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ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
17/24

狭いからこそ近づいて

 木造建築の部屋に一組の夫婦。本来なら一人で泊まるのが目的で造られたこの部屋は二人でいるには若干窮屈に感じる。


 簡素なテーブルに椅子は一つ。天井から釣り下がる丸いライトは黄色みを帯びた安い光を放つ。ベランダは無く、壁際にシングルベッドがあるだけの本当に寝泊りだけが目的の部屋。


 黒い髪を晒し、身体が冷えないよう最近は厚着を心がけるようにした欠伸を繰り返す眠そうな少年トオルは、ライトのスイッチに近づいて先にベッドに入っていた妻に声をかける。


 妻は前をボタンで留めた青い寝間着に身を包んだ子どもらしい体躯、長い亜麻色の髪をベッドの上に扇のように広げていた少女ソラは一度身体を起こし、夫の声に応えて狭いベッドの壁側へと身体を滑らせた。


 ――パチッ!


 部屋が一瞬光の反射を残して暗闇に包まれた。トオルは布団の擦れる音を頼りにベッドに潜り込んだ。


 本来は一人用のベッド。観光客が集まるこの時期に宿が取れただけましではあったが、二人で寝るには多少窮屈。


 はじめは床で寝ると提案したトオルだが、ソラの強い希望によって二人でベッドに寝ることが決まった。どちらとも仰向けでは落ちてしまうため、片方が身体を横にしなければならない。


 ソラが横向きになりトオルに抱き着いて寝るということで決着したが、泊まった初日はなんだか緊張してトオルはなかなか寝付けなかった。逆にソラはトオルに抱き着くとこが出来て温もりを間近に感じながら寝たソラは翌朝すっきりした様子で目覚めた。


 だが、ここに泊まるのは最後である本日、ドキドキしていたのはソラの方だった。


 昨日と同じく抱き着こうとしたところトオルに抱き着かれた。ベッドの真ん中のラインを優に超え、壁際で逃げ場のないソラの身体を包み込むように抱く。


 抱き寄せたソラの頭を自らの胸元に押し付け、トオルはソラの頭頂部に鼻を押し付ける。不意を突かれたソラは暴れるようなことはしなかったが、驚いてトオルを見上げた。


「どうしたの?」


「こうでもしないと続きが話せそうになくて」


「続きって今日の?」


「うん、続きというよりは補足に近いけどね、まだ話していないことがあったから」


 ソラは顔を押し付けたまま困った顔をした。これ以上トオルの過去についていけるかどうか、抱かれているこの手で突き放されたらどうしようかと少し怯えていた。


 顔を見せず、微かに震えていたソラを安心させるようにトオルは後頭部を優しく撫でる。落ち着かせるように、決して嫌いにはならないと囁く。


 しばらく頭を撫で続け、やっと顔を見せたソラに優しく微笑んだトオルは話し始めた。


「すぐに終わる話なんだ。気づいていると思うけど、僕の脚は戦争でかなり弱っちゃって、バイクを押して坂道を上るくらいは何とかなるけど、走ったらソラよりもだいぶ遅いよ」


「やっぱり、歩きがのんびりだなぁって思っていたけど、そんなに弱っていたんだ?」


「綺麗に傷もないから分からないと思うけど、隊長が僕の脚に埋め込んだ脚力補助のボルトに魔法をかけてくれたおかげで今も歩けているんだ。あと数十年は大丈夫だと思うけど、ボルトが破損したり、魔法が切れたりしたら、もう歩けないかな」


「安心して、その時は私が介護するよ」


「うん、迷惑かけるけど、その時はおねがいします。何か聞きたいことはある?」


 トオルの過去を聞けるチャンスはこれが最後だと思ったソラは、以前から気になっていたことを聞く。


「写真の中でトオルが持っていた物って何? 何か紐みたいのは分かったんだけど」


「あれはお守りだよ。オリのペンダント、トモキの懐中時計といった大切な分身みたいな物だったんだ。だけど逃げる時に落としちゃって、拾う暇もなかったんだ」


「探そうとは思わないの?」


「今の僕に分身はいらないさ。争うだけの僕はあそこで死んだ。だからもう必要のない物だよ」


「そっか」とつぶやいたソラはトオルの温かい匂いを数度嗅ぎ、ゆっくり顔をあげた。


「私はどんなトオルでも受け入れるよ。初めは脅して、狼狽えているところに無理やりキスしたけど……トオルを好きなのは間違っていなかった」


「あの時は驚いたよ。年下だと思っていた女の子にいきなり求婚されてキスされて、出会って十五分も経ってないんじゃない? 本当に驚きだけど、今では僕を慰めてくれる最高のパートナーだ。出会ったのがソラでよかったよ」


