試着会
似合わない金髪の被り物に灰色パーカーこと人族の少年トオルと、白いワンピースに身を包んだ亜麻色の髪のハーフエルフの少女ソラは、おんぼろバイクにまたがって今日もぺぺぺと旅をする。
二人が向かう先には赤レンガの家が規則正しく立ち並ぶ街。街を囲う城壁は崩れてしまったのか、中途半端な形で残されていた。
城壁の外側にも家は建てられていて、城壁はこの街のシンボルのような扱いをされている。周辺の崩壊した村や町から人が集まり、今は復興をメインとした活動が盛んで、若者の姿が多い。
そんな街の近くにある雑木林に二人はいた。
「そろそろ街に着くけど、ソラって髪の毛を隠せるような服って持ってる?」
「前だけ鍔が付いている帽子ならあるけど、髪は隠しきれないかな」
数少ないハーフエルフであるソラの亜麻色の髪はどこに行っても目立つ。万が一のことを考えてもソラの髪は隠しておくべきものである。
「じゃあ、髪を後ろで結って、帽子を被って、後は僕のパーカーを貸してあげるからそれで隠そうか」
「やったー! トオルのパーカーを着られる」
トオルも珍しい黒髪の持ち主ということもあって、金髪のカツラですっぽり隠していた。
たとえ金髪でも、エルフ特有の尖った耳が無ければ変装とばれる危険性がある。あとは、その被りものが飛ばされないように、ゴーグルのバンドで押さえつけた。
「トオル、なんかすごい若者だね?」
「失敬な、僕はちゃんと若者だよ。ソラだってお忍びでやってきたシスターみたいだ」
「まあ、シスターだなんて。私はそこまでお淑やかじゃないよ」
「自分で言うな」
白いワンピースに男物の灰色パーカーは多少不格好ではあるが、これでソラがハーフエルフだと簡単に気付かれることはない。
お互いに服装を褒め合い? バイクに跨ってゆっくりと街へ向かっていった。
「ねえ、まずはどこに行くの?」
無事に街へ入った後、宿も格安で見つかり、そこにバイクを預けたトオルたちは部屋に荷物を置いて観光のため街へと繰り出した。
ソラはトオルの左腕に自身の腕を絡ませて歩く。トオルは旦那らしくそれを受け入れ、ソラの歩くペースに合わせる。
「まずは、必要な物を揃えようかと思って。ソラに貸したパーカーはぶかぶかだろ? 大きさの合ったものを買いに行こう」
「このままでもいいのに……トオルの匂いをずっと嗅げるし」
「それは僕が気にする! それに僕のパーカーはソラには似合ってないよ。もっと可愛らしい方がいい」
ソラの指は袖から出ていないし、だぼっとしていて少しだらしない状態。着せられている感が出ているソラをトオルは放っておけなかった。
「じゃあ、トオルが選んで? トオルが選んでくれるのならどんな服でもいいよ?」
「……分かった」
一瞬、トオルの頭にはピンク色の妄想が押し寄せるがかぶりを振って追い出す。ソラに似合う服を選ぶんだと拳を強く握ってトオルは自身に言い聞かせた。
「どうしたの? いきなり力んだりして?」
「なんでもないよ、さ、行こう」
まっすぐやってきたのは、この街の人がよく利用する洋服屋。シックな造りの店内は男性用、女性用と左右で分かれていた。
女性用のゾーンに立ち入ることを躊躇っているトオルに、ソラがトオルの腕を強引に引っ張った。
「私の傍にいれば恥ずかしくないよ」
トオルは選ぶといった以上、未知の境界線に踏み入らなければならない。視線をきょろきょろさせるトオルを店員が不審者を見る目で様子を窺う。それに味方しようとする主婦たちに落胆の声を漏らし、ソラに引っ張られていった。
「ねえ、どれがいい?」
「これなんかどうだ?」
ソラの身長の関係上、サイズは子ども用が多い。ソラはそのことに不服だがその怒りをトオルはもろに受ける立場であり、表情を窺いながら服を探していた。
しばらく難航していたため気分転換にその場を離れた。そしてトオルはふらりと目を向けた先にあるものを見つけてしまう。
トオルが見つけたのはミニスカートのナース服。しっかりキャップまで揃っている。
「これって……コスプレ用? こんなところに本物のナース服なんて売ってるはずないよな?」
「トオル~!」
「……ッ! な、なにかな?」
トオルはナース服から電光石火の勢いで離れ、ソラに近づくことで視線を遮った。その際、偶然見つけたパーカーを手に取る。
「ソラ、これなんかどうかな?」
「あ、これ可愛い、試着してみるね」
