6 村と洞窟と潜む鰐
明くる日、北西を目指すボクらは平原の村に着いた。
「お、此処はスコット村ね」
「知ってるの?」
「ええ。遠征のときに世話になったところよ」
ああ、クロエは遠征をよくしていたんだっけ。
「何か目的があったの?」
「まあ私がいろんなものを見てみたいっていうのもあるし、あとは父様の事業を助けるためでもあったわね」
「クロエは家族思いの優しい良い人なんだね」
「まあ、都合が良かったのよ」
ボクにとっての親は師匠しかいないからなんか不思議だね。
とりあえずは、村のクエストボードを覗いた。ハンター用に設置された求人票みたいなものだ。
「ファリス、クエスト受けるの?」
「うん、お金が無いといろいろ不便だからさ」
「それは分かるんだけど、私たちは調査を引き受けてるじゃない? その上でクエストも受けていいの?」
「大丈夫。「クエストを追加で受けてはいけない」とは言われないからね。それに、クロエも実戦経験を積めるから一石二鳥だよ」
とは言ったものの、この近辺は平野が目立つからそこまで強そうな相手が居ないな…。ジャギュアくらいじゃもうクロエの足元にも及ばないだろうし。
そしたら、後ろから誰かが話しかけてきた。
「こんにちは~」
「ん?…うわぁっ!? そ、ソニア姉様!?」
ソニア? クロエの追放に反対していた一番上の姉の人だっけ。
クロエよりも背が高くて、着ぶくれしているのか少しむっちりしてる。
「クロエ、ようやく会えたわね~。ん? その隣のちっちゃい子はお知り合いかしら?」
「あ、はい。ファリスです。クロエとは色々あって一緒にあるモンスターの調査をしているんです」
「彼女、かわいいけどすごく頼りになるの!」
「そうなの~。なんにせよ、無事で何よりだわ」
なんだか柔和な人だ。掴みどころがないけど、クロエの味方をしていたから悪い人じゃなさそう。
一旦、場所を集会所に移して話を続ける。
「あのときはごめんね…。フランのゴリ押しを止められなくて」
「いえいえ…ソニア姉様、あのときどうして使用人たちは全員フランの味方をしたんです?」
「そうなのそうなの、それが気になって私も父も色々調べているのよ~。まさかみんながあんなことを言うなんて思ってなかったし、あの後は何事もなかったかのように普通に戻ってるし…」
「パトリックは…私の執事はどうでした?」
「彼ね、いきなり失踪して連絡がつかなくなっちゃったのよ。探してはいるけど、目途が立たないわ」
まるで使用人たちは催眠術にでもかけられてたのかな? でも、それならどうしてこの人とクロエのお父さんは何も起きなかったんだろう? 普通のことじゃないとはわかるんだけど、どうにも都合が良すぎるね。
「…そうだ、ファリスさん。あのときクエストを探してましたよね?」
「え、あ、はい。クロエも力をつけてきたし、できれば大型モンスターと戦いたかったけど良いものがなくて」
「それならこれなんてどうかしら~? 大砂鰐、ゲレンデプスの討伐」
ゲレンデプス、地中に潜航するワニみたいなモンスターだっけ。たしかに強すぎず弱すぎず、おあつらえ向きのクエストだね。
「ちょうど、此処の炭鉱夫の人たちが近くに住み着いたこのモンスターに頭を悩ませているみたいなのよ。その人たちに代わって私がクエストの依頼と報酬金を払えばいいんじゃないかなって~」
「なるほど、私たちは実戦経験とお金が手に入って、炭鉱夫の人たちの救済もできるってことですね!」
「ええ。おまけにこの方法ならフランにも気が付かれにくいわ」
メリットてんこ盛りだ。それなら受けないのは損だね!