「じゃあ、もし私がどこかに行っても追いかけてきてね。私もトオルがどこかに行っても探し求めるから」


 そういってソラはトオルの左頬に手を添えた。男なのにつるつるとした柔らかい頬と顎の感触を楽しみながら、痩せ細っているトオルの右腕を取り、さすった。


「力がないのなら支えてあげる。歩くことしかできないトオルがいつか走れるように、腕の隙間から取りこぼすようなことがあっても私が拾い切れるように」


「ありがとう。今の僕では軽いソラを短時間持ち上げるので精いっぱいだけど、こんな僕の傍にいてくれるって言ってくれて嬉しいよ」


「これからもよろしくね、トオル」


 自然と顔を近づけた両者は月明かりの照らす部屋の中で目を瞑り、唇を合わせた。それはほんの一瞬、次の瞬間には二人とも笑って別の話題へと移ってゆく。


 先に目を閉じたのはトオル。何度も欠伸を噛み殺していたが、流石に限界が訪れる。抱いていたソラから手を離し、今度はソラと指を絡ませてそのまま寝てしまった。今日一日で辛いことを吐き出しただから安心したのだろう。横向きのまま寝ているトオルの息がソラの顔にかかり、くすぐったそうに身をよじる。


 トオルの身体を仰向けにしてあげて、ソラの手を握ったままのトオルの腕を抱き枕に、ソラも安心して夢の世界へ飛び込んでいった。


 白い月明かりが二人を照らす。カーテンの無い部屋は自然の光を無条件に受け入れる、時計もなければ隣室からの話し声もない。


 深夜にただただ静かな時間が流れていく。秋はそろそろ終わりを迎え、満月を通り過ぎた下弦の月が星たちを引き連れて空に微笑んでいた。




 やがて月はやがて姿を隠し、反対側から闇を吹き払う太陽が姿を現す。眠れるものを起こし、一日の始まりを告げる陽の光は誰よりも優しく平等に声をかける。


「うーん……朝か」


 カーテンの薄いこの宿では朝の光が余分に入り込んでくる。


 トオルは身体を起こそうとするが右腕が動かせない。どうしてだと視線を下げれば、トオルの右腕はソラによって封印されていた。


 胸の前で腕を根本からしっかり抱きかかえられ、手首から先は柔らかい太腿に挟まれている。


「不安にさせちゃったかな。僕の過去を話したから」


 安心しきったソラの寝顔を見ても不安に思うことはあった。トオルは愛おしくて自分にはもったいないくらいの、ずっとそばにいてくれると言ってくれた少女が自分に触れてくれることに感謝した。


 だからもう悲しませることはしないとトオルは己に誓い、愛おしい少女の頭を撫でた。


「…………もう、いいかな?」


 ソラに触れられるのは好きなトオルでも、この態勢のままじっとしているのには限界があった。右腕全体に広がる少女の柔らかさがどうしても気になってしまい、理性が保たれているうちにソラを起こす。


「うにゅ……おはよう、トオル」


「ああ、おはよう、ソラ」


 寝ぼけ眼のまま状況を理解したソラはトオルの手を離さず、逆に力強く引き寄せた。


 二の腕に頬を擦り、太腿で手のひらを包んだ。


「こ、こら。寝ぼけてないで起きるよ。朝ごはん食べてすぐ出て行くんだから」


「……はあい」


 名残惜しそうに手を離したソラは身体を起こして伸びをする。


 清々しい朝。冷えた朝の空気が部屋の窓を開けたとたんに入り込む。祭りは終わり、後片付けに精を出す男たちが早くも動いている。


今日も空は天色に真っ白な雲が青を泳ぐ。それは窓辺で肩を寄せ合った二人のような関係。一人では空しくても二人なら。


そんな関係を続けたくて二人は今日も旅をする。

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