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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
7/24

記念写真1

「ソラが行きたいところなんて珍しいね。買い物じゃないみたいだし」


「どこなのかは着いてからのお楽しみ……って言いたいけど、料金が高かったらやめようかなって思ってる」


「うーん、そればっかりは行ってみないと分からないね」


 似合わない金髪の被り物をゴーグルのバンドで抑えてエルフに見せかけている人族の少年トオルと、美しいハーフエルフの亜麻色の髪を帽子と淡い桜色のパーカーで隠した小柄な少女ソラは、人の行きかう街の中で腕を組んで歩いていた。


今日は平日。人は少ないが一緒にいたいと願う両者にとって独り者の視線を気にせず歩くことは茶飯事になっていた。


 宿からは離れた位置にある大通りを歩く二人。ニ十分ほど歩けばソラが先導して路地に入っていく。


 決して薄暗いわけではなく、怪しい通りでもない。ただ単に人がいないために少し不気味に見えてしまう道。


 ここは休日の昼間となれば人もいるし、店もそれなりに活気になる。以前、ソラとトオルが一度歩いた道で、その際、ソラが気になる店を覚えていた。


 その店は一見閉店しているようにも見えるが、ドアノブにはご丁寧に営業中の看板が細紐で吊られていた。


 少し気になったトオルが、ドアノブ横のガラス窓から店内の様子を窺った。


「ここって写真屋?」


「そうだよ、おっきいカメラがあるでしょ? 私たちって一枚も写真を撮ってないからこの機会にいいかなって」


 そういってソラは左手をトオルに見せる。そこには光の加減によって七色に輝く小さな宝石があしらわれた指輪が薬指の付け根に嵌っている。


 それは夫であるトオルも同じ。左手の薬指には同じ指輪が嵌られている。


 トオルのカバンで見つけた写真を見て、ソラはいつでも思い出を見られるものが欲しいと思っていた。


 そして、たまたま見かけた写真屋のことを思い出し、トオルを宿から連れ出した。


「とりあえず話を聞いてみてから決めてみない?」


「そうだね、値段なんて分からないし、でも、写真は撮っておきたいね」


 ソラはドアノブに手をかけ、手の届く範囲でありますようにと願いながら店内へと足を踏み入れた。


 閑静な店内は布を被った大きなカメラと部屋の隅にレフ板があるだけで余計なものがない。スタジオに続く扉と、受付のようなテーブルがあるだけ。それ以外は段ボールに片付けられていて、見た限り、店じまいをしているようにも見える。


