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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
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とある夜の出来事

 西に向かう太陽は一日の役目を終えて、そろそろ大海の地平線に沈もうとしていた。


 潮風が漂う中を突っ切るおんぼろバイクは夕日に焼かれてぺぺぺと影を伸ばしていた。


 トオルがハンドルを握り、ソラがトオルの腰に腕を回す。途中、何度か休憩を挟みながらも二人は目的地まで確実に進み続けていた。


「暗くなってくるし、今日はここまでかな」


「あそこに川があるよ、あそこで今日はキャンプ?」


 幸運にもトオルたちが通ってきた道の近くに川が現れた。


 トオルはハンドルをそちらに向けた。


「運転お疲れ様。夕飯作ってるね」


「ああ、お願い、こっちはテント張ってるよ」


 いつも通りの少ない言葉で息の合った行動をする。夫婦の在り方に慣れてからは、短期間でお互いの役割を理解していた。


 最初は何もかも共同でやっていたが、今は効率を求めて役割分担をしている。


 力仕事は主にトオル。料理や裁縫など、繊細な技術が問われるものはソラ。


 細腕の脆弱なトオルにとって力仕事はきついものがあったが、それをソラにやらせたらトオルは天で眠る両親と仲間たちに顔向けができない。


努力の甲斐あってか、最近はだいぶ慣れてきて手早く組み立てることができている。


 ソラも料理自体はあまり得意ではなかったが、携帯食料ばかり食べていたトオルを見て、美味しい料理を食べさせたい一心で日々努力している。


 エルフの主食は山菜がメインであり、肉類はあまり好まない。そのため、道の端に生えている食用の草を探すのは得意だった。


 しかし世界が一度滅んでからは野菜が独自に進化を遂げ、野菜がそこら辺に生えていることがある。


 食用の草だけでなく、引っこ抜いてみたらそれが芋だったり、ごぼうが生えていたりことも今の世界では当たり前のことだった。


 ソラはエルフと共に森で育ったおかげか植物学に長けている。休憩の度に辺りを見回しては野菜を引っこ抜いていた。


 そのため、食事はそこまで困らない。肉類が無いのは寂しいが、トオルはソラの手料理が味わえるだけでほっこりと満足していた。


「トオル、できたよ。相変わらず野菜だけのスープだけど」


 先にドーム状のテントを組み上げて休憩していたトオルがスープの匂いにつられてフラフラとやってくる。


 ソラは二人分のスープをカップに注ぎ、トオルに手渡す。


 二人でブルーシートに座り「いただきます」の掛け声とともにカップに口を付けた。


 薄明の空の下、冷えてきた二人の身体を芯から温める。


「まだ、夜は冷えるからあったかいスープはおいしいな」


「今日は珍しくサツマイモが採れたから、なんか豪華でしょ?」


「お、ホントだ。なんか甘いと思ったらサツマイモか」


旅の途中で食べ残しても持ち運ぶのは難しい。食べきらなければならないが、早く食べるのはもったいない。


そのため、二人の夕食はスローペースだ。カップ一杯分のスープを、時間をかけて飲み干す。


 その方が味わえて食事も楽しめるとソラは語る。


「もっと野菜が進化を遂げたらどうなるんだろうか?」


「木に携帯食料が生っていたり」


「あははは……おっとっと!」


 ソラの冗談にトオルが笑う。カップの中のスープが揺れ、零れそうになるがなんとか落ち着かせる。


 サツマイモの甘みをじっくり味わい、刻まれた玉ねぎの触感を楽しむ。


 向かい合って食事をしていれば、ゆっくり味わっていてもすぐにカップは空になる。食後の余韻を楽しみ、よいしょと立ち上がった二人は食器を片付け始めた。


「今日採った野菜は全部使ったの?」


「うん、ここら辺に生えているのは全部小さいから使い切れたよ」


 洗い終わった食器の水滴を拭き取り、トオルは川の方へ向かった。海の近くを走っていたせいで潮風を常に浴び続け、二人の肌はかゆくなっている。


「それじゃあ、せっかく川があるし、体を拭いて洗濯でもするか」


「洗濯は明日の朝でもいいんじゃない?」


「そうだね、魔法でチャチャっとだし」


 エルフというのは魔法が使える種族であり、過去の生存競争においても魔法のおかげで勝ち残ったと言っても過言ではない。


 ハーフエルフはエルフほどではないが魔法が使えるため、料理のための火種も困らなかった。


ソラは火魔法と風魔法を操るのが得意であり、料理も魔法に頼っているところがある。水魔法を操るのは、他と比べて得意ではないだけであり、別に使えないわけではない。桶一杯分ほどの水であれば、エルフにも引けを取らない程度に操れる。


