1 プロローグ
「クロエお嬢様! 襲撃です!」
「分かってる。警備の皆さんは私よりも他のみなさんをお守りして!」
「はっ!」
困ったことになったわね。まさかこんなところで盗賊から襲撃を受けるなんて…。
「ぐわっはっはっ! 鴨がネギ背負ってやってきたとはこのことだな!」
「と、盗賊のあなたたちの好き勝手にはさせない!」
「ほう? おい女、誰に向かって物を言ってやがる。俺たちは泣くのも黙る盗賊団、「ガンマ団」だぞ!」
ガンマ団…最近問題ばかり起こしてる盗賊団ね。盗賊と言っても、一重に悪い人ばっかりじゃないことは聞いたことがあるけど、こいつらは間違いなく悪人! 厄介なやつね!
「あにきぃ! 物資を確保しましたぜぇ!」
「なっ!?」
「残念だったな女、見るからに貴様が雇った者たちらしいが、大したことないようだな?」
嘘、たった数分でみんなやられたっていうの!? 振り返ると、雇っていた警備の人たちは全員拘束されてる…!
「さて女、ここで一つ提案をしよう。俺たちもただ物金を奪って、人を殺すだけってだけじゃつまらないからな」
「な、なによ」
「お前を寄越せ。そうすれば誰も殺しはしない」
「お、お嬢様!」 「言うことを聞いてはいけません!」
みんなが制止してくる。…でも、彼らの言う通りにするならこの場で死人が出ることはない……。
悔しいけど今はこれしかないと思って口を開こうとしたとき、目の前に誰かが現れた。
「話は聞かせてもらったよ。君たちがガンマ団だよね?」
茶髪でフワフワな癖っ毛をした少女だった。その服装には皮の腕章…まさか、ハンター!?
「あ? 誰だお前は…」
「ボクはしがないハンターさ」
「なに、ハンター? おいおい、モンスター退治の専門家が来たことにも驚きだが、まだガキじゃねえか! ごっこ遊びなら家でやりな!」
盗賊は笑っている…無理もない、彼女の身長は私よりも二回りは小さい。いくら大きな武器を持っているとはいえ無謀なんじゃ――
「ここはボクに任せて」
そう言って、少女は肩にハンマーを担いだまま盗賊の元へ迫る。
「やろうってのか!? 身の程知らずめ!」
盗賊が蛮刀を抜いて襲いかかる!
けれど、少女は攻撃をすり抜けるように一撃を潜り、背中に回ると柄で盗賊の頭を突いた!
「ぐあっ!?」まるで意表を突かれたような声を発して、盗賊はその場に倒れた。
「て、てめえ! よくも兄貴を!」
「あれ? ボスを倒せば盗賊はすぐに逃げるって聞いたんだけど…?」
「へっ、そんじょそこらの盗賊と俺たちを一緒にするんじゃねぇや! お前ら、このチビをやっちまうぞ!」
4、5人に包囲されてる…でも、なんでか負ける気がしない。多勢に無勢なはずなのに。
「人は殺したくないんだ」
「舐めんじゃ…ぐはっ!?」
余裕綽々な少女は向かってくる盗賊の攻撃を次々に躱して、柄を使った的確な一撃を当てて昏倒させていく…。
「すごい……」
その動きはしなやかでとても繊細な動きだった…気が付けばあっという間に盗賊は退治されている。
彼女が盗賊を相手にしてる間に、みんなが警備の拘束を外したこともあってそれからの処分は早かった。
「た、助かったわ! 本当にありがとう!」
「礼には及ばないよ。あの盗賊の被害が拡大して、ボクたちに依頼が来ただけだから」
この娘、私よりもずっと幼いのにこんなに強いなんて…ハンターってすごい。
ってそれよりも、危機を救ってくれたことにどうしてもお礼がしたい。
「ねえ、あなたもう昼食は食べた?」
「え? まだだけど…」
よっし! じゃあ今から作ってあげるわ!
「まさか今ここで?」
「うん、ちょうど野営するときに襲われたの。だから、せめてものお礼として食べてくれないかしら?」
「そうだね。ありがとう」
あ、重要なことを聞くのを忘れてた。
「あなた、名前は?」
「ボクはファリス。ファリス・ブラウンだよ」
「私はクロエ。クロエ・ジェキュール・リノードよ。リノード家の末子なの」
「へぇ、貴族のことはあんまりよく知らないけど、奢ってくれるのは助かるよ」
ファリス…ハンターのことはあまり興味がなかったけど、どうやってあれほどの力を使いこなしているのかしら? まあそれよりもこの娘、服装は地味だけどかわいい。
とりあえず、持ってきてあった食材を使って料理開始!
「君が料理するの?」
「もちろん。こういうのは母様から手解きを受けてるから」
「へぇ、ボクはそういうの全く分からないからなぁ」
戦い以外には無頓着なのかしら? それとも料理をしないのかしら……。
そんなことを考えてたら、オードブルが完成したわ!
「スン…わぁ、すごく美味しそうだね!」
「さあ食べて食べて!」
「何かを焼いて食べる以外の食事は久しぶりだよ」
え、ファリスっていつも何を食べているのかしら?
でも、みんなと同じように彼女は切り分けたステーキやポークビーンズを美味しそうに笑顔で食べてる。
「美味しいよ!」って笑顔で言うところも、まるでちっちゃい子が頬張ってるみたいでかわいい。
「ごちそうさま。ありがとう、ファリス」
「どうも。…ねえ、また会える?」
「どうかな。でも、ボクはまた会える気がするよ」
そう言って、ファリスは木の上に飛び上がってどこかへと去っていった。
ハンター、か。彼女を見ていたらすごく気になったわ!