表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソラはいつもアマイロに  作者: 七香まど
15/24

祭囃子は唐突に

 緑色の屋根が並ぶ居住区。この日を中心に前後合計三日間、中央通りに色鮮やかな屋台が並ぶ。そしてなにより、慈しむように街の中心で全体を見守っているのは真っ白な十字架が示された巨大な教会。


 祭りは教会の信仰であり楽しむだけが全てではない。「世界の恵みを誰もが平等に」と神から伝えられるための行事であるが、このことを知る者は信者と大人の一部だけである。


 つまり、何も知らない者にとってこれは陽気にはしゃぎまわれるただのお祭りだ。


 そんなお祭りにやってきた一組の夫婦。似合わない金髪の被り物にゴーグルで耳を隠した柔らかい顔つきの少年トオルは、周囲に注意しながら通りを進む。


 淡い桜色のパーカーで髪を隠した小柄な女性――というよりは少女が相応しい――ソラはトオルの手を離さまいと腕に抱き着いて歩いていた。


 この街のお祭りは外部からとにかく人がやってくる。トオルたちは街に近づけば近づくほど人が急に増えだしたことにぎょっとしながらもなんとか街に入り、満室だらけの宿からなんとか一部屋を見つけ出した。


 トオルはへとへとになりながらもバイクを宿の駐車場に預け、それでもワクワクしているソラを連れだって中央通りへやってきた。


 獣人族が多く、鳥人族やエルフ、トオルに緊張感が走るほどにぎやかだった。


「流石に混んでいるね。人ごみに流されそうで怖いな」


「でも、これがお祭りなんだね、ソースの匂いでお腹が空いてきちゃった。早く何か食べたいな」


「そうだね、僕もお腹空いたよ。予定より三時間も遅くなったし」


お昼の時間はとっくの間に過ぎ去っている。にも関わらず人は通りにひしめき合い、だが、怪我には注意した統率の取れているような不思議な混雑具合だった。


 トオルの手には屋台でおなじみの焼きそばやたこ焼き、フランクフルトが入った袋が下げられている。一人で食べられなくてもソラと二人でならちょうどいい量。昼食はこれと事前に決めていた。


 トオルの空いた手はソラがしっかりと握り、目はきらきらと輝いていた。子どものように、たとえフードで容姿を隠していてもその可愛らしさは隠せていなかった。


 ソラと同じように目を輝かせていた少女の親とトオルは目が合う。その際『お互い子守りがいると大変ですね』と目で語られるが、トオルは苦笑いで済ませる他なかった。


 その様子を見ていたソラは意味が分からずきょとんとしていたが、なんだかムッとしてトオルを引っ張ってその場から離れた。


「ちょっとソラ、引っ張らないで」


「やだ、なんかむかついたからトオルに奢ってもらうの」


「いや、全部僕たちのお金だけど……まあ、何がいい? 僕も何か食べたいよ」


 華奢な身体のどこにそんな力があるのか、ソラはぐいぐいとトオルを引っ張って一つの屋台の前にたどり着いた。


「りんご飴? トオル、初めて聞いたけどこれは何?」


「ああ、これか、実は僕も食べたことは無いんだよね。せっかくだから一緒に食べてみよっか?」


 トオルがりんご飴を一つ購入し、ソラに手渡す。一本の割り箸の先に付いた赤い塊が味の想像を難しくさせていた。


恐る恐る一口齧るソラ。カリッという飴の音と、サクッというりんごの齧る音がソラの口内に響く。そのままカリカリサクサクと咀嚼し、わずかに唇をすぼめながらも喉を鳴らす。


「どんな味? 美味しい?」

「うん、初めての味。りんごなのにりんごじゃないみたい。飴は甘いのにりんごが少し酸っぱくて、だけどちゃんと味が合わさっていて……トオルも食べてみてよ」


 少し興奮気味のソラは齧ったりんご飴をトオルの口元へと寄せた。トオルは頭を下げ、ソラが食べた隣に齧りつく。


「どれどれ……あむ……へえ、こんな感じになるんだ。面白いね」


 トオルは屋台が久しぶりで、一人旅の途中、お祭りはたまたま通りがかったときに夕食代わりと焼きそばを購入した程度。その時の祭囃子がもう一度聞きたかったが、この街では代わりに鐘が鳴る。


物寂しくとも誰かとお祭りを楽しめることにトオルは憧れていた。


 ソラにとって初めてのお祭りは驚きの連続だった。一歩進めば初めて見る食べ物。右を見れば射的の屋台。左を向けば金魚すくい。もう一歩進めばまた知らない食べ物が香ばしい匂いを放ってソラの好奇心を刺激する。


 トオルにあれこれ聞いては目を輝かせる。射的屋に立ち寄り、初めての射的に挑戦したが失敗。二度の失敗でふくれ面をしていると、店主がぱたりとお菓子の箱を倒してくれる。「サービスだ」とソラに渡し、店主は隣にいたトオルへと視線を寄越す。


