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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
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小さな歌姫

 黒髪の少年トオルはコーヒーを片手にソファで寛いでいた。隣には妻であるハーフエルフの少女ソラが熱い緑茶をふーふー息を吹きかけながら飲んでいる。そして、テーブルを挟んで正面に座る“トオルの妹”であるミチルはなんだかあべこべな二人を見て笑い出した。


 突然笑い出したものだから、どうしたのかとソラが首を傾げる。


「いや、ね、普通はトオルが緑茶を飲んでソラちゃんがコーヒー……紅茶の方が似合うかな? ――の方が正しいでしょ。なのに逆だから」


「そうかな、普通だと思うけど、ねえ? ソラ」


 穏やかな朝食後を過ごしている三人だが、ミチルが二人を起こしに来るまではソラがずっと泣きじゃくっていた。


 細かい説明は後に、昨日夕食を食べていないトオルとソラのために食事を優先した。


 食休みもほどほどに、湯呑のお茶を半分ほど飲んだソラは説明を求めて切り出した。


「それで、そろそろ教えてくれるかな? ミチルがトオルの妹ってどういうこと?」


「えっとね、ソラ、先に言っておきたいんだけど、本当はミチルが『妹』かどうかは分かってないんだ」


「え? でも、血のつながった兄妹って言ってなかったっけ」


「ソラちゃん、これ、見たことある?」


 ミチルが取り出したのはライブのチラシ。広場でスタッフから受け取ったものと同じチラシ。


 ソラはチラシの全体を見たが特段おかしなところは見当たらない。


「生年月日のところ、その日にちは嘘なんだ。わたしがいつ生まれたかなんて細かい日にちは覚えていない。だけど、トオルと同い年なのは確かなんだ」


「僕とミチルは同じ年に生まれた。だけど、どっちが先にいつ生まれたのか分からないんだ」


 ミチルは立ち上がり、座ったままのトオルの隣に並んだ。


 髪色はともかく、顔立ちが似ている。性別を入れ替えて誤魔化すことができそうなほどに体格も似ていた。


「きっかけは僕が墓参りに来た話をした時なんだ」


「墓参り?」


 何のことだと首を傾げたソラに、そうだったと手を合わせたミチルが説明する。


「トオルがこの家に初めて来たとき、ソラちゃんは早く寝ちゃったからこの話は知らないはずだよ」


「私が寝た後も二人で話してたんだね」


 ちょっとばかり嫉妬の声音で口をとがらせながらもソラは先を促した。


「トオルが親の墓参りをするっていうから、その人の名前を聞いたの。わたしならあの墓地を大体把握してるからその人の場所を教えてあげようと思って。そしたらびっくりだよ、トオルが私のお母さんの名前を言うんだもん」


 二人で大げさにリアクションを交えながら当時の再現をする。ミチルは席を離れ、背の低い本棚の上に置いてあった写真立てを持ってくる。


「で、トオルにこれを見せたらあらびっくり、トオルも同じ写真を持っていたの」


「ソラには言ってなかったけど、あのバイクにはポケットみたいな収納場所があるんだ。そこに何枚かいれてたんだ」


 ソラは写真を覗き込む。まだ赤ん坊を卒業したくらい小さい頃のトオルとミチルが手を繋ぎ、後ろから母らしき人物に抱きしめられている写真だった。


 先にも後にも撮った写真はこれが二枚。トオルもミチルも家族はもういないと思っていたばかりに初めは信じられなかった。しかし他の情報を合わせれば合わせるたびに確かなものへと昇華していった。


「じゃあ、なんで黙ってたの? 何も隠さなくても……」


「ミチルのライブにサプライズで教えてあげようと思ってたんだ。まさか、ここまで心配させるとは思わなくて、悪かったよ」


「昨日の朝にトオルとひそひそ話したのは発表できる段取りができたことを伝えたくてね、わたしも同じ女性として気付いてあげられればよかった」


「ううん、もういいの。たしかに心配はしたし、不安になって会場から逃げ出したけど、トオルは必ず戻ってきてくれるって信じてたから」


 惚気るように頬をポッと赤く染めたソラを見て「余計な気遣いだったね……」とつぶやいたミチルは、トオルの肩に手を置く。


「ま、そういう訳で、どっちが上なのかは分からないけどわたしたちは兄妹だったわけで、話し合った結果わたしが妹になりました」


 あっけらかんとした態度で結論を話したミチルはソファに座ってトオルと同じコーヒーを口に含んだ。


 同じ右利き、湯呑に口を付けたときに目を瞑る癖。離れて過ごしていたにも関わらず、まるで双子のような息の合った仕草。もしかしたら双子なのかもしれない。ソラはなんだか仲間外れのようで悔しくも二人がそういう関係でよかったと胸をなでおろした。


