何かを認めるということ。それは時に、とても勇気がいる場合もあるよね
予想は的中しました。
今どういう状況かと言いますと、あの日乗ったリムジンにもう一度乗っているところです。
前はそこまで気にしていなかったのですけど、一つ気付いたことがあります。
それは、とんでもなく乗り心地が良いということです。
どれくらいかと言いますとそうですね……、ほのかさんが爆睡していると言ったら伝わるでしょうか。
更に付け足すと私も少しだけですが眠たいです。人様の車に乗せてもらっている状況。
なので寝るなんて失礼だと思って寝ないようにしていたのですが、ダメでした。
もちろんほかの人が寝ていても何も思いません。それは本人の自由ですから。
ただ私の性格的にそう思ってしまうだけです。
ですから人様の車に乗るときは基本的にかなり緊張してしまうのです。
目的地に着くときには既にくたくたなことが多いです。
でも寝てしまいそうになるくらい、あまりにもこの車は居心地が良いです。
車自体が高級車という点もあると思います。
ですがそれだけが乗り心地の良さの全てというわけではありません。
他にもその良さの秘訣があります。
まずは車内です。椅子が座り心地が良かったり、ふかふかのクッションが置かれてあったりなど。
そもそもの設備が素晴らしいです。
ですが他にもまだまだあります。
次は香りです。車の中に入った途端に素敵な香りがしました。
不思議とそれを嗅いだと同時に緊張がかなり解れました。
リラックスできるような効果があるものかもしれませんね。
これが凄く良い香りなのです。ただ何の香りかは分かりません。
きっと私が知らないものを使っているのでしょう。
もしかしたら日本にはないもの、かもしれませんね。
次に色彩感覚です。全体的に目に優しい色ばかりなのです。
カーテンは深緑色、そしてクッションやソファは濃い赤色。
そう目から入る情報だけで更に落ち着くのです。
次にBGMです。落ち着くと言ったらオルゴールなのではないかと思う方が大半だと思います。
ですがそうではないのです。
では何かと言うとそれはジャズです。
もう少し説明を付け加えると、少ししっとりめのジャズです。
お洒落なバーやレストランにかかっていそうな雰囲気のものです。
そしてこれは個人的な意見になるのですが、何よりセンチメンタルな気持ちになり過ぎないのが素晴らしい配慮だと感じました。
確かにオルゴールもとても落ち着きます。
でも次第にセンチメンタルな気持ちになってしまうのです。
更に途中から何が悲しいのか、特に理由もなく声をあげて泣いてしまいそうになります。
だからこそこの選曲のチョイスは流石だなと思いました。そこまで考えているかは分かりませんけどね。
でもこれだけ様々なことにこだわっている爺やさんです。きっとそこまで計算の内なのでしょう。
様々な人を乗せてたくさんのことを試して、試行錯誤したのだと思います。
そして最後に。これが一番乗り心地の良さを実感した要素です。それは爺やさんのドライブテクニックです。
詳しく言葉で説明しにくいのですが、とにかく安心出来るのです。
この人なら大丈夫という特に根拠のない理由込みで。
たまたま急ブレーキがかかる場面がないだけと思う方も居るでしょう。
確かにそんな場面は今のところ特にありません。
何故そう思ったのか言いますと。そうですね、強いて言うのなら常に落ち着いているところですかね。
大人の余裕を行動の節々に感じます。何も動じることなく淡々と運転しています。
爺やさんの顔はここから見えません。
ですが背中は見えます。その背中は微動だすることなくそこに存在していました。
まるでオブジェのように。
「乗り心地はいかがでしょうか。リラックスできましたか」
急に話しかけられたのでびっくりするかと思いました。
ですが穏やかな話し方かつ優しめな声量で、そんなことはありませんでした。
「あっ、はい。とても落ち着けるように工夫しているのですね」
「ありがとうございます。普段は要望がない限りはカーテンの色やBGMや香りは違いますけどね」
そう言われるとまるで自分のことを見抜かれているように感じてしまいます。爺やさんなら有り得なくもないかもしれません。
人生の大先輩ですから。
「実は今日頼まれたときにほのかさんが仰っていたのですよ。雪さんがうなされていと。疲れていると思うからリラックスできるように出来る限りでいいからしておいて欲しい、と」
「ほのかさんが……ですか?」
「はい、あともし雪さんが何か悩んでいるなら話を聞いてあげて欲しいとも仰っていました。もし宜しければ何か悩みごとがあるのでしたら私に話してみませんか」
どこまでも優しく落ち着くような声色に話し方。
不安な要素なんて何もないはずなのにまだためらっている自分がいます。
本当に話しても大丈夫なのか、と。
全てを話し終えたあとも変わらずに接してくれるでしょうか。
それは私が悪いと言われるかもしれません。
そのことがとても怖かったのです。
誰よりも自分が一番そのことを分かっていますから。
それを人に指摘されることが傷つくし怖いです。
だから話すことを迷ってしまいます。
「きっと話すのには勇気がいると思います。ですが人に話すだけでも気持ちは軽くなります。今はひとりでとても重い荷物を抱えているみたいなもの。自分の力のみで頑張るのも素晴らしいことです。……ですが、私にもあなたの重さを分けてくれませんか」
まだ不安な気持ちはあります。でもその言葉を聞いて少し減りました。
確かに一人で抱え込んだままでは一向に状況は変わりません。
ここは聞いてもらうことにしましょう。
