(前略)アレ その2
「こんなにあっさりしてるんだ、生まれ変わるのって。」
瞬きの合間に移動してしまった異世界を、僕は改めて見回す。僕は小高い丘の上にいて、眼下には美しい緑の草原が広がっている。
「……きれいだな、両目だとこんなにきれいなのか。」
僕ははじめて、「両目」で世界を見ている。奥行きがあるとは知っていたが、実際に見ると、こんなにも……。なんというか、いいもんだ。胸の奥からじわじわと何かがこみ上げ、僕は大きく息を吸い込んだ。
「空気がおいしい。ふふ。」
ちょっと前まで僕は絶望しきっていた。その気持ちのままだったら、こんな景色も感覚も無味乾燥なものだったと思う。あの人の手と言葉は、僕の気持ちすら新しくしてしまったようだ。
景色を眺めながら呆けていると、しばらくして遠くに動くものが目に入る。
「動物……?」
遠くてあまりよく見えないので、じっと目を凝らす。
「っ!?」
ぐわっと、空間が広がるような感覚とともに、目線の先に視界が「飛ぶ」ような感覚。いや、見ているのは同じ景色だ。でも、遠くのそこで何が起きているのかがはっきりと「見える」。
――どうせなら、人よりもずっと『見える』ようになってみるかい?
「神様のあの言葉、こういう意味だったのか。」
そこには馬車が一つ。馭者と、中には一人の女性。そして中世の鎧騎士のような恰好の人間が2人、剣を抜いて馬車の両側にそれぞれ構えている。その周囲には……
「化け物?」
見たこともない人型の生き物。とがった耳と鼻で、身長は子供ほどだが、皮鎧と武器を身に着けている。そして、数が多い。10匹ほどだろうか。
化け物たちは飛んだり跳ねたりしながら、馬車の周りをゆっくり回っている。おそらく、飛び掛かる隙を探しているのだろう。
すぐに、1匹が馭者の方へ飛び掛かったが、騎士の一人がかろうじて化け物の片腕を切り落とした。化け物たちは怯んだのか、少し距離をとる。しかし、まだ退く気はないようだ。
――助けに行ったほうがいいんだろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、何かできるとは思えない。こんな、身一つの格好で……。
「ん?」
ふと、自分の身体に目をやる。間抜けなことに今の今まで気づかなかったが、僕は左腰に剣を帯びている。そして、右の腰には。
「銃?」
ホルスターから取り出してみると、それは先の長いリボルバーだ。黒い何かの金属に、僕の「眼」と同じような意匠が施してある。僕はそれを再びホルスターに戻す。
「間に合うか分からないけど、行ってみよう。」
僕は丘を下る道を見つけ、馬車の方へ走りだした。