 それを挑戦と受け取ったのかトオルは店主に料金を払い、銃を受け取る。店主の目からは「あんたにサービスはないぞ? いいとこ見せられるのか?」と挑発していた。


 トオルはニヤリと笑うと、普段は見せない顔付きで照準を合わせる。トオルの真剣な顔を久しぶりに見たソラは隣でキャーッ! と一人で盛り上がる。


「……フッ!」


 鋭く息を吐いて呼吸を止めてトオルが放ったコルクの銃弾は狙いがわずかに逸れ、目当てのお菓子の箱の右へと通り過ぎる。残り一発のコルクを銃口に詰め直し、再び狙いを定める。


 トオルの真剣な様相にいつの間にかギャラリーが出来ていて、店主を含めこの屋台の周辺だけ緊張した空気に包まれていた。


「トオル、頑張れ!」


 小さな声でソラはエールを送る。周囲が騒がしくもソラの声を確かに聴いたトオルの集中力は一段と上がり――


「……フッ!」


 引き金を絞り、トオルが放った一発の弾丸は狙いの商品へと吸い込まれていった。


「……え!?」


「おいおい、まじかよ!」


 ソラと店主が同時に声を上げる。ギャラリーも半分は二人と同じ反応をした。


 トオルがコルクの弾丸で撃ち落としたのは、先ほど狙ったお菓子の箱ではなく、まったく別の場所に置いてあったウサギのぬいぐるみ。


 まったく違うところを狙い落としたトオルはどや顔で店主を見て促した。


店主は「参った!」と両手を上げて降参。耳の垂れた白いウサギのぬいぐるみをトオルに渡す。店主としては一発当てられた程度で落ちる商品じゃないと確信していたために、トオルの技量に感激した。


 ぬいぐるみを受け取ったトオルはそのままソラに向き直り、ソラの両手の中へとぬいぐるみを抱かせた。


「本当はお菓子じゃなくてこれが欲しかったんでしょ?」


「ありがとう!……気付いてたんだね、私じゃ取れないから諦めてたのに」


「あたりまえさ、僕は夫だよ? 妻の欲しいものに気付けないと」


「トオル!」


 ソラが抱き着く。二人の左薬指で光る指輪に気付いたギャラリーは夫婦だと分かっていたが、気付いていない者には仲睦まじい兄妹に見えるだろう。


 抱き着かれたトオルはどうしたものかと恥ずかしくて頬をかく。ギャラリーからは惜しみない拍手が送られ、きょろきょろしていると、店主からは「男見せたれ!」と力こぶをつくられた。


 トオルは困った顔で笑い、ギャラリーに手を挙げて拍手に応え、店主には会釈したのち、抱き着いているソラの背中を軽く叩く。


「トオル、取ってくれてありがとう」


「よっと!」


「え? わっ!」


 ソラが身体から少し離れたのを見計らい、トオルはソラの身体を横向きに持ち上げる。ギャラリーからおぉと歓声が上がる中、トオルは宿に向かって歩き出した。


 トオルがチラッと射的屋台を見ると、先ほどの光景を見ていたカップルらしき人たちが銃を手に真剣になっている。繁盛しているおかげか、店主はトオルを見て親指を上に立ててニカッと白い歯を見せた。


 トオルは人ごみを向けた先、教会の近くでソラを降ろす。宿もこの近くにある。


「どうしてお姫様抱っこなんてしたの。恥ずかしかったよ……」


 むず痒い顔をしたソラは恥ずかしいと言いつつ、内心、嬉しくて照れ隠しをしないとまともでいられない状態だった。


「僕も恥ずかしかったけど、ここには教会があるからさ。むしろ見せつけちゃおうかなって、ほら、ブーケもあるし、ピッタリじゃない?」


「うぅ~! むぅ~!」


 ソラは言葉にならない唸りを上げ、やり場のない恥ずかしさをブーケ代わりのぬいぐるみで隠す。垂れた耳を持ち、顔の前でぴこぴこ動かしてトオルに抗議した。


 嬉しくて、恥ずかしくて、だけどもう一回やってほしくて、わたわたと奇妙な動きをし始めたソラをトオルは頭を撫でて落ち着かせた。


 ゴ――ン! ゴ――ン!


 二人の真横から街全体に知らせる鐘が鳴る。驚いてソラは思わずトオルに抱き着いた。祝福の鐘というよりは精神を落ち着かせる働きがあるような重い音。


 間近で聞く鐘の音に怯え切ってしまったソラはトオルの胸の中で小刻みに震えている。


 開ききった教会の中では片膝を着いてお祈りを捧げている信者が多くみられる。世界的にもメジャーな宗教なだけあって信仰者は多いし、後ろ暗い話も聞かない。トオルも過去に何度もお世話になったことがあるが、進んで礼拝に参加したことは無かった。


「ソラ、帰ろうか」


「うん、突然のことでびっくりしちゃった」


 トオルとソラは手を繋ぎ宿へと向かう。二人が触れ合う腕に隙間は少しばかりもなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