「どう? 川は綺麗な方? 水を生み出してもらうのはなんか悪いし、ダメだったら諦めるけど……」


「……大丈夫だよ。雑菌も取り払えたし、飲んでも大丈夫な水になったよ」


 川の水質検査をしていたソラの頭上には頭一つ分ほどの球体が浮いている。ソラが操れる水の総量でありそれを風魔法で浮かせている。


「ほら、後ろ向いてるから体拭いちゃって」


「ああ、ありがとう」


 トオルは衣服を脱いでタオルを水の球体に入れる。濡れたタオルを軽く絞ってから体を拭き始めた。


 衣擦れの音や、肌をタオルで擦る音を後ろ向きで聞いているソラは振り向きたい衝動でそわそわしていた。初めは我慢できずに見たこともあったが、トオルに「自分が見られるのは恥ずかしいだろう?」と説得されたソラはぐっと我慢して、魔法の維持に専念していた。


 トオルは体を拭き終わった後は寝間着に着替え、ソラに「終わったよ、ありがとう」と声をかける。


ソラは水を作り直しながら辺りを見渡す。きょろきょろしているソラにトオルが話しかけた。


「どうしたの? 石鹸なかった?」


「ううん。ここ、周りに何もないと思って……」


困った顔でタオルを胸元に寄せたソラはトオルに周りを見るよう促す。川の近くには視界を遮るものが何もない。こんな辺鄙な場所に誰かがいるわけでもないが女性のソラにとって隠れる場所が無いというのは恥ずかしい。


「じゃあ、テントに入るか? 濡れるかもしれないけど後で乾かせばいいし」


「そうしようかな。それじゃあ、これ、お願いね?」


 ソラはトオルに体を拭くための白いタオルを手渡し、そそくさとテントに入っていく。それを意味も分からず突っ立っていたトオルだったが時すでに遅く、慌てた様子でテントに近づくが服を脱いでいるかもしれないと中に入れずにいた。


