ある宰相の憂鬱(月猫)
だいぶ路線変わりました!ごめんなさいっ!!
猫人と魔物だけがいる世界フェーレース。
その国の王都の一室で半月型のモノクルを引き上げて狭い額に青筋を立てた宰相閣下がおりました。
彼の名前はゲッパク。
薄茶から濃紺へと色を変える珍しい毛並みの額には上向きの三日月とその中に小さな丸模様。
月猫族の長を示すその模様がついたしっぽを苛立たしげに椅子の側面に叩きつけていました。
ひとしきりバシバシと叩いて気が済んだのか手にした書類数枚を執務机の上に投げ出した。
「またクレセントムーンですか。あいつらはいつになったら落ち着くのか……。」
同じ三日月でも嗜好の違う月猫一族を思うとため息しか出ない。
月猫といえば古くから文官として優秀な者を多く輩出した名門で武の陽猫とあわせ双璧と呼ばれるほどである。
その一門であるにも関わらず一風変わっているのが各地で大衆食堂『クレセントムーン』を営業している月猫の一族がいる
「アイツらが狩りに行くとペンペン草も残らんからな……。」
また一つため息をついて、書類を見比べながら別の紙にサラサラと文書を書き込んでいく。
思えばこの作業もだいぶ慣れたものである。
「慣れたくない。だいたい食のためなら龍をも殺すって何なんだ。どんな物騒な飲食店なんだよ。こんな作業国政とは関係ないじゃないか。……や、そうでもないのか?ん〜。」
クレセントムーンが動けば街が動くと言われるほどで料理人と給餌係で構成されたパーティで目的の魔物を狩りに行くわけだが、せっかく出るなら食べれるものは全部狩る。とでも言わんばかりに野草を取り尽くし視界に入った魔物を狩り尽くす。
今回の被害は西の山一つ分。
なんでも鳥系魔物はどうやって食べるのが一番うまいかで常連の意見が割れ、せっかくなら食べ比べて頂上決戦をやろうじゃないかとのことらしい。
「どっちでもいい。至極どっちでもいい。だいたい焼き鳥には焼鳥の旨さがあるし、唐揚げには唐揚げの良さがある。決める必要などないだろうが。」
ワンダーフォーゲルとよばれる常磐色の羽を持つ全長2メートル程の鳥は翼が退化して飛べない鳥とも呼ばれている。そのおかげで発達した脚で地上を走り回りネズミ型やうさぎ型などの小魔物を食べ群れで行動する。
西の山に群生したそれらを狩り尽くしたらしいのだが、問題はその先である。
基本的に彼の一族は食べれるものは無駄にしない主義である。肉はもちろん内蔵、血液、骨すら出汁に使う。
しかし、もちろん食べれない部位はあるわけで。爪や嘴、出汁をとったあとの骨といった部位を譲ってもらうべく骨角屋が同行し、羽や皮を欲しがる皮剥屋も便乗し、山に入るなら珍しい木があるかもしれないと植切屋がついて行き、これだけ同道すれば植生や分布が変わるだろうと線引き屋までが加わり、美味しい食とおこぼれを頂戴しようと冒険者までが合わさりかなりの大所帯となった結果、山一つハゲ散らかした次第である。
しかしその山は西の領主である秋猫が管轄する場所である。いかな個人による狩りと主張しようとも山一つ潰して知らん顔はできまい。
同じ月猫のやらかした事となれば、長であるゲッパクが頭を下げねばなるまい。
「頭がイタイ……。」
幸いにして秋猫はだいぶ緩い傾向にあるのでそこまで責められはしないだろうが補填や賠償はなにかせねばならない。
取り急ぎ詫び状と事の次第を認めた書状を書き込むゲッパクであった。
★猫人名鑑★
月猫族……体に月の柄が入った文官や研究者、医者などが多い一族。
クレセントムーン…月猫族の家門の一つで食に対する興味が深くあちこちの街に食堂店を持つ。戦う料理人が多い。
★猫人ハローワーク★
骨角屋……骨、角、嘴、爪などを加工する職人
皮剥屋……皮、甲殻、羽、毛などを装飾、被服化する職人
植切屋……植生を把握し、植物を植えたり採ったり加工する職人
線引き屋……地形や植生魔物分布図などを興す地図職人