《世界一の繭》
みんな朝ごはんは何を食べているだろうか。
今、俺とリリィはカリカリのベーコンに塩を振りかけ、ツイン並んだ目玉焼きを口いっぱいに頬張っています。
は?
「いやそうじゃねえよ!誰!お前は誰なんだよ!」
起きて下さい、4124番・『カラサリス』、とまだ日が昇りきっていない早朝に何者かに声をかけられて目覚めた。俺の枕元に立っていたのはオレンジ色の作業服に身を包み、メガネを掛けた謎の身長の高い20代半ばくらいの女だった。ゆうに180は超えていると思われる。(ちなみに俺は165cm)
「何度も説明しているじゃないですか。ワタシは彼女の観察担当です。…そうですね。私のことはママとでも呼んでください」
「知らねー女にママ呼びできるか!恥ずかしいわ!」
「…ごくん。ごちそうさまでした。それで、その、『カラサリス』というのは私の名前って事でいいんですか?」
「はい、別段隠すことも無いので。貴方の名前は《世界一の繭》。元々危険度Lv5を誇る厳重観察対象として我々が保護していましたが、もう危険性は無くなりましたので保護観察処分として彼との同行が許可されています。なので厳密にいうと名前では無いですね。図鑑でいう種族名みたいな物です」
「れ、Lv5!?アレって現勇者でもまだ遭遇したことの無い事例だろう!?」
「…まあ、そこら辺は喋れませんが。ただ一つ言えるのはあなたがたはこの世界をまだ知らない。だって貴方、元々この世界の住民では、無いですよね?」
急に心臓が跳ね上がるのを感じた。
そんなパキラの動揺しているのが伝わったのか自身のことを「ママ」と呼ぶ彼女の双眸がパキラを鋭く捉える。パキラの背中に冷たい汗が流れた。
「ど、どういうことですかお兄さん…」
「や、やだなあお姉さん!どっからどう見てもボクちゃんただのクソガキじゃないか!っていうか、そんなに重要そうなことペラペラ喋って大丈夫なの?」
すると無表情な彼女はメガネを少し持ち上げて言った。
「はい、あなた達のその首輪は神経系の感覚を読み取り我々に不利な情報を他者に話そうとした時点で自動で爆発する仕組みになっています。既に400人の被検体のうち6%の人間が無理に解除を試みたり、他者に説明しようとして終了されていますね」
言葉のニュアンス的にこれは死亡という意味だろう。
恐ろしい事実が頭の中を反射して駆け巡る。
「というか、私、ヒトじゃないんですか…?」
「いや、人間です。突然変異みたいなものなのでそこは心配しなくて大丈夫ですよ…ええと、リリィ、でしたっけ。いい名前を付けてもらいましたね」
彼女の無機質めいた表情が一瞬だけ温かみを帯びた気がした。
「はい!私もそう思います!」
「そういえばその名前って誰につけて貰ったんだ?」
ふとパキラが頭に浮かんだ疑問を口にする。
「…それが、思い出せないんです。でもとても大事な誰かに付けてもらったことだけは覚えています」
「…成程」
なにやら感嘆したように女はノートに何かを殴り書いた。
「というかさっきアンタ、保護観察処分だとか観察担当だとか言ったな。どういうことだよ」
「ここに来るまでに奇妙な部屋と人形に会いませんでしたか?」
「あ、ああ…」
多分あの幼稚園みたいな部屋とピエロの人形のことを言っているのだろう。
「あれ、全部そこの彼女が作った物ですよ」
女はリリィに指を指して言った。
「ーーえ?」
当のリリィは全く身に覚えのないように慌てふためいている。
「記憶が無いということは危険性は無いと判断されたということです。…ああそうだ。大事なことを伝え忘れていました」
「?」
女は自分の首元をトントンと軽く叩いて見せた。
「それに付いてる紐、1回引っ張ってみて下さい」
「…あ、本当だ。なんか付いてら」
「えいっ」
俺とリリィは言われるがまま引っ張ると、リリィの足が桜色の鎧に覆われた。
「…ええと」
女はどこからか本を取り出しパラパラめくると言った。
「ちょっとジャンプしてみて下さい」
「こうです…かああぁぁ!?」
少しリリィが跳ねただけで天井に頭をぶつけてしまった。当然床からの高さは彼女7人分くらいはある。
「痛い…」
「あなたのラビットブラスターは脚力が数倍に跳ね上がるチカラです。比較的使いやすい方だと思いますよ」
「リリィ、大丈夫か?」
「ええと貴方は…あれ?何かしら出現しませんでしたか?」
俺のチョーカーの紐をさっきからいくら引っ張っても反応が無かった。
「故障か?」
「いえ、なんというかその…ご愁傷さまです」
「え?」
唐突になにやら哀れまれたので意味が分からない。
「物は試しです。少し私とジャンケンしましょう」
「は?いや別にいいけどさ…」
「いきますよ…ジャンケン、ポン」
…俺はグー。相手はパー。俺の負けだ。
「…これがどうかしたのか?」
「もう一回いきますよ?最初はグー…」
この後、約30回彼女とジャンケン勝負に励んだが全て俺の惨敗。もう途中からイカサマを疑うレベルだった。
「…まさか」
「はい、そのまさかです。あなたの『ボクノート』はひたすら悪運が身に降りかかり続ける能力です。尚、彼女のラビットブラスターや他の能力と違って具現化させることのできない唯一の能力です。本当にご愁傷さまです」
「勘弁してくれよ…」
「大丈夫ですお兄さん!お兄さんのことは私が守りますから!」
「…ありがとう……」
「さて、ご自分の能力も分かった事ですしこれからが本題です。説明の通りお二人にはそのチョーカーの奪い合いに参加して頂きます。その名も『名札集め』。昼夜問わず、相手が寝ていようが風呂に入ってようがご飯を食べてようがセックスをしていようが構いません」
「せっくす?」
「子供は聞いちゃいけません!」
「…続けます、そしてそのチョーカーを集める度にワタシに渡して下さい。2人でのエントリーなので10個になりますが。そして何かご不明な点があればワタシに聞いて下さい。機密事項以外であれば何でも答えます」
「スリーサイズは?」
「上から116・67・91になります」
「マジかよ」
「そして重要な点が一つ。何か犯罪を起こすとその時点で無期限の失格になります。例のキューブになりたくなければ控えることをお勧めします」
多分あの監獄のことを指しているのだろう。死刑か。
「分かった。でもとりあえず何をすればいいんだ?俺、田舎の出だから都会の暮らしがよく分からなくてね」
「そうですね……ひとまず、ギルドに行きましょう」
彼女が立ち上がる際にボソリと呟いた。
「…帰せぬ古代の竜の歌」
誰も、聞こえぬ小さな声で。