 ソラは店員がいないことを不思議に思いきょろきょろと店内を見回すが、もちろんここにはいない。


 スタジオに続く扉をくぐり、探してもいない。どうしたものかと思案していると、もう一つ奥にある扉から物音がした。


「トオル、向こうに誰かいるかな?」


「物音がしたし、何か別のことをしているかもね」


 ソラがスタジオの奥の扉をくぐると、その先は居住区となっていて、生活感の溢れる居間へと続いていた。


 物音がするのは台所の方。ソラが恐る恐る台所に向かう。


「す、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


「……あら? お客さんかしら、ちょっと待っていて頂戴」


 しわがれた老女の声が聞こえる。どうやら食器を洗っていたらしく、ソラとトオルの入店に気付いていなかったらしい。


 二人はスタジオで待機し、老女の洗い物が終わるのを待った。


 置かれているカメラを二人で触れずに観察していると、扉がガチャっと開き、中から出てきたのは先ほどの声の主。背が低いドワーフの女性だった。


背はソラよりも一回り低く、ゆったりとした緑色のドレスに白いエプロンをしたままの白髪の女性だった。


女性ドワーフの髪は顎近くまであるのが特徴であり、多くの女性ドワーフは髭のような髪を編み込んでいる。


「お待たせしました。写真を希望ですかね?」


「はい、そうなんですけど、失礼ですが、まずは料金の確認からしたいなと思ってまして」


 老女の問いかけにトオルが丁寧に対応する。トオルの言葉に嫌な顔一つせず老女は頷く。


「大丈夫ですよ。お二人は兄妹でいらっしゃって?」


「夫婦です!」


 いつもトオルは恥ずかしくて堂々と夫婦と言えないためなんとなく言葉を濁すことがほとんど。そのためソラが自信満々に指輪を老女に見せながら答えた。


「あら、ずいぶんと若いのね? それなら今回は記念写真かい?」


 老女はトオルのことをエルフと勘違いしているため、ソラのこともエルフだと思っている。ソラの見た目を長寿であるエルフに当てはめたとしたら幼い分類になることが分かる。


「はい、思い出に残るような一枚が欲しいんです!」


「記念写真……それならこれくらいでいいさね」


 老女に提示された値段はあまりにも安い。それは二人が安いレストランで外食してもお釣りがくるほど。


「いいんですか? こちらが言うのもなんですが、安すぎませんか?」


「わしはドワーフよ、職人として金を取らねば示しが付かん。だが、わしはもう先が短いし店も来週で閉める予定よ。だから、この値段はカメラを労わるためのものよ」


 老女がカメラに近づき、軽く撫でる。トオルたちは先ほど確認したが、年季の入ったかなり高価な物。それに対して、この値段でいいのか二人して悩んでいる。


「お主らは金がないんだろう? せっかくの記念写真で更に貧乏になってどうするよ。ここは、ばあさんが呆けていると思って素直に喜びなさいな」


 老女の言葉に二人は顔を見合わせ、ソラが笑ったのを見てトオルは老女に応える。


「それじゃあ、お願いします」


「あいよ、お主ら、式は挙げたのかい?」


「いえ、指輪があるだけです」


「それならいい物がある。今日は特別大サービスよ。お値段据え置きにしてあげるが、どうするよ?」


 ソラはトオルの顔を窺う。ソラとしてはそのサービスによってハーフエルフと人族だというのがばれることが気になっているのだろう。


 トオルはほんの少し考えた後、ソラの頭に手を置く。


「この人なら大丈夫だろう。折角だし、最後まで呆けてもらおう。ということで、お願いします!」


「おう、おう。何を呆ければいいか分からんが、ほれ、お嬢ちゃんはこっちに来なさい。坊主はちょっと待っておれ」


 そうして、ソラと老女は居間へと続く部屋へと向かった。


 さて、そうなってしまえば、手持ち無沙汰のトオル。老女の言っていたサービスとはなんなのか、いい物とはどんなものなのか。気になることは沢山あるが、どれも答えにはたどり着かない。中途半端な憶測だけでなんだかもやもやする。


 スタジオの端から端を行ったり来たりを繰り返し、時計のカチコチと鳴る音を耳に捉えていた。


 一秒一歩を繰り返し、何十往復としたときにやっと扉が開いた。しかし出てきたのは老女だけ。ソラの姿は見当たらない。


「次は坊主の番だ。来な」


 トオルはやっとかと思いつつ老女の後について行き、たどり着いた先は洗面所。そこにもソラの姿はない。


「あの、ソラはどこにいますか?」


「ソラちゃんは今、別の部屋で着替えてるから心配せんでええ。それより自己紹介が遅れたね。ワシは『ニーイ』という、坊主の名前は?」


「トオルです。それで、ソラのことはどこまで見ましたか?」


「ソラちゃんがハーフエルフだったことだろ? 安心しな、ちゃんと呆けてあげるから」


 その言葉聞いて安心したトオルは頭に付けたゴーグルを外し、金髪の被り物を取った。その下に現れたのは死に神のような黒い髪。ドワーフと色は似ていると言われるが、人族の黒は本当に漆黒の色だ。


「はあ~あんた人族だったんか。そりゃ、髪を隠すさね。最近じゃあ面倒ごとは無くなったが、ソラちゃんといいあんたといい、珍しい夫婦があったもんだ」


 ニーイは驚きながらもてきぱきと手を動かし、トオルの髪と顔を洗い、男らしくなるようメイクを施していった。仕事でやり慣れているのか、ニーイの手つきに迷いはなかった。


 一通り終わった後にニーイは洗面所を出て行き、先ほど言っていた「いい物」をいくつか取ってくる。


「これは……タキシード?」


「折角結婚したのにドレスを着ないのはもったいなかろ? ソラちゃんは今、好きな衣装選んでもらってるから」


 実際ソラは寝室に仕舞われている多数のドレスに目移りしながらも一つひとつ手に取って厳選している。


 その間にトオルのメイクをしていたということ。


「それと、ちょっとだけ値段を上げてもいいかの?」


「え? はい、これだけ安くしてもらってますから、少しくらいなら大丈夫ですよ」



「それなら、写真撮影が終わるまで、わしのことを「姉さん」と呼んではくれんかね? こんな婆さんになってからするには恥ずかしいお願いではあるんだがな」


 ニーイにはかつて弟がいた。髭はないがトオルと似た見た目、背格好は違うが同じような癖の動き。それはかつて紛争地帯に向かいそのまま帰ってこなかった弟の姿をニーイはトオルに重ねていた。


 サイズの合うタキシードを着たトオルの姿を丁寧に正しながら昔話をしたニーイにトオルは出来るだけ応えたくなった。


「分かりました。それくらいなら安いもんですよ。ね、姉さん」


「ありがとう……それじゃあ、またあっちで待ってておくれ」


 髪にはワックスがかけられ、写真映えするメイクを施して貰ったトオルはピシッとしたタキシードに身を包み、今度は用意されたスタジオの椅子でまた待機することになった。

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