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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
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求めた証

「ソラ、ちょっと出かけてくるから」


「うん? 分かった。お留守番してるよ」


 額にゴーグルをつけた金髪の少年トオルは灰色パーカーの袖に手を通しながら声をかける。


 トオルの言葉に反応した長い亜麻色の髪の少女ソラは淡い桜色のパーカーを着たまま、窓辺の椅子に座って雑誌に読み耽っていた。


「ちょっと鉱物を換金しに鍛冶屋に行ってくる」


「この街だとそこが一番高く買い取ってくれるの?」


「宝石店みたいなのが無いようだし、この街の鍛冶屋は愛想がよくて好評みたいだから」


「それなら安心だね。行ってらっしゃい」


「ああ、行ってきます。夕方くらいには帰る予定だから」


 トオルは換金する鉱石の袋を持って、安そうな木のドアの向こう側へと消えていった。


 ソラしかいなくなった宿の一部屋はやけに静かで、あるのは椅子とベッド。ソラが物音を立てなければ、空き室と勘違いされるほどに他は何もなかった。


「さて、トオルが帰ってくるまで何をしていようかな?」


 ソラの話し相手であるトオルはいない。夕方までたった一人だ。まっさらな紙のような太陽は真上より若干西寄りから安宿の一室を揚々と照らす。陽の光はソラの読む雑誌へと射し、影と陽の分かれ目はソラの心情を現していた。


「変わらない景色ってつまらないな」


 窓辺に近づき、遠くを見ながらさらりと呟く。トオルの向かう鍛冶屋はソラのいる窓辺からでは見えない。


 見えるのは忙しそうに街を行きかう仕事人と立ち話している主婦。他には移動用のバスやバイク。


「一人でいるって久しぶり、前に一人だったときは何をしていたっけ?」


 ソラはトオルに会う前は一人で旅をしていた。しかし、旅を始める前は両親が健在で、一人になる機会はそうそうなかった。


 椅子の上に置いてある雑誌を手に取るソラだが、この雑誌はすでに二度読んでいる。


 流石に三度目を読む気力はなく、再び雑誌を椅子の上に戻した。


「本当に何やろう……」


 部屋の端から端を往復しながら考え込む。部屋中に視線を巡らせてたどり着いた先は部屋の角の床に置いてある二人の荷物が詰められているカバンだった。


 トオルが使用しているカバンは、二人分の荷物程度あっさり飲み込むほどに大きいが、その体積の三分の一ほどを持て余している。


「そういえば、トオルの荷物って全部見たことなかったなぁ。それにちょっと……ね?」


 ソラはにやついた顔でカバンに近寄る。普段はトオルが管理しているため、中に入っている物すべてをソラは把握しているわけではなかった。


 雨に強い革のカバンはソラの手を拒むようにチャックが引っかかった。


「む、強情な……これで、どうだ」


 落ち着いてやればどうってことない。あっさりとカバンの口を開く。中からトオルの衣服を取り出し、食器や食料も取り出す。


 慣れた手つきで取り出していくソラだが、ここでまだ洗っていないトオルのシャツを手に取った。


分かりきっているのに、部屋に誰もいないことを確認するソラ。まだ迷っているのか布団の下まで確認する始末。


「ちょっとだけなら……いいよね?」


 誰に聞いているのかもわからない独り言と共に、手に取ったトオルのシャツをソラは鼻に近づける。


「すん……すん……はあ」


 普段、ソラはバイクに乗っているときはトオルのパーカーに顔を埋めることなんて当たり前のようにやっていた。


 しかし、今回は状況が違う。好きなようにトオルの物を扱える。そのように考えてしまった。


 それゆえの背徳感か、ソラが普段感じるトオルの匂いがより一層、濃く感じられた。ソラはいつしかトオルのシャツを鼻に近づけるだけでは飽き足らず、バイクに乗っているときみたいに顔面に押し付けるようになっていた。


