バイトのバイトの紹介
俺はバイトのバイトをしている。一つ目のバイトは「噛む(Bite)」の方のバイト、つまり噛むこと専門のバイトというわけだ。
ちょっとしたキッカケでそんな妙な仕事があると知り、金は欲しいがレジ打ち等のつまらない仕事はしたくないなどと考えていた貧乏学生の俺は試しにやってみることにした。
最初の仕事は、とある芸術家の手伝いだった。
その人が粘土で作った女性の体型をした人形に、その人の指示通りの箇所に指示通りの深さの歯型をつけていくというもので、意外と力加減が難しく、おまけに粘土を何度も口に含まないといけないのだから途中で気分が悪くなってきた。
作業終了後に芸術家さんが「これは現代社会における女性の性的消費に対するアンチテーゼであり…」などと語りだしたが、俺は早く帰って歯を磨きたいとしか考えられなくなっており、早々に報酬をもらいその場を後にした。
最初の仕事内容が内容だっただけに、これはどうしたものかと考えたが、報酬の良さと他にはどんなことをやるんだという好奇心から続けてみることにした。そうして色々な体験ができたので印象に残ったものをいくつか紹介していこうと思う。
とある玩具メーカー、そこでは新商品の開発が行われており、ターゲットとなる児童が誤って口に入れ、噛み砕いてしまい、破片が体内に入ってしまうといった事故を防ぐための耐久テストを行っていた。
当然、俺が玩具を噛む役で、ありがたいことにちゃんとした耐久力のあるものだったおかげで顎が疲れただけで済んだ。
一人暮らしの老人、老いにより顎の力の弱くなったその人はまともな食事も満足に出来なくなっており、俺が噛んで柔らかくしてあげて、それを食べさせるといった内容だった。
仕事だし、俺は別に嫌な思いをしてるわけじゃないのだが、どうしても言いたくなったのでミキサーでも買ったらどうだと伝えた。老人曰く「人の温もりが恋しい」らしい、孤独は人を狂わせるのだなと哀れんだ。
警察、現場に残された歯形が手掛かりとなっている事件の捜査として、どのようなシチュエーションなら同じ歯形になるのかという検証の手伝いをした。
自分たちでやればいいのにと最初は思ったが、目撃証言による犯人の背格好が似ていたため、俺に頼んだらしい、それ自体は別にいいのだが、途中から刑事の一人が「似てるってことはお前が犯人じゃねえのか」などと言い出した時は困った。
ありがたいことに検証中、その犯人が捕まったと知らせが入り俺への疑いは無くなった。
「なんの役にも立ってねえけど、まあわざわざ来てもらったんだし報酬は払うよ」と、税金の一部が俺のもとに返還された。
二十代OL(超美人!)、これはこのバイトをやってきて最も楽しかった仕事だった。
彼女は自分の体を思いっきり噛まれることにより快感を覚える特殊な性癖の持ち主で、当然俺は彼女の体の隅々まで噛みつかさせてもらった。
気持ち良さそうにしている彼女の姿を見ていると、これ以上の行為にも及べるのではないかなどと期待していたのだが、彼女は噛まれることだけが趣味でそれ以上は望んでいなかったので、残念ながら俺は悶々とした気持ちのまま帰宅することとなった。後に同じような状況で手を出してしまい、逮捕されてしまった男性がいると知り、俺は自分の理性の強さに誇りを持つようになった。
実は、似たような依頼を男性客からも受けたことがあるのだが、それについては思い出したくもない。
最後にとっておきの変なのを紹介しよう。
今年開催された東京オリンピック、そこでとある種目に参加する日本人選手と俺の顔がそっくりで、見た目を完全に似せるため筋トレや日焼けをやらされた上でまったく同じ服装となり、競技場内で一部関係者以外からは隠された状態で待機させられていた。
選手の彼が金メダルを獲得し、表彰台に上がるとなった時、俺の出番が来た。
やることは単純で、ただ渡された金メダルを記者の前で噛むだけだった。
金メダルを噛むという画はどうしても撮りたい、しかしコロナウイルスの危険が伴うこのご時世、選手の健康を気遣い、俺は影武者となったのだった。
他にも色々あるのだが、目立ったのはこれぐらいだろうか。
途中で愚痴を挟んだりもしたが、こうして振り返ってみると良い思い出だったんじゃないかと思う。
ただ、貴重な経験の後遺症というか、酷い職業病を患ってしまった。
人一倍噛む行為を繰り返しているのだから、当然、顎の力も人一倍になる。大抵のものは噛み砕けるようになった。それだけなら問題ないのだが、口に入れたものは反射的に噛むという癖までつくようになってしまったのがいけない。
口に入ったものは何でも噛み砕いてしまうのだから飯はなにを食べても箸味がセット、爪を噛もうものなら指先ごと犠牲になるしストローはすぐ潰れてタピオカを吸えなくなる。彼女は痛がりすぐ別れることになってしまう。
しかも喋っていて言葉を噛むことも多くなった。これは何故…?