少しでもこのままで居るより、何かはきっと、変わるはずですから。
「あの……どうか何か思ったとしても、何も言わずに……聞くだけ聞いてくれますか。私が悪いことは……自分が一番、分かっている……ので」
「ご安心ください。私が関わった方の中にもそのような方もたくさん居ましたので、雪さんがそう望むのならそうしますよ。大丈夫です、雪さんは素晴らしいですよ」
「素晴らしい……とはどういう意味でしょうか」
つい疑問に思いそのまま聞き返してしまいました。
「おっと、言葉足らずでしたね。失礼しました」
コホンと咳払いをする爺やさん。そしてすぐにまた話し始めました。
「雪さんは今何か悩みを抱えています。それを見てみぬふりをせず、例え苦しくてもなんとかしようと自分なりに努力をしています。それだけでとても素晴らしいと私は思いますよ」
「そんな……私は……」
ただうなされた時に思い出して苦しい思いをしたから。
それをどうにかしたいだけに過ぎません。
「言いたいことは分かります。でもそのまま放っておく方も何名かいるのも事実です。例えそれが自分の苦しみをどうにかしたい、という理由だとしても、素晴らしいと思います。自分を大切にしている、とも言えますからね」
「……」
声にならない声がつい漏れました。そんな風に考えたこと、一度もなかったです。
「さて、自分のペースで大丈夫ですので何があったのか教えてもらってもいいでしょうか。時間がかかりそうでしたら、コースを変えて目的地に着くのを遅くしますから安心してください」
「わっ、分かり……ました」
それから爺やさんに全てを話しました。
陽太との関係、中学一年生の時にできた友達のこと、そして何故陽太を避けるようになったか、余すことなく全て。
何度も何度も数えきれないくらいに言葉に詰まりました。陽太を避け始めた理由については特に。
どれくらい沈黙が続いたか覚えていません。
それでも爺やさんは何も言わずに待ってくれました。
ただただ黙って最後まで話を聞いてくれました。
おかげでそれなりに時間はかかりましたが話したいこと、全部伝えることができました。
「……ていうことがあって、今悩んでいるのです」
その言葉を言い終えた途端に肩の力が一気に抜けました。
話すときにかなり緊張していたのでしょう。
話していて自分でも実感しました。
「なるほど、そのようなことがあったのですね。……もし宜しければで大丈夫ですが、少し話したいというよりもお聞きしたいことがあるのですがいいでしょうか」
かなり疲れていたのもありますが、この人なら変なことは言わないという信頼もありました。
それは話を聞いてもらっている過程でそう感じました。
そのような信頼はすぐに感じるものではありません。
ですがそれでも十分でした。この人は本当にその人が求めている気遣いをして下さるのだと。
そう感じたのです。
だから信じてみることにしました。
それよりも前の自分とは違う行動を取ろうと思った、のが一番大きい理由かもしれません。
今までの自分なら絶対に安全な何も聞かない、という選択肢を取ったはずです。
不安な気持ちはそれなりにはあります。
でもそれに負けないくらい安心の気持ちもあります。
矛盾しているように聞こえますが、実際に今はそんな気持ちなのです。
自分でも変な感覚です。
だから賭けてみることにしたのです。
「……大丈夫です」
「ありがとうございます。とても辛い経験をしたと思いますが、雪さんはこれからどうしたいと考えていますか」
「えっ……」
まさかそんなことを言われるとは思っていませんでした。てっきり何か同情やアドバイスをしてくれるかと思っていました。
「どうしたいか……ですか」
そう言われると考えてしまいます。一番はこの苦しみをなくしたい、これしかありません。
でもその為には何か行動に移さないといけません。
では何をしたらいいのか、疲れながらも頭を巡らせます。
ですが特に思いつきません。正確に言うとすぐに思いついても何かしら理由をつけて却下してしまいます。
それは自分でもどんな理由をつけたか覚えていないくらいです。
この状況をどうにかするには何か行動しなきゃいけないのに、何も良い案が思いつきません。
様々なことを考えていたその時。
「色々と深く考えてしまいがちですが、一度それらを全て取っ払って、素直な気持ちで考えてみてはどうでしょうか。そうすればきっとすぐに見つかるはずです」
そうアドバイスしてくれました。
「素直な気持ち……」
私の素直な気持ち、そんなこと無理だとか私には出来ないとか関係なしに思いついたこと。
それはすぐに思いつきました。
今までたくさん悩んでいたのがまるで嘘のようです。……いや最初から自分で分かりきっていたのかもしれません。
それをするのは怖くて勇気がいるから、別のことを無意識のうちに探していたのでしょう。
「思いつきました、私がどうしたいか」
「そうですか、それは良かったです。もし宜しければ私に教えてもらってもいいですか」
「……はい」
ここでほかの人に言ってしまえば、認めざるを得なくなります。
もう逃げられなくなります。
でもそれでいいのです。
今まで散々理由をつけて逃げてきたのですから、そろそろ向き合わないと。
このままでは一生逃げ続けることになります。
今思い出したのは向き合うべき時が来た、ということなのでしょう。
「私は……」
深くゆっくりと呼吸をします。そして少し間を開けてから言いました。
「陽太に謝りたいです」
ようやく口に出すことが出来ました。私は彼に謝りたいです。
例えそれが彼に許されなくても……元の関係に戻れなくても。