「すうー……はあー……」


 ソラが年上だという威厳がここでは見られない。まさに変態のそれだったが、残念ながら指摘する人はおろか、ソラの暴走を止める人もいない。


「すうー……は! 危ない、危ない……戻ってこられなくなるところだった」


 自主制御が利いたおかげか、ソラはシャツから顔を離し、それを丁寧に畳んでいった。


「トオルの匂いが悪い。うん、私は悪くない。でも、たまになら……」


 絶品のごちそうを食してしまった人みたいに、ピンク色の誘惑がソラの頭と鼻にこびりついてしまった。


 普段はトオルの背中に顔を埋めることで我慢しようと思うソラだが、一人の時はトオルのシャツが犠牲になることは間違いないだろう。


 そして、もっとも質が悪いのは、当の本人が全く反省の色を見せないところにある。


「まったく、洗ってないのが悪い。今後一枚は洗わないでおこう」


 支離滅裂な発言と共に衣服を片付けていくソラだが、カバンの内側に隠されるように存在しているポケットを見つける。


「なんだろう? これ?」


 わずかに膨らみがあることを確認し、今度は引っかからないようにゆっくり開け中に入っていたものを取り出す。


 中から出てきたのは、塗装が剥げ電池の切れた懐中時計と、少し欠けた青い雫のペンダント。そして、最後に出てきたのは古ぼけた一枚の写真。


「これって……真ん中にいるのがトオル? まだ小さい頃だ、可愛いなぁ。じゃあ、隣の二人はトオルの言っていたお仲間の人?」


 ソラが見つけた写真に写っていたのは、日付を見る限り数年前のまだ幼いトオルと、同年代とみられる二人の男女。


 トオルを中心に三人が肩を組み、笑って写真に撮られている。倒壊した家屋の前で撮られた写真は笑顔が不釣り合いにソラは思えた。


「これって……戦争かな?」


 今でこそ世界は終末を迎え、戦う意味を無くして手を取り合っているが、最近まで世界のどこかで戦争や紛争は常にあった。森の奥でひっそりと暮らしていたエルフたちにはほとんど関係ない話ではあったが、人族であるトオルは特に影響を受けていた。


 写真に写るトオルたちの足元には大きなライフル。太ももには無骨なナイフが吊り下げてあった。後ろには倒壊した民家や、他の迷彩服を着た隊員。それに混じるようにトオルたちは写っていた。


迷彩服を着たトオルはまるで似合っていない。ソラがうふふと子を見るような笑いを漏らし、しばらくはその写真を見つめていた。


「男の子の手にあるのがこの懐中時計かな? そうなら、女の子の首から下げて見えるのがこのペンダントかな?」


 色褪せてはっきりとは確認できないが、写真と一致する特徴を見つける。ソラは写真を間近で見つめると、トオルが何かを持っていることに気付く。


「トオルが持っているのって何だろう? 写真じゃわかんない」


 トオルが持っている物は手に収まっていて、飛び出している紐のような部分が微かに手から垂れているのが分かる程度。


 背景にいる人たちはみな他種族。トオルの仲間である隣の二人が残りの人族になのだろう。

 ソラは懐中時計とペンダントを近づける。時計は表面のガラス部分がヒビにまみれ、ペンダントは石部分が欠けている。これが一体何を現しているのかソラは考える。


「まあ、そうだよね。こんなにぼろぼろになるまで持っているってことはそれだけ大切な物だったんだろうね。トオルが大切にしまっているくらいだし」


 ソラはもういないトオルの仲間が羨ましく思った。ソラよりも先にトオルの心にいる存在。トオルが何よりも大切にしている宝物。


ソラは持っていない。


「何か、トオルを感じられるものが欲しい……」


 普段手にしている物はトオルを感じられるものであることは間違いない。先ほどのシャツだってそうだった。トオルを近くに感じることは出来る。


 しかし、ソラにとってこれらは何かが違う。もっと永久に近い物を望んだ。


「はあ……」


 深いため息とともに今回のことは見なかったことにしようとするソラ。しかし、片付けようとしたとき、偶然見つけた写真の一部分とトオルの言葉に矛盾が生じていることに気付く。