 この話はこれで最後にしようと、ソラは最後の疑問をミチルにぶつけた。


「そういえば、なんでミチルが妹なの? 何か妹がいい理由でもあったの?」


「ん? ああ、それはとても簡単な理由だよ。『弟に先を越される』のが嫌だったからだよ――お姉ちゃん」


 ミチルはカップに残るコーヒーをゆらゆらと揺らしがらとびきりのウインクをソラへぶつけ返した。




 一週間の休養とソラの懸命な手当てによって、トオルの脚は以前の歩くだけなら問題ない状態まで回復した。


 立つことすら出来ない状態だったトオルは座っているのがあまりに退屈で、バイクに乗れば歩く必要は無いとソラに話したところ、こっぴどく叱られた。


 それからはリハビリに励み、しばらくは休みだというミチルと時間の許す限り話せることを話した。


 だから、お別れの時は想像していたよりも辛く、そして早くやってきた。


 ここがゴールでも十分なはずなのに、トオルとソラはやっぱり旅をすることを求めた。


「トオルたちはこれからどこに行くの?」


「どこに行こうかな。きっと空に近いところまでかな」


 玄関で荷物を持ったトオルと手を繋ぐソラ。二人はお世話になったこの家の主、ミチルにお別れの挨拶をしていた。


 ミチルとしてはやっと見つけたたった一人の同胞、そして家族。簡単に失うことはどうしても嫌で何日も引き留め続けた。


 ミチルの気持ちもわかるトオルはその言葉に応え、怪我が完全に治るまでと期限を定め、そして今日の朝食を済ましたところでお別れとなった。


 出会うまでに幾星霜の時を過ごしたのに、別れるのはたった一瞬。ミチルにとって喪失感は人一倍、少女に耐えろというには酷な話だった。


「トオルはわたしの隣にはいてくれないの……?」


「僕の隣にはソラがいるから。歌うことが好きな小さな歌姫と一緒にいることを僕が望んだんだ」


 トオルの言葉にミチルは胸を抑える。


「わたしだって歌うのは好きだよ」


「ミチルの歌は世界へ羽ばたく。今はまだこの国の歌姫でも、いつかは世界の歌姫となって、旅をしている僕たちの耳にもミチルの歌声が聞こえるようになるよ。そうしたら、僕たちはまた、ミチルの元へ帰ってきたくなる。だから、安心して? 僕たちは必ず帰ってくる」


 ミチルはトオルに抱き着いて胸に顔を埋めた。トオルは兄として妹をしっかりなだめ、ミチルが落ち着くまで何度も何度も背中を撫でてあげた。


 静かに抱き着き、ようやく落ち着いたミチルは今度はソラをハグし、割れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。


「ミチル、やっぱり寂しい?」


「そんなこと聞かないでよ、余計に寂しくなっちゃうでしょ、でも……トオルをよろしくね」


「任せて! 必ずトオルを連れて帰ってくるから」


 少女だけの特別な会話を終え、ミチルは一歩引いた。


「ミチル、これは今生の別れじゃないぞ。僕たちは必ず帰ってくる、だから……」


「分かってるよ……だから、いってらっしゃい――お兄ちゃん! お姉ちゃん!」


 ミチルのお別れに二人は答える。


「「いってきます!」」






 目の前の扉がぱたんと閉まり、バイクにエンジンがかかる音がすると、しばらくしてその音が徐々に小さくなっていく。


 川の流れのように、雲が空を漂うように、バイクはトオルとソラを連れ去ってしまった。


 ミチルは外まで見送るのではなく、こうして玄関で二人と別れた。それにはミチルにとってとても大事な理由があった。


「外まで見送りに行ったら、泣き止む自信がないよ……そしたらトオルは旅に行けなくなる、それはダメだから……でも、もう、いいよね? 誰も……いないよね?」


 ミチルは玄関に崩れ落ち、大粒の涙をこぼした。トオルに抱き着いても我慢できたはずの涙を惜しげもなくこぼしてゆく。


「うっううっ ああっ わぁぁぁ うわぁーん!」


 静かな廊下に蹲り、溜まりに溜まった熱い涙が雨を降らせる。家中に響くミチルの悲痛な泣き声。なのにそれに気付く者は誰もいない。


 号泣、慟哭、嗚咽の止まらないミチルはそのまま喪失感に打ちひしがれながら、悲しさを紛らわせるためにも無意識に泣き続けた。


 無限のように止まらない涙は、やがてミチルが泣き疲れて気絶するように眠っても頬を伝い続けた。


 ミチルが目を覚ましたのは陽の昇りきった昼過ぎ、そろそろマネージャーがやってくる時間帯だった。


「わたし、寝ちゃってたんだ……歌手なのに、こんなところで寝て風邪でも引いたら怒られちゃう、ふふっ」


 先ほどまでの寂しさのほとんどを涙が連れて流れ出てくれたのか、ミチルは縛りから解放された気分でもあった。


靴箱の上に置いてある鏡を覗き込めば、ミチルの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていて、服も濡れた状態だった。


「…………はぁ」


 長いための後に大きく息を吐き、ミチルは黙ってシャワーを浴びに浴室へと向かった。


 あまりのんびりもしてられず、さっさと全身を洗ったミチルは最後に冷水で顔を洗い、脳を勢いよく活性化させる。


 ソラのワンピースに似た、普段はあまり着ない可愛らしいロングの青いワンピースに身を包み、出かける支度をする。


 マネージャーが来るよりも先にこちらから出向いてやろうと玄関のドアノブに手をかけた。


「小さな羽、蝶のように弱々しく、クモに絡めとられそうになってもわたしは世界に羽ばたいてやる!」


 ここに誰かいたら、ミチルの背中に幻想的な蝶の羽が見えていたかもしれない。それだけミチルの決意は確固たるものだった。


 ――扉を開け、外へと飛び出したミチルをいつまでも変わらず見守ってくれる存在がいる。今のミチルのように、晴れた天色の空に浮かぶ太陽が微笑んでいた。


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