電車を待つのって案外あっという間だよね。または逆も然り
昨日の晩御飯にサゴシの塩焼きが出た。
彼女は魚が苦手だったから、予め母親がハンバーグを作ってくれていた。
しかもただの塩焼きではなく、旅行先で買った浅漬け用の塩を使用したもの。
それ以外にもどれも美味しそうなメニューだった。
楽しく母と会話しながらご飯を楽しんでいた。祖父母とは別のテーブルで食べている。
父はいつも少し帰ってくるのが遅い。晩御飯は基本的に夜6時くらいに食べる。
父が帰って来るのは7時~7時半くらい。それより遅くなる時もある。
みんな食べ終わって台所に食器を持っていっている時に、それは起きた。
「私が食べていた魚はとても塩辛かった」
と祖母が言った。
祖父も母も美味しいと言って食べていたから、きっとたまたま辛い部分が当たったのだろう。
そこまでは別に良かった。でもここからが問題だった。
「めちゃくちゃだわ。まるで私が何かしたみたいだわ。あまりにも辛かったからお茶漬けにして食べたわよ」
と不機嫌そうに。まるで何かの事件に巻き込まれた被害者のように。
その言葉を聞いた彼女はとても腹が立った。
確かに辛い部分が当たってしまったのだろう。ただあまりにも言い方が酷すぎる。
母が丹精込めてきちんと栄養バランスが取れるよう考えて、ずっと健康でいられますように
と作った料理。
前に料理を作っていた時にそう言っていたのを覚えている。
それを作ってもらった上でそんな言い方するなんて。ありえない。
何様のつもりだ。そもそも料理を作ってもらって当たり前だなんて思うな。
これでもかというくらいに祖母への憎しみが沸いた。
「私も食べたけどそんなに塩辛くなかったよ」
嘘を言ってしまった。いや嘘を言っているつもりはなかった。
ついそう言ってしまったのだ。魚を食べていないから分からないのに。
祖母にはあんたはそうだったかもしれないけど私のは辛かったと。
祖父にはそもそも食べてないじゃないかと言われる始末。そこで会話は終わり祖父母は自室に戻った。
母は特に気にすることもなく皿洗いをしていた。
ここで一連の出来事は終わった。でも彼女の心中は穏やかにはならなかった。
時々、料理を作ったり手伝ったりするからこそ分かる大変さ。
それでもいつまでも病気をせず健康でいて欲しいから作る。
その大変さが分からないからそんなことが言えるのだ。
本当に本当に腹が立って仕方が無い。いっそ死んでしまえばいいのに。
そう思った途端に自分が怖くなった。
こんな気持ちになったのは初めてだ。人の死を願うなんて非人道的だと分かっているのに。
むしろ直々に手を出してしまいたいすら思った。
だめ、だめ。そんなことを思ってはだめ。考えてはだめ、やめて。
頭の中では様々な感情が混乱としていた。
何でこんなこと考えてしまうのだろう。私はどうかしている。
自分のことが許せなかった。もう消えてしまいたい。
いつの間にか眠りについていて、外は朝だった。学校なんて気分じゃない。
制服に着替えて朝ご飯は今日はいらないと言って、すぐに家を出た。
そして学校に自分から連絡をして休むことにした。
連絡をしてから今日は新発売のミルクティーが出ることを思い出した。
気分転換に電車に乗って、隣町でも探しに行こうとなって今に至ると。
これで話は以上だ。
話し終えた時には彼女の両目から涙が溢れていた。
「おかしい……ですよね……たったそんなことで……人の死を……ぐすっ、願ってしまうなんて……」
彼女は自分が今でも許せなくてそして怖いのだろう。
人が近くにいることを気にしてなのか、声を押し殺して俯いて泣いている。
ベンチに涙が何粒も落ちてゆく。
「別におかしくないと思うけど」
「えっ……」
予想外の反応だったのだろう。彼女は私の顔を見た。