大人用とはいかなかったが、学生向けに用意されていたパーカーの一番小さいサイズがトオルの目に留まった。
淡い桜色のパーカーはソラが求めるような大人の服ではないが子ども用でもない。とっさに手に取ったものではあったが決して適当に選んでいない。
ソラはトオルが選んだパーカー以外にも、いくつか手に取っている。普段見せることのない姿をトオルに見せることが楽しみであり、ソラはスキップしながら試着室に向かう。
トオルとしてはソラの手に取った服をすべて購入してあげたいが何せお金がない。今後のことも考え、一式が限度。
ソラは試着室が並ぶ一角の一番奥を使い、遮られたカーテンの中でもぞもぞと着替える。着替え終わるとトオルを試着室に招き入れた。
「どうかな? これは私が選んだシャツだけど、似合うかな?」
「ああ、ソラの名前のように清々しい感じでいいね」
一着目は綺麗に晴れた空に光を射したような薄い青のシャツにデニムのパンツ。二着目はフリルの付いた黒のミニスカートにノースリーブのシャツ。
一着目の大人の印象から一転、二着目は子供らしさが伺える衣装。ソラはトオルの感想よりも視線を逸らしながら恥ずかしそうに話すその様子を楽しんでいた。
三着目はトオルが選んだ淡い桜色のパーカー。普段のワンピースにピンクのパーカーは、この狭い空間内に花吹雪が舞い、再度春が訪れたかのような感覚にさせた。
トオルが選んだことが嬉しく、ソラははにかんだ表情でトオルを見つめる。選んだ服を着てくれることにトオルは嬉しくも恥ずかしくて後頭部を掻く。今まで誰かの服を選ぶなんて経験がなく、ましてや選んで喜んでくれるなんて想像も出来ていなかった。
「じゃあ、後一着あるから待っててね」
「あ、うん、わかった……あれ? まだ、あったっけ?」
カーテンの外側に出たトオルだが、覚えている限り、ソラが持ち込んだ服はトオルの選んだパーカーを除いて二セット分。
試着室に向かう途中、目を離した時にでも持ち込んだのかと思いつつ、ソラの着替えが終わるのをトオルは待ち続けた。
しかし、いつまでたってもソラが声をかけてくれない。
「……ソラ? ずいぶん時間が掛かっているけど、大丈夫?」
「ち、ちょっと待って! ……いいよ、入ってきて」
トオルはソラの恥ずかしがる声に疑問を覚えながらもカーテンをくぐる。
そこに待っていたのはピンク色のミニスカナース……そのものではなくナースのコスプレをしたソラが床に座り込んでいた。
ソラは先ほど、トオルがコスプレ衣装をまじまじと見つめていたのを見て、いたずら心で手に取った。しかし、いざ着替えようとしたところ、スカート丈の短さや、謎に背中がぱっくり空いているなど、露出の多さにひるんでしまった。
待っていてねと言ってしまった以上、引けなくなってしまったソラはなんとか着替え、そしてあまりの恥ずかしさに床に座り込んでしまった。
ミニスカートで床にぺたんと座っていると、それはそれでトオルには煽情的に見えてしまう。
男らしく、視線がソラの全身を巡回するあたり、動揺が隠せていない。
「ソラ、み、見てたの?」
「うん、それでトオルを驚かせようとしたんだけど……」
「十分驚いたけど、恥ずかしくなったと?」
「……うん」
耳まで顔を赤くし、涙目でトオルを見上げるソラの姿に、何やらいけない気持ちになってきたトオルは急いで後ろを向き、外に出てきっちりカーテンを閉めた。
「充分驚いたから、もう着替えなよ」
「そうする……」
先ほどは気にならなかったソラの着替える衣擦れの音がやけに耳に着き、トオルの身体はいろいろと反応してしまう。
耳を両手で塞ぎ、周りに猜疑の目を向けられながらの深呼吸をして感情の昂ぶりを抑えた。
「お待たせ」
「お、おう。早かったね」
「これ、脱ぐのは簡単なんだよ」
「そ、そうなのか……」
ソラの含みを持たせた言い方に、最後はソラよりもトオルの方が顔は赤く染まっていた。それを見てソラは「よしっ」と小さくガッツポーズをする。
自分だけ恥ずかしい思いをしたのが悔しかったのか、ささやかな反撃を成功させたソラは試着した服を元の場所に戻した。
名残惜しそうに遠くを見つめてぼうっとしているトオルの元に戻り、二人そろって会計へと向かう。
「トオルの反応ってやっぱり可愛いね」
「いや、ソラ以上に可愛い人はいないさ」
「……もう、ばか」
会計を担当した店員は仕事終わりの飲み会で、先輩店員に「なんか顔を真っ赤にした兄妹が来てた」と話したそうな。