「あ、二人の宿は取っておくから、帰ってきたら三人でお祝いでもしましょ?」
「え、いいんですかそこまで……?」
「かわいい妹とお友達が命を賭けてくれるんだもの、それくらいは当然よ〜」
「ありがとう、ソニア姉様」
まるで棚から牡丹餅だ。
早速ボクらはゲレンゼプスの住処を目指すことにした。
「ノートによるとこの大洞窟に居るはず…」
「あなたそんな便利なものがあるの?」
「昔からモンスターのことは色々と調べてたんだ。正式にハンターになったのは最近の話だけどね」
「へぇ、熱心ね…」
大洞窟の中はひんやりしていて、慣れない人からすれば少し寒いくらいだろう。
「ファリス、ちょっとここ寒いんじゃないの? よく半ズボンで居られるわね…」
「そうかな? って君もスカートじゃないか。まあ、闘争心を常に燃やせるようになればきっと寒くないよ」
「な、なにそれ、常に戦いに心を燃やしてるの?」
「うーん、まあそのうちクロエも同じことができるよ。そうすればもっともっと強くなれるからさ」
クエストを受けたその時から、ボクは闘争心が燃えていたのかな。クロエの練習が目的でもあるけど、モンスターと戦うことに関してはいつもワクワクしている自分が居る気がする。
「うわっ、危ない…滑って穴に落ちるとこだった…」
「気をつけて、この辺りは水も滴っていて滑るからね」
意外にも洞窟内は割と整備が進んでるけど、危険な場所はある。そこに気をつけつつ進んでいくと、不自然に湿った砂を見つけた。
「なにこれ、こんなところに砂が…まるで何かが移動した跡みたいね?」
「そうだね、これは間違いなくゲレンデプスの潜航した痕跡だよ」
砂のある方向へ目を向けると、そこには地面を割って砂を後ろへ流しながら進むモンスターの姿が。
「あれだ!」
「へぇ、じゃあまずは先手必勝ね?」
「今回はボクも加わるよ。それじゃ、一番槍はまかせるね」
「よしきた!」と意気込んでクロエが剣を抜いて斬りつける!
それに気がついた相手はさらに地面の下へと潜る。
「ど、何処行ったの?」
「落ち着いて、この感じだとまだ近くにいる。…! クロエ、走って!」
手を引いて駆け出すと、地面から大口を開けたゲレンが現れた!
「あ、危なかったわ…!」
「すぐに立て直して、次が来るよ!」
不意打ちが頭にきたのか、積極的な攻撃が立て続けに来る。一発一発を見切りながら躱して、脳天へ一撃を振り下ろす!
ゴオォォ!
怯むと同時に体勢を崩した!
「今だ! クロエ!」
「よーし…!」
闘争心を解放してゲレンの腕をクロエが斬りつける…けどそこはダメだ!
ガキィン! という音と共に攻撃が弾かれた!
「か、硬い!?」
「尻尾を狙って! そこが一番柔らかい!」
「わ、わかった!」
腕部と違って尻尾はすんなりと攻撃が通っている。よし、このままなら…!
ゴルォォォォォォ!!!
体勢を立て直したゲレンが地面を掘りだした! この感じは逃げるつもりかな…?
「はぁ、はぁ、すごい、あっという間に追い詰めたわね!」
「うん、だけど油断は禁物だ。弱った相手ほど強くなるからね」
「大丈夫よ、ファリスがいるなら簡単に――」
突然地面が揺れだした!? 次の瞬間、クロエの真下からゲレンが現れた!
彼女をそのまま呑み込んで、上からボクも呑み込もうとしている……!
「っ……!」
アレをやろう…降下してくるその時に、頭に攻撃を合わせるんだ!
息を吸って、頭で数を数えた。1、2、3、…今だ!
「このッ!!」
渾身の振り上げが見事に頭部に直撃し、横に吹っ飛んでいった。
思ったより上手くいった…って、それどころじゃない、クロエを助けないと!
このモンスターに人間が丸呑みされるなんて初めてだけど、あの感じだとまだ彼女は死んでも消化されてもいないはずだ…ボクは急いで口に入った。
「クロエ…クロエ! どこにいるの!?」
ヌルヌルする体内を進んでいくと、奥から返事が返ってきた。
「……! ファリス!」
「クロエ! よかった、無事だったんだね!」
「無事じゃないわよ、ほんとに死ぬかと思ったわ……。服が粘液でベットベトでヌルヌルだし、体内だからかすごく臭いわ。とっとと出ましょ!」
よかったよかった…クロエは五体満足で、服が汚れただけだった。
「まったく、無事に討伐できるかと思ったら二人とも服が最悪なことになったわね…」
「これくらい安いよ。クロエが無事でほんとによかった」
「命あっての物種だものね…それは否定しないわ。そうだ、せっかくだしコイツの肉を少し頂いて行きましょ?」
肉? ああ、もしかしてどこかで調理に使うのかな。
「そんなに硬くはないわね、脂肪分を多く含んでるみたい」
「脂身ってやつが多いのかな」
クロエがどうやって料理するのか楽しみだね。