸壁を作った。その内側に籠り、射撃と砲撃を集中して用い、外側においては森や山岳といった側面からダークエルフ族が主体となって、散兵戦術による擾乱射撃と狙撃をした。この胸壁は極めて巧妙に出来ていて、渓谷の起伏を利用してオーク族側からは事前偵知が及ばないように築かれていたうえ、死角がなかった。オークの軍勢はそこへ一直線に突っ込み、壊乱した。
そしてその胸壁に配置した部隊の中で、非常に上手いタイミングで突撃をしだした馬鹿者がいた。混乱もなく動揺もなく、指揮官を先頭に隊旗を掲げて縦列で突っ込んでいった馬鹿者がいた。その命令無視の反転攻勢で、その場に蹲ったオークや留まり抗戦しようとしていた者たちを次々に蹴散らし、そのまま追撃戦にまで頭を突っ込んでしばらく所在不明になった大馬鹿者がいた。
軍法会議にかけてやろうかと考えていると、その当の大馬鹿者は返り血と泥にまみれた姿でオークの首をぶら下げ、やって来た。その時のぎらぎらと光る青い瞳をマルリアンは覚えていた。こいつは使えると本気で思った。天幕の下で叱責し、己の独断専行がなぜ問題なのかを頭に叩き込んでやった。天幕の他の幕僚がちょっと引くくらいには怒鳴りつけてやった。とはいえ、戦功は戦功であるために本来ならば授与されるだろう勲章や昇進の取り止めという処分で、軍法会議から救ってやった。こいつは戦場の主導権がどういうものかを肌感覚で知っているのだろうとも思った。実際、その通りだった。彼女は根っからの武人だった。
最良の旅団指揮官か師団指揮官が手元にいるということは、心強い。いつか部下になって旅団なり師団なりを操ってくれれば心強いだろうと思っていた中の一人だ。その性格に難があることはよく知っていたから、大佐になるのもかなり苦労するだろうとも思っていた。それが、事故で傷痍退役だ。仕方がないことだと思った矢先、あの戦争だ。目を掛けていた将校たちは激減した。将来は軍や軍団を指揮するだろう将校たちも死んでいた。一方で、諸々の事情で軍役に復帰できなかったルィヘン・シンルースは、こうして不思議と生きている。今でも評価は変わらない。こいつは使える。どれほどの砲弾の雨の中にあっても、どれほどの苦難に侵されようと、飢えて病に蝕まれようと、果ての栄光を信じて突撃の機会を伺い続ける、不器用な強者。
「古き善きエルフィンドの誇りを、精神を、受け継いでくれるか」
自分で言っていて、妙な話だとは思う。エルフィンドはその身から出た悪によって懲罰を受け、滅びたはずだ。それを知らずにバンドウ俘虜収容所で現実を突きつけられ、銃声すら遠のいた場所でただそれを受け止めるしかなかった。その壊れてしまったものをもう一度かき集めて、善いところだけを受け継いでくれとは、たかが一介の元少佐に求めるべきものではないかもしれない。
一応、他にも使えそうな者をリストアップはしているが、それでも将官の再雇用が不可能だったエルフィンド国家憲兵隊予備隊においては、この重しを佐官級の者たちに押し付けなければならないのだ。本来であれば、マルリアンや、他の将軍たちがすべきことを部下たちに丸投げしなければならない。
喉になにかがつっかえたような感覚がして、マルリアンはグラスを取って赤ワインを口に運ぶ。こうして苦しいときであっても、良い飲食というものは心身に染みわたる。それが感じられなくなっていた時、それがくだらないものだと思えてしまう時、それは恐らく心と言うものが砕けそうになっていることの証左であるのだろう。
「善に善なる種族であれば、その言葉を拒絶することなど出来ないでしょう」
お受けいたします、と言ったルィヘン・シンルースの青い瞳は、ぎらぎらと輝いていた。
白ワインのグラスを弄ぶその白エルフ族を見ながら、マルリアンは赤ワインのボトルを空にしながら、思うのだ。
半分オークなのではないかと思えるようなこの白エルフ族ならば、未だに戦い続けるという覇気を持つ少数の、少なすぎるほどの本当に善に善なる白エルフ族たちならば、エルフィンド国家憲兵隊予備隊が軍へと昇格し、しかし指揮系統の返還がなされなかった場合においてもエルフィンドであるという自負は残る。誇りは生まれる。精神は宿る。
過激でもなく横暴でもなく、ただ善に善なるエルフィンドの守護者として存在するだけでも、その誇りは、精神は受け継がれるだろう。その動きを都合が悪いと判断されれば、オルクセンが矯正しようとするだろうが。
まったくもって、損な役回りだ。この組織は、生まれた時から親の業というものを背負っている。白エルフ族にとっての親は、大地であり白銀樹であるのだが。
「おれなりに命を賭して戦ってみますよ、閣下。この卵に骨を埋めて、立派なものが孵るように尽くします。……一緒に死んでやる兵も将校も、先にみんな死んじまいましたからね」
くいっとグラスに残った白ワインを一気に飲み干して、死に損なったルィヘン・シンルースは静かに、ダリエンド・マルリアン元大将に頷いて見せた。
アルトリアでは見送った側だったが、こうして見送る側のような立場になってみると、これもなかなか辛いものだ。あれだけ再軍備グループとして動いたというのに、だ。
グラスに残った赤ワインを転がしながら、マルリアンは思う。
こういう時には、飯を食って、酒でも飲むに限る、のだろう。