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魔法使いだったとして

「最近スマホばっか見てるけど、何がそんなに楽しいの」

「うおっ! ちょ、待てリツ!」


 ここ一週間ほど、何かといやスマホばかり見ている幼馴染に苛立って、セイが座っているソファの後ろから近づいて取り上げてみた。急いで取り返そうと手を伸ばしてくるが、頭の上に腕を乗せて抑えつけておけば、見た目は明らかなヤンキーで口調も態度も悪いくせに、自分より弱いものに対して強く出られない彼のこと、無理矢理どうこうしようとしないことはわかっている。

 それにこの体勢、意外と楽しい。普段から私のほうが小さいからって頭の上に腕を置かれているんだからおあいこおあいこ。


「ふぅ……ん? 小説? これって、今流行りのネット小説ってやつ?」

 しかし取り上げて画面をスクロールしてみるものの、思った以上に健全な内容だったので少し出鼻を挫かれた感覚だ。だって、いつも何見てるの、って聞いても全然教えてくれなかったから、絶対私──というか他人──に見られたくない内容だと思っていたのに。

 内容は、小説投稿サイトに掲載されているらしい作品だ。私は紙の本ばかり読んでいるけれど、そういうサイトがあるというだけの情報は持っている。その中の、特に一番有名なサイトの名前だったと記憶しているものが、ページ最上部のロゴに書かれていた。軽く開いているページだけ流し読みした感じでは、現代で亡くなって異世界に転生したところで、現代の知識を使って有意義に過ごそう、みたいな雰囲気である。


 首を傾げた私に対して、「ああ、そうだよ。だから返せ」と若干投げやりな言葉と手が飛んできたので、今度は素直に渡す。

「なに。そんなに焦って隠すほどのものでもないじゃん。なんであんなに、何度聞いても頑なに隠してたの」

「別に……ちょっと……」

「だいたい、セイって本読むのとかめちゃくちゃ苦手じゃない。成績はいいくせに、本だけは読むと眠くなるからって。それが急にどうしたの」

 そこまで言ったところで、少し言い募るような口調になったと思って口を噤んだ。


 セイはヒヨコのような黄色の髪──本人は金髪と言い張っている──に、キツい目つき、口の悪さでヤンキーにしか見えない。今通っている高校はそれなりの進学校なんだけど、なんでその容姿でも受け入れられるかっていうと、成績を常に一桁台でキープしているからだ。そのため、生徒指導にうるさい先生か風紀の乱れを心の乱れと考えているようなクラスメイトしかセイにそういうことを言ってくる人はいない。

「あー、ほら、あのー……」

 何だかいつもより、随分歯切れの悪い幼馴染である。


 ソファの後ろからぐるりと前に回って、私はセイの隣にぽすんと腰を落とした。ついでとばかりに今まで彼が背中に当てていたクッションを取り上げて抱え込む。それでも特に文句も言わないんだから、やっぱりいつもと違う。変なの。

「あー、ほら、三崎みさきがさ、『樫貫かしぬき、君は本を読まなすぎるからいつも文章問題で躓くんだろう。こういうものならまだ読みやすいだろうから読んでみろ』なんて言って教えてくれたんだよ」

「三崎くんが? めずらし」「だよな、俺もそー思う」ついつい出てしまった感想に、二人で視線を合わせて、お互いの気持ちが同じであることを確認した。

 三崎くんというのは、中学時代からのセイの悪友のようなものである。中学時代から引き続いて風紀委員をしていた彼は、セイのヒヨコのような頭を絶対に白髪染めで染めてやると公言して追いかけ回しているのだ。ちなみに、今年高校二年に上がってからは生徒会に入ったので風紀委員ではないのだが、『樫貫の頭を黒に染めるのは自分だけだ』という信念のもと、未だに追いかけていて──それが達成されたことはない。お互いに顔を合わせれば嫌味の応酬ばかりしているのだけれど、それでも男の子同士の感覚というのか、楽しそうだな、というのが、横から見ていてもわかるのだ。