「ち、ちょっと! タオル忘れてるよ!」


「入っていいよっ」


 トオルの言葉は聞こえなかった振りをして、少し裏返った声がテントの中から聞こえる。トオルはテントの前で何やら悶々と考え込んでいたが、後のことも考えて観念した。


 腹をくくり、中に足を踏み入れる。


「恥ずかしいから閉めて」


「う、うん」


 小さなランプ一つの明かりが照らすテントの中では、背中を見せながらも上目遣いでトオルをちらりと見ている半裸のソラが待っていた。


ワンピースを腰の下着がぎりぎり見えない位置まで降ろしている。背中のミルクのように白い肌を恥ずかし気に晒し、寝間着を胸の前に抱えて胸は隠している。


「……遅いよ」


「ごめん」


 本当はタオルを置いて出ていこうと策略を練っていたトオルだが、その場の雰囲気に流されてソラの背中を見て座ってしまう。


 トオルは自分の愛する人があられもない姿でいると気付きながらも、目の前にあるソラの人形のような傷一つない綺麗な身体に見惚れてしまった。


「背中……拭いてくれる?」


 夫婦であったとしても、清らかな関係が続いていたために、トオルの女性への耐性はほぼないに等しい。


 ソラは背中を向けているがトオルからは頬が赤くなっているのが見える。ソラも恥ずかしいと分かっていながらやっていることだと、普段のトオルなら気付けただろう。


 でも今は、トオルは極限状態のようなもの。いつもはトオルの背中で甘えているソラの背中を見ている。


日中はほとんど見られないソラのあられの無い姿。さらに上目遣いのオプション付き。


 そのことに気付いしまったトオルにソラの気持ちに気付けというのは酷かもしれない。


「わ、分かった」


 トオルはソラの左側に浮いていた水球にタオルを入れる。タオルに水分が行き渡ったところで水球の上でタオルを絞る。


 タオルから落ちていく水滴は再び水球に吸い込まれて球体へと戻る。


「じゃあ、触れるからね?」


 トオルは震える手でソラの背中にタオルを這わせた。


「つめたい!」


「ご、ごめん」


 トオルは思わずタオルを引っ込めた。「もう少し、ゆっくりね?」と言うソラの呼吸は浅く、時々喘ぎ声のようなものが漏れると、その度にトオルは一人で何か呟いていた。


 トオルはソラのわずかに浮き出た背骨に意識を向けながら、肩甲骨から徐々に下へ向かっていき、最後は腰のあたりで視線を逸らしながら拭き終えた。


 拭き終えた瞬間にトオルはタオルを水球に突っ込み、真っ赤になった顔を抑えてテントから飛び出した。


「顔を赤くするのは私の方じゃないかな? でも、ありがと、旦那様」


 ソラの独り言はトオルに届かない。でも、改めてお礼を言う機会はこのあといくらでもある。


 ソラはトオルに拭いてもらっていない箇所を拭き終え、寝間着に着替えた。


 テントから出て、トオルのタオルと一緒に作り替えた水球で洗う。そして風魔法で乾かしてからカバンにしまった。


 ソラがタオルを洗っている間、トオルは離れた所で片付けの続きをしていた。


 少しばかりぎこちない雰囲気が続いたが、やがて時間が解決してくれた。気が付けば隣り合ってお茶を飲んでいた。


 星の輝きが目立つ夜空、半分の月を見上げたソラが欠伸を漏らしつつトオルにしなだれた。


「トオル、もう、寝よう」


「そうだな、もういい時間か」


 二人で歯を磨き、寝袋に入ってランプの明かりを消す。明かりが無くなったテントの中は星の見えない夜空のようでどこか物寂しい。


真っ暗なテントの中、ソラはトオルに話しかける。


「ねえ、トオルって……ロリコン?」

「……なな、何を言っているんだ!? ぼ、僕はロ、ロリコンじゃないよ」


「すごい動揺してるね」


 テントの外では春に鳴く虫が合唱をしている。虫が聞き耳を立てているかもしれなくて、二人はひそひそと話し始める。


「あのね、トオルに言っておきたいことがあるの」


「なに?」


「初めてトオルに会って馬乗りになったときにね? 実は魔法を使っていたの」


 ソラが得意な魔法は火魔法と風魔法だけではない。魔法のほとんどは自然に働きかける魔法が多いが、それだけが魔法ではない。


「どんな魔法を使ったの?」


「強化魔法っていって何でも強くできる魔法があって、逆の弱体魔法も使えるよ」


「じゃあ、あの時、僕が抜けられなかったのは……」


「私自身を強化したのもあるけど、単純にトオルの力が弱かった」


「うっ……」


 ソラはくすくすと笑う。トオルは恥ずかしくなってそっぽを向いた。


「強化魔法って便利で何でも強くできるの。だからこんなことも出来るよ」


 ソラはえいっ! とトオルに強化魔法を使う。その瞬間にトオルは身体の一部に違和感を覚え、身体をもぞもぞと動かしながらソラに問い詰める。


「ねえ! 今なにしたの!」


「どう? 元気になった? 精力を強くしてみたの」


「せっ……元に戻して!」


「はいはい」


 ソラが強化魔法とは逆の弱体魔法をかけて効果を相殺する。落ち着いた様子のトオルは突然睡魔に襲われる。


 一日の運転の後に突然身体を活性化され、それを急に落ち着かせたのだからトオルの身体は疲れ切ってしまった。


「すぅ……すぅ……」


 一分と経たず、穏やかな寝息を立ててトオルは夢の中に落ちていった。


「寝ちゃったか……夫婦なんだから、襲ってくれてもよかったのに。まあ、一日中ハンドルを握っていたら疲れてるよね……今日も私のトオルでいてくれてありがとう」


 ソラは寝袋から少し抜け出して、トオルの唇に軽く触れるようなキスをする。トオルが目覚めてしまわぬよう軽く、ほんの一瞬。


「おやすみ、トオル」


 トオルの寝顔をたっぷり堪能したソラは寝袋に戻り、追いかけるように夢の中へと落ちていった。


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