「いやそりゃ腹立つでしょ。自分で作らない癖に文句は一人前。私だったら手を出してたかもね。分かんないけど。流石にそれは腹立って当然だって」
「本当……ですか……」
「ほんと、ほんと。てかさ別に思うくらい自由じゃね? 誰しも心の中でなら、何回もそう思ってるっしょ」
「そう……なのですか?」
「多分ね~。あいつ腹立つ、ぶっ殺してやりてぇくらい思う時は思うよ~。気が済むまで思って、思うだけで足りない時はカラオケでストレス発散! 手ぇ出したら刑務所行きになっちゃうけどさ。思うくらいなら可愛いもんよ」
「……」
「てかさココアちゃん、ちょっと自分に厳しすぎない?」
「自分に……厳しい……」
「そ、そう思うことは別におかしくもなんともないし。もうちょっと自分に優しくしてあげようよ。自分自身が一番の良き理解者よ。どんな時も自分が肯定してあげるの。今は腹立っているんだね。そうだよね、腹が立つよね、分かるよ~って。そしたらなんと不思議! 少しづ~つそんな感情が浄化されちゃうのです。凄いでしょ~。まぁ時間差は個人によって変わると思うけどね」
「肯定……」
彼女に向けて手を広げる。
「泣きたい時は思い切り泣きな。我慢しなくていいんだよ。辛かったよね。怖かったよね。悲しかったよね。私の胸で思いっ切り泣いていいんだよ」
その言葉を聞くと泣きながら胸に飛び込んできた。号泣している。ただただ感泣している。
胸で泣いていてもその声は周りの人に聞こえるくらい。
「あ~皆さん特に気にしなくて大丈夫ですよ~」
と一応言っておいた。みんな心配して近づいてきたから。
その時も彼女は何も言わずにただひたすら泣いていた。
少し経ってから来た電車は見送ることにした。急ぐことは特にないのだから、これでいいのだ。
人は本当に心が壊れてしまいそうな時に優しくされたら嬉しくなる。
そしてその気持ちを肯定してくれたらもっと嬉しくなる。
それは私も体験済みだ。だから今度は私の番。
きっとまた私もそうなってしまうかもしれない。
その時は自分自身が肯定してあげて慰めてあげる。
あとは誰かに話すだけ話を聞いてもらったり好きなことしたり。
時間が解決してくれるのを待つだけ。
本当に密度の濃い30分だった。気が付くと駅員のアナウンスが聞こえた。
まもなく到着予定と知らせてくれている。
彼女は落ち着いてもう泣き止んでいた。涙でぐしょぐしょの顔をハンカチで拭いている。
「もうすぐ電車が来るみたいですね」
その声色も出会った時よりも明るいものになっている。泣いてすっきりしたのだろう。
「みたいだね~。ど? 泣いてすっきりしたっしょ」
「そうですね、かなりすっきりしました。人に話すことって本当に大事ですね。こんなに気持ちが生まれ変わったみたいになるなんて、思いませんでした」
喋る時に言葉が詰まっていたのも全くなくなっている。
顔も憑き物が落ちたように、晴れやかな表情をしている。
「そういえば服は大丈夫ですか? とても濡れてしまっていると思うのですが……」
「あぁ、これのことね」
上着を腰に巻いた状態で軽くくるりとその場で回る。彼女が言っている服は今、腰に巻いている。
今日はパーカーとTシャツとスカートという格好で出かけた。
パーカーには猫耳がついているという可愛い仕様だ。
「別に寒いわけじゃないから、こうしていたら気にならないから大丈夫よ~」
「ごっごめんなさい……。自分でもこんなに涙が出るだなんて思わなくて……」
「別に謝らなくてもいいのよ~。私が言い出したことなんだから、さ。やっぱりココアちゃんは自分にちょいと厳しすぎるね~。まぁ今日この瞬間から、少しずつ自分に甘く優しくしていきましょ~」
「そっそうですね、ありがとうございます。そう言って頂けると気持ちが軽くなります」
そう彼女が言い終えたと同時に電車が来たのだった。