「でも、文章問題って、三崎くんもよく知ってるね。セイ、テスト結果の内容なんて見せたの?」

「見せるわけねぇだろ。でも、ほら、この間中間考査が返ってきた時に何かで見えたらしくって、なんでかすげぇ心配されて……」

 今に至るというわけか。セイの言葉の続きを心の中で結論づけた。


「それで勧められたのがネット小説ってことね。セイにネット小説を勧める三崎くんも、言われた通りに大人しくネット小説に没頭するセイも、素直っていうか、何ていうか」

 ちょっと呆れたような目線を向けると、セイが目をそらす。これは恥ずかしがっている時の反応だ。

 しかし私としても、別に無駄に幼馴染の痛いところをつつきたくはない。彼はなんだかんだと口煩かったり面倒だったりするけれど、私にとって、一番近くて大切な友人である事実からは離れようもないのだから。


「……面白い? それ」

 だから知らぬふりで、話題を変える。

 変えた先が、結局別のところに行くわけではなく戻っただけというのは、なんというか、私のコミュニケーション能力のせいだ。


 私が興味を示したことが嬉しかったのだろうか、セイはめちゃくちゃいい笑顔になって話しかけてきた。外見がこんなでも中身がこれだから、私は彼から離れられない。

「おう。ネット小説なんか、って馬鹿にしてたけど、意外と読みやすくて楽しいぞ。今読んでんのは異世界に転生してチートな魔法使いになるってやつでさー」

「ふぅーん。異世界転生って流行ってるの、それ?」

「あーどうだかな。俺も最近読み始めたばかりだからなー。でも、ざっとタイトルをさらった感じはだいたいそんな感じかな」


「へー……魔法ねぇ。ねぇ、セイはさ、魔法使いになれたら何かしたいことある?」

 ふと思いついた疑問をそのまま口に出すと、セイは変な顔をする。思ってもみないことを聞かれたような、そんな感じの。

「あー……ガキの頃はなんか考えたような気もすんだけどなぁ」

 変な顔のまま、首を傾げている。


 『魔法が使えたら』か。子供の頃はたくさん考えたな。

「ま、俺はもう魔法は使えたからな」

 ぼやぼや考えていたら、にや、と笑ったセイの顔がどまん前。近すぎでしょ。

「なに。どんな魔法使えたの?」手で顔を押しのけながら、その内容が気になって聞いてみるけれども、「さあな」と笑っただけで教えてくれない。

 なにさ、その思わせぶりなの。


「じゃあお前だったらさ、異世界に転生できたら何する?」

「ぇえ? セイ、質問を質問で返すのはお行儀が悪いと思うよ」

「いいから教えろって。教えてくれたら教えてやるから」


 ニマニマ、悪い笑顔。なんか嫌なの。馬鹿にされてるみたいじゃん。

 ああ、でも、『異世界に転生したら』か……。

「うーん……、ちょっと思いつかない」

「んだよ、想像力ねぇなぁ」

「想像力とかじゃなくて、だって、私、今のこの場所に満足してるもん。お父さんがいて、お兄ちゃんがいて、セイがいて。だから、もし誰かが異世界に転生させてくれるって言ってきても、私は嫌だ。としか思えない」


 思いついた言葉をそのまますらすらと口にしてみると、これは意外と、恥ずかしいかもしれない。

 天井を見ていた視線をセイへと戻すと、少しだけ赤くなった頬が、彼も恥ずかしいと感じたことを教えてくれる。


「恥ずい」「うん、恥ずい」二人顔を見合わせて笑った。

 やっぱりこの距離が一番だよ。どれだけいい環境に転生させてくれると言われても頷けない。


「で、セイはどんな魔法使えたの?」

「言いたくない」

「なんで。さっき教えたら教えてくれるって言ったじゃん」

「恥ずい。言いたくない」

 一週間、ずっと見続けているスマホの内容を聞いてお茶を濁されていた時よりもさらに頑なになったセイに、私は呆れた溜息をつくしかない。




「お前に出会うための魔法を使ったってのは恥ずかしすぎんだろ」




 ぼそっと呟かれた声が聞こえなかったフリをするのは、耳の熱さが無理だと伝えていた。

 そんな言葉が思いつくだけでも恥ずかしいっての。ばか。




 ──そういえば昔、先生が教えてくれたっけ。子供はみな、自分にとって大切な何かを叶えるための魔法を、一つだけ持って生まれてくるんだよって。

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