「あれ……これって、あ! ……ってことはもしかして!」


 ソラはある仮説を立てる。写真を凝視し自身の知識とよく比べて頷く。間違い無いと確信した。


 この仮説はトオルにとっては喜ばしいものかもしれない。しかし、ソラにとっては確認したくない仮説でもあった。


「どうしよう、これ……」


「ただいまー」


 ソラの後ろのドアからトオルが入ってくる。


 思っていたよりも早く帰ってきたトオルにソラは「ぴゃッ!」と可愛らしい声を上げて、写真と懐中電灯、ペンダントをすぐにしまった。


 ソラの慌てた手つきでチャックを上手く締められたかは疑問だが、ばれないようにと祈るしかない。


「ソラ? どうかしたの?」


「ううん、何でもないよ。おかえり」


「うん、ただいま。……ちょっと渡したいものがあるからここに来て目を瞑ってくれないかい?」


「何かくれるの? わかった。ここで目を瞑ればいいんだね?」


 手招きでやってきたソラは指定された部屋の真ん中で立って目を瞑る。トオルはごそごそと己の荷物をあさり、小さな青い箱を取り出す。


 手を瞑って待っているソラの正面に立ち、右膝をゆっくりと床に着け背筋を伸ばして深呼吸。箱をソラの前に差し出してから声をかける。


「ソラ、いいよ、目を開けて」


「うん、わかった……わあ!」


 ソラが目を開け、最初に見えたのはトオルの箱を開ける仕草。そして、箱に入っていたのは光の加減によって七色に輝く宝石があしらわれた指輪。


 これこそがソラの求めていた永久的な物。トオルの仲間に負けない大切な物。


「夫婦なのに、それらしいものが無いのはおかしいかなって思って。鍛冶屋で加工して宝石にしてもらってきたんだ。受け取ってくれるかな?」


「うん……うん、もちろんだよ、トオル。受け取らないなんてありえないよ」


「よかった。じゃあ、左手を出して」


 トオルはソラが差し出す左手を、ガラスを持つように優しく触れる。持ち上げるように触れた左手の薬指に小さい指輪をすっと嵌める。


 指輪の嵌った手を見てソラは歓喜する。大きさはピッタリ。前々からソラが寝ているときに指の大きさを計測していたトオルはほっとした。あまりに小さい指に鍛冶屋の親父さんから変な疑いをもたれたほどだ。


「次は私が嵌めてあげるね」


「なんか恥ずかしいな。男が付けてもらうって」


「別にいいじゃない? 何かルールがあってもこれが私たちのやり方なんだから」


「そうだね、ここは教会でもないし。気にすることじゃないか」


 ソラが先ほどのトオルのように指輪を嵌める。しかし、同じだったのはここまで。ソラは指輪を嵌めた瞬間、立ち上がってトオルに抱き着きつま先立ちで唇にキスをした。


 驚きながらもそれを受け入れるトオルと、腕を背中にまわして離さないソラ。


 五秒ほど続いたキスが終わるとソラの視線は少し下がる。その視線はトオルの首へと向いていた。


 トオルがどうかしたのかと聞こうとしたときにソラは目の前の首筋にキスをしていた。


「ん……ちょ、ソラ? くすぐったいよ」


「ふふふ、なぜかは分からないけど首にしたくなっちゃった」


「よくわからないって……ソラは不思議だなぁ、顔真っ赤にしてやることかい?」


「いいじゃん、したかったんだから」



 これで二人を兄妹と間違える人はいなくなる……かもしれない。しかし、たとえ間違えられても二人に不満はない。ただ、夫婦だという証が二人には必要だった。


そして、二人が愛し合っている証明は左手の薬指に